黒いドア
二ノ前はじめ@ninomaehajime
黒いドア
通学路にドアが散りばめられていた。
真っ黒に塗り潰された、長方形のドアである。児童を
一緒に登校する
初めは家の中だった。今にして思えば、何も知らなかったあのときが一番危険だったかもしれない。
夜中に
薄暗い廊下の向こうに玄関があり、静寂を
そこには黒く塗り潰されたドアがあった。
ちょうど子供がくぐれそうな高さで、ドアノブもない。黒い模様ではなく戸口だと認識したのは、向こう側があると確信したからだった。未熟な好奇心で、そのドアの前に立った。
耳を澄ます。ドアの反対側から、何かが爪を立てて引っ
意識がそちらに向き、返事をして戻っていく。ふと途中で振り返った。階段脇のドアが少し開いており、何者かの手が覗いていた。そのどす黒い指の
その日以降、どこにでも黒いドアが現われた。壁に直立していれば正常な方で、横倒しになったり、ときには地面や屋内の天井に出現した。明らかにおかしい光景に誰も言及せず、両親に訴えても子供の
静かで孤独な戦いだった。早い段階からそのドアに触れてはならないことを理解していた。視界に映っても
国語の授業だった。教壇に立った担任が黒板にチョークを立てる音が小気味良く響く。同級生の朗読とともに眠気を誘った。頬杖をついて、漫然とノートに鉛筆の先を走らせていた。黒板から視線を落としたとき、肌が
白いノートの片隅に、自らの手で黒い長方形を描いていた。落書きにも関わらず、黒いドアが軋みながら開こうとしており、勢い良くノートを閉じた。教室中にその音が響き、クラスの皆から注目された。担任から注意を受けた。
「授業中は静かにしなさい」
その手に握られていた白いチョークが、黒板に不可解な長方形を描いていた。そのドアが小刻みに開閉し、笑い声を上げた。
己にしか見えない現象は、少しずつ、確実に心を
あの戸口は、けして急がなかった。謎めいた制約でもあるのか、こちらから開けようとしなければ無害だった。ただ根気強く、日常を侵食していった。
むしろ黒いドアをくぐって向こうへ行ってしまえば、楽になるかもしれない。気の迷いが生じて、頭から振り払った。
あのドアの先からは、けして戻ってこれない。
クラスで頭のおかしい女が噂になっていた。
自分の子供が行方不明になり、精神に異常をきたしたという。街中の至るところに出没し、壁に体当たりをしたり
下校の際、その変人に遭遇した。己の影が伸びており、不自然な長方形が夕暮れの中に角ばった闇を作っている。通学路で髪を振り乱した女の人の影が動き回っていた。
「ぶつかり女だ」
同じく帰宅途中の学童たちが
ランドセルを担いだまま、その様子を眺めていた。目から知らず涙がこぼれていた。
女の人がその身でぶつかっているのは、通学路に散らばった黒いドアだった。その戸口が隙間を覗かせると、靴の裏で踏んだり、肩で強引に閉じた。そういった行為を、何度も繰り返した。
ああ、あの人にも見えているんだ。
涙を拭い、歩き出した。他の児童たちと同じく距離を取ったりはせず、彼女の真横を通り過ぎた。やはり女性はがむしゃらに黒いドアを閉じている。
ただ自分は一人ではない。そう思うだけで、
黒いドア 二ノ前はじめ@ninomaehajime @ninomaehajime
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