第5話

雰囲気。

気配。

それから、西岡さんが来たのだとわかる。


あたしは、息を殺して、

静かに時が過ぎるのを待つ。


西岡さんは、女将さんにお願いされて、

一服たてることになったようだ。

女将さん自ら、ヘルプに入って、

事なきをえたようだ。


西岡さんが、研修室から出ていって、

あたしはやっと、息をついた。

はぁああああ。


なんか、アホらしくなってきた。。

なんで、あたしがこんな目に合わないと

いけないのよ。

堂々としてていいじゃんなんて、

自暴自棄になること、数分。


「井上さん?」


女将さんの声が聞こえる。

あたしは、精神的に疲れていた。


「ちょっと待って下さい。」


少し、手間取りながら、座布団の山から

抜け出し、パーテーションをかきわけて、

女将さんの前に姿をあらわすと、

女将さんは、クスッと笑った。


「そんな所にいたの。」


あたしも、苦笑して返した。


「息をこらして、気配を消して、

神経をすり減らしていたら、なんだか、

バカらしくなってきました。」


女将さんは、目を丸くする。

あたしは、肩を竦めながら、


「自分から、逃げ出してなんですけど。

なんで、コソコソ隠れて、逃げ回らなきゃ

ならないのかと思って。」

「そう。良い傾向に気持ちが向かって

いるわね。」

「そうかもしれません。」


「井上さん。」

「はい。」

「時期が良くなったら、色々話してね。」


みどりは、微笑んだ。

「じゃ、研修の続きをしてしまいましょうか。」



時は瞬く間に過ぎ、

3月。みどりは無事に、大学を卒業した。

その日、卒業式には女将さんが来て下さって、

お昼を一緒に食べて、祝ってくださった。

あたしは、明日、京都を発つ。

明日からの仕事場は、東京。

結局、東京の丸の内店に配属された。

一時期京都で一緒に働いていた裕美さんが、

まだかと待ってくださっているそうだ。

今日は家に一度戻って、区役所へ行ってきた。

京都から東京へ、住所もうつす。


あたしは京都最後の夜、少し贅沢をした。

大学で知り合った豆腐屋の娘のお店へ

食べに行ったのだ。


なかなか予約の取れない豆腐屋さんだと聞いていた。

そこに、知り合った同級生が、キャンセルになった

所に、スッと入れてくれたのだ。


店に入ると、店を手伝っていたその子が、

出迎えてくれて、あたしは、小さいけれど、

センスの良い個室に案内された。


「井上さんは、食はどんな感じ?」

「モリモリだよ。」

「それは、お店側としては嬉しいかも。」


料理を持ってきてくれる度に、少し話をして。

京都最後の夜を、楽しく過ごすことが出来た。


「これが最後。デザートだよ。」


温かいお茶とデザートと。


「デザート大好きなんだ。」

「私も、大好き。お豆腐のデザートだし、

カロリーとか、糖質とか気をつけて、

作ってるんだ。」

「そうなんだね。じゃ。改めて頂きます。」


一口を口に持って行くと、フワッと広がる、

美味しいお豆腐の香り。


「うん。すごく美味しい。」

「良かった〜。井上さん。お豆腐やらが

好きって言ってたし、いつもうちの商品を

買ってくれてたでしょう。」

「ええ?知ってたの?」

「うん。」


ホンワリと笑う、この子に親近感を持っていた。

「井上さんは、卒業後東京に戻るんだよね。」

「うん。配置が東京なんだ。」

「残念だなぁ。せっかく、友だちになれたのに。」

「ホントだね。でもあたし、京都好きだから、

休みの時に、又会おうよ。」

「あたしも、東京に行くときは、声掛けるね。」

「うん。声かけて。」


「それから!良い情報が入ったよ。」

「何かあった?」

「父に友達が来てるっていったら、これ持って

行ってってお土産。」

袋に入っていたのは、揚げさんだった。

「いいのかなぁ。」

「揚げさんなら、今の時期だったら持つからって。」

「ありがとうございますって伝えてね。」

「うん。伝えるね。」


「それから、あたしの友達ならごちそうするよって。」

「えええ。それは、悪いよ。」

「大丈夫だよ。大学でお世話になったお礼でも、

あるんだから。」

あたしは、少し考えて、頷いた。

「良かった。」


表から出る時、厨房に向かって、頭を下げた。

「井上さんたら。」

「うん。でも、気持ちだから。」

「そっか。色々、ありがとうね。」


「又、会おうね。」

「そうだね。」

あたしは、京都に来て良かった。

そんな風に思った瞬間だった。。。


次の日、11時に荷物を出して、

鍵を不動産屋に戻すと、あたしは、

店に顔を出した。


「あ。みどりちゃん。」

「これから、東京に向かいます。」

「寂しくなるなぁ。」

「でも、同じお店で働いているのだもの。」

「また、会えるわよ。」

「そうですよ。あの。。。女将さんは。」

「東京に用事が出来たとかで、

一足先に朝、向かったわよ。」

「あれ。そうだったんですね。」


「皆さん。お世話になりました。

今後とも、よろしくお願いいたします。」

「こちらこそ、宜しくね。

東京でも、みどりちゃんのペースでね。」

「はい。頑張ります。」


あたしは、京都駅から新幹線にのり、

東京駅に到着するとまず、家の鍵を受け取りに、

まずは、丸の内に向かった。


今日からは一人暮らしである。

目黒に、借り上げ社宅を用意して貰った。

本当は、色々とあったんだ。

寮もあるんだけれど、男子がはいる

ことになってて、イッパイってことで。


それなら、会長宅にそのまま住んでいいとか、

言われたんだけれど、それは、他の新人さんたちの

こと考えても、出来ないよね。

ということで、あたしは、借り上げ社宅で、

妥協した。


挨拶がてら、鍵を取りに、丸の内店に行くと、

そこには、女将さんもいた。


「来たわね。」

「本店に寄ったら、女将さんがいらっしゃら

なかったので、びっくりしました。」

「ふふ。用事があって、先に来てたのよ。

そうそう。」


女将さんは、バックから、鍵を取り出して、

あたしの手に乗せた。


「荷物は明日の朝?」

「そうです。」

「引越しプレゼントで、押入れにお布団を一組、

置いてあるから、使って。」

「ええ。ありがとうございます。流石に、今の季節、

床に寝るのもなんなので…。

ホテルに泊まろうかと思ってたんです。」

女将さんが、苦笑する。


「それなら、良かった。」

「牧野さん。自転車乗れる?」

「はい、乗れますけども?」

「実は、交通費の代わりに、自転車支給も

出来るんだけれど、どっちがいいか、

考えておいてちょうだい。

私は、3日間は居るから。」

「わかりました。」


「そろそろ、新居に行ってみてみます。」


女将さんが静かに頷いたので、

あたしは、頭を下げて、目黒まで

移動した。


この辺に住むのは初めてだなぁ。。

そう思いながら、目的のマンションを

探し出し、鍵をあける。

中は、暑くなってた。

玄関の鍵を掛けて、あたしは、

部屋の中へ入った。


入ってビックリする。

台所も広くて、使いやすい間取りで。

あたしが申告した持ってるもの以外、

用意してあって、女将さんの好意に、

涙が浮かんだ。

これから、ここがあたしの家。

大切に住むよ。


その後、あたしは散策にでた。

食料品がどこで買えるか、覚えて

置きたかったのだ。


近くに、大きな商店街があって、

買い物にも、不自由なさそうだ。

今宵はお弁当を買って、あたしは、

家に戻った。


携帯の充電器は持ってきていたので、

充電しつつ、音楽をかける。

何もすることがないので、

あたしは、和室に布団をひいて、

ゴロンと横になった。


東京に戻ってきたんだなぁ。。。

あたし。だいぶ癒されたよね。

もう、いつあいつらと会っても、

動揺しないと思う。多分。


そんなことを考えていたら、

あたしの目は、自然と閉じていった。。。

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