第3話 アンナ先生はボンキュッバッ!



「君は?」


「わたし、第一実験分隊の鍋島絵理なべしまえりです。以下、みんな滅私奉公のつもりで、ここにやってきました。ですから……」


「滅私奉公って……君いくつ?」


 まだ胸も膨らんでいない鍋島。

 安達原は、尋常小学校の生徒に話しかけるような口ぶりになった。


「海南高等女学校一年です。もう、今年で一三歳になりましたっ!」


 子供扱いにされたことを敏感に察知した鍋島。

 むきになって答えてる。


 それにしても一三歳とは……。


 ちなみに海南高女は、尋常小学校を卒業した女子が入学を許される五年制女学校だ。


 したがって鍋島のような一三歳の小娘から、完全に色っぽさを満開させた一八歳の乙女まで、よりどりみどりと揃ってる。


 しかも過酷な選抜試験がある。

 いずれも頭脳明晰なのは、大日本帝国文部省の折り紙付きだ。


 これが安達原でなかったら、若い男として冥利に尽きるところ。


 だが、あいにく安達原は内気でシャイ。

 しかも勝ち気な姉妹に挟まれた一人息子(うー、絵に書いたような悲惨な境遇)。


「ほれほれ、他の者も自己紹介せんかいな」


 四方山校長に急かされ、他の三名も名乗りを上げる。


黒田蘭くろだらん、一七歳でありますッ!」

秋月夢子あきづきゆめこ、一四歳……」

島津慶子しまづけいこ、一六歳ですぅー。ちなみに、菊地分隊長は最上級生の一八歳ですのー」


 それぞれ、一癖も二癖もありそうな娘ッ子ばかり。


 黒田蘭は挑戦的な口調の男勝り。

 短髪七三分けにかり揃えた黒髪と、気の強そうな猫の目を持っている。


 性格もキツそうで、安達原は思わずタジタジとなった。


 その正反対なのが、秋月夢子。


 内気そうで、半分黒田の背後に隠れている。

 色の黒い黒田とは対照的な、とろけるように白い肌の娘だ。


 ちなみに、この御時世というのに長髪を吹き流している(しつこいようだが、この島の辞書に『非国民』という言葉はない……ってマジか!?)。


 島津慶子は、真ん中から左右に髪を分けた、典型的な秀才タイプの女の子。


 先を三つ編みにしているのは鍋島と同じ。

 ただし鍋島は少女らしく、ポニーテールぎみに後頭部でリボン止めしている。


 対する島津は色気なしの左右二本分け。

 しかもゴム輪止め。


 まあ、眼鏡をかけてないだけマシか(ソバカスはあるけど)。


 それを気にしてか、やけに語尾を延ばした甘え口調で喋る傾向があるらしい。


 もっとも、秀才ガリ勉タイプのブリッコなんて、見ちゃいられないほど滑稽な存在でしかないんだけど。


 ところで……。

 みんなの名字、どっかで聞いたようなものばっか。


 それも昔はお殿様って呼ばれてたような、凄い名字。

 た、たぶん、偶然だよね……ね?


「全部で五名?」


 分隊というからには、小隊をわけるって意味でしょ?


 なのに……。

 分隊長をふくめて五名っていうのは半端な数じゃない?(通常は三の倍数にして、欠員による機能不全を防ぐ)。


 そう思った安達原。

 まだ誰かいないかと、キョロキョロ周囲を見回した。


 と、その時。


 ――ガサガサッ!


 唐突に背後の草むらがゆれ、小柄な白人女性があらわれた。


 一同が挨拶をかわしているのは、基地(学校舎を兼ねているらしい)のハズレにある教練場。


 すぐ背後は、鬱蒼とした熱帯植物のジャングル。


 ちなみに生徒が寝泊まりする寄宿舎も同じ校内にあるが、どうもそれだけではないらしい。


「うおっ! て、敵かっ!? おのれ、鬼畜米英……」


 おもわず、腰に下げた拳銃を抜こうとした安達原。


 だがそれは。

 意外とすばやい四方山によって抑えられた。


「少尉。彼女は味方ですよ、味方」

「味方?」


 安達原の質問、無視無視。


 すでに四方山は、にこやかな表情のまま、白人女性のほうを見ている。


「遅刻は困りますね、柳瀬さん?」


「すみません、校長先生。ちょっと第四分隊の子が腹痛というもので……どうやら初潮を迎えたらしくって。ですから、医務室から離れられなかったんですの」


「それはそれは。ここは女学校ですから、まあ許しましょう」


 目の前の女性、流暢な日本語を話している。

 だけど見た目は完全に白人、しかも女学生には見えない。


「日本人……なわけ、ないか?」


 にこやかに談笑する四方山と白人女性。

 それを見て安達原は混乱してしまった。


「おっと、紹介が遅れましたな。こちらは海南臨海女学校の『校医兼特戦隊軍医長』の、柳瀬アンナ女史ですわい。もともとはドイツ人なんじゃが、日本の外交官と結婚したため、現在は帝国国籍となっております。

 日本語が堪能なのも、東京帝大医学部に留学なされていたためだそうで。いわば儂たちの健康管理をしていただける軍医長殿ですから、場合によっては私より発言力があるともいえますな。ほっほっほっ」


「そんな……校長先生あっての校医、司令官あっての軍医長ですわ」


 白魚のような指を口元にあてて、柳瀬女史は上品に笑った。


 しかし小柄とはいえ、白人女性。

 出るとこはババーンと出て、引っ込むところはキュッと締まっている。


 しかも、ふと気づけば、パリッとした白衣を着ているじゃないですか。

 それでいてスタイルがわかるのだから、相当なもんである。


 そばにいる小娘たちと比べると。

 まさしく成熟した大人の雰囲気モロ出し。


 さしもの唐変木……。

 もとい安達原も、つい豊満なバストと腰に目が行ってしまう。


 思えば実姉と実妹。

 そろって悲しい胸だった。


 いや、ぺちゃがダメってわけじゃないんだよ?

 たまたま育った環境が悪かったと……。


 それを見た菊地ほのか。

 じとーとした目線で、自分の胸と見比べている。


 菊地さん、きちんと出てますよ?

 少々、遠慮がちなのは認めますけど。


 そんな愚考を知ってか知らずか。

 四方山校長、唐突に話題を変えた。


「ところで柳瀬さん、クララはどうしました?」

「それがその……来てません?」


 アンナは見事なプラチナブロンドの髪をゆらし、ほんの少し首を傾げている。


 さすが、外国人。見事に決まってる。


「あのー」


 二人の会話に、菊地ほのかが割り込んだ。


「菊地さん、なにか知ってるの?」


「はい。クララは、橋本博士がいらっしゃるということで、開発工場のほうに行くとか……でも、集合時間には戻ってくる約束だったんですけど」


 橋本博士とは。

 海南工業のほこる、秘密軍事技術研究所の所長である(諸悪の根源という話もある)。


 ちなみに本名は『橋本博士はしもとひろし』。


 博士号を持ってるから博士はくしで間違いないんだけど。

 なんともモヤモヤする。


「現実に戻ってきていないのですから、困りましたわねー」


 ほんのり眉をひそめたアンナ。

 それを見て、気をきかせた安達原が尋ねる。


「クララさんって、貴方の娘さんですか?」


「えっ!」


 アンナの表情は、露骨に否定。

 気をきかせたつもりが、どうやらドジ踏んだらしい。


「ほーっほっほ。安達原君、アンナ女史に子供はおりませんわな。外国人のため日本人よりフケて見えますが、まだ二四歳。いわゆるひとつのですわい。つまり、君より少し年上の成人女性として扱うべきですな」


「校長先生……わたくし、老けてませんわよ!」

「あいや、すまん。儂から見れば妙齢の乙女じゃな」


「こ、これは失礼しましたっ!」


 安達原、あわてて詫びる。


 二四歳で思春期の娘がいるはずもない。

 さすが童貞、女性の年齢を盛大に見誤ってる。


 まさに、痛恨の大失態であった。


「いいえ、そうかしこまらないでください。結婚しているのですから、子供がいると思われるのが普通ですわ。もっとも、いたとしてもクララほど大きくありませんけど。

 クララは私の子じゃありませんの。あの子は橋本博士の養女として、ドイツからやってきた戦災孤児なんです。

 博士は、長崎の海南技術研究所に常駐なされているため、そうそうここにはやってこられません。そこで私が代理の保護者というわけでして……。

 でも、ここに来たいって言ったの、クララのほうですのよ? あの子もあの子なりに、ご恩を受けた博士に報いようと必死なのですわ」


 次から次へと情報が矢継ぎばやに示される。

 そのため、そろそろ安達原の凡庸な頭脳では処理しきれなくなってきた。


 そこで……。

 事前に教わっていた情報も加え、急いで整理することにする(手抜きじゃないよ)。


 その一。海南島は、長崎に本社がある海南重工業の秘密実験場らしい。

 その二。開発実験には、特務実験艦隊が深く関与している。

 その三。海南側の総責任者は、ときおり島にやってくる橋本博士。軍側は四方山長官。

 その四。私立海南高等女学校の生徒が、勤労学徒動員という名目で実験戦隊を構成している。その名前が、『すみれ特戦隊』。

 その五。安達原は、特戦隊の総隊長として赴任させられた。


 ここまで考えて。

 自分は何をやったらいいのか判らなくなり、唐突に途方にくれてしまった。


「あの~。自分はこれから、何をしたらいいのでしょう?」


 答えはすぐ、四方山から返ってきた。


「とりあえずは、ここでの暮らしに慣れてもらいます。実験戦隊のほうは、新兵器が完成しなければ実動しませんので、日頃は臨海学校の教師というわけです。ところで安達原君は、なにが専門でしたかな?」


「なにがと言われても……自分は兵学校を出たばかりですので。とりあえず、操艦術とか公海術とかは、一通り教えられましたけど」


「それはそれは。じゃが、いずれも女学校では教えませんな。ええと、不足している教科は……そうそう、ここの場所柄、理科は大切です。いまは儂が兼任しておりますので、このさい先生には、理科を教えてもらいましょうか」


 ふつう女学校では、戦闘実習も教えないんだが?


「理科ですか? 自分は、あまり得意では……」


 安達原は勉強嫌いで超有名。

 理科に関しても、生物こそ得意だったものの、物理と化学は落第すれすれだった。


「なに、アンチョコがありますから大丈夫ですじゃ。それに教えることの大半は、秘密兵器開発に深く関連しておりますから、工場のほうの研究者も手伝ってくれるでしょう。なにせこの学校は、から」


「はあ……」


 なにげない会話だったが。

 この『実務的な』というところが、あとあと非常に重要になる。


 というより、あきれ返るほどの実態が判明する。


 だが、まだ安達原はそれを知らない(知らぬが仏である)。


「先生……隊長! よろしくお願いします!!」


 五つの黄色い声が、鬱蒼たるジャングルに響きわたった。


 誰も知らない、南海の孤島。

 そこで、そののち世界が驚愕することになる特務実験戦隊が、いままさに産声を上げた瞬間であった。


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