第4話
会長のマンションだというそのマンションは、
新宿にあって、高級マンションで。
すでにマンションには、鈴木さんという、
住み込みのお手伝いさんが入っていて、
とりあえず、色々と説明して貰って、
リビングに腰を落ち着けた所に、紅茶を
持ってきてくれた。
「紅茶がお好きとお聞きしておりましたので。
ん。美味しい。」
「鈴木さんの煎れ方が悪いんじゃなくて、
あたしの好みなんだけれど、次に煎れる時は、
あと30秒、蒸らしを多くして下さい。」
「はい。わかりました。お紅茶にもお詳しいの
ですね。」
「あ知り合いに、超がつくほどの、
紅茶通が居て、仕込まれたんです。」
「そうなのですね。」
鈴木さんは、朗らかで、落ち着いた人だ。
「これから、しばらくの間、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、好みなど、お教えいただけると嬉しいです。
お夕飯は、食べたいものがありますか?」
「うーん。ぶりの照る焼きが食べたいです。」
「承知いたしました。」
朝7時に起きて、鈴木さんがこしらえてくれた
朝ごはんを食べて、丸の内の東京茶舗へ。
入り口で、名札を受け取って、会場に入っていく。
そこには、部長や京都の茶舗であたしに
研修してくれた上司もいた。
新入社員は、総勢5人。
みんな席に付いている。
あたしはどうしようかと思ったけれど、
部長や上司の方に顔を回すと、
座るように合図されたので、
小さく頷いて、後ろの席についた。
部長が、みんなに声をかけて、
自己紹介を機会を設けた。
ひとりずつ自己紹介して、
研修が始まる。
お茶の入れ方。着付け。
接客の仕方。英会話、等やることは
多岐にわたる。
いくら時間があっても、足らないほど。
あたしは、できることが多いのと、
すでに研修を受けていることから、
そっと、手助けすることに専念していた。
順調に過ぎて行く研修期間。
お昼はいつも、仕出しの弁当が配られて、
皆で食べることになっている。
お茶は、交代で回ってきて、木曜日があたし。
総勢10人のお茶も、久々だなあなんて思いつつ、
お出しすると、飲んだ主任以上のお偉方の皆様の
頬が緩むのがわかった。
あたしも、分からない程度に、微笑む。
5人のうち、あたしのお茶の味に反応したのは、
男性の1人。
確か…、お寺さんの次男坊さんだったかな。
あたしと湯のみを交互にみて、あっけに取られている。
そういえば、今までの研修の中で、あたし、
お茶を淹れることはなかったなぁ。。。
午後からは、抹茶の入れ方だったっけ。
着物も着るんだったっけ。
食べ終えた人から、昼休み。
あたしは、しっかり食べ終えて、隣に居る宮田さんに、
一声かけて、席を立つ。
弁当箱を戻して、湯のみを戻す。
その時に、ドアがそっと空いて、女将さんが入ってきた。
女将さんが寄ってきたので、何かあったのかしらと
思ったら、着物を運ぶの手伝ってということだったので、
あたしは、上司に一言言いに言って、女将さんと一緒に
研修会場を出た。
下の正面入口の端っこに、台車に乗せて、着物が運び
こまれていて、あたしは押しながら、女将さんと話す。
エレベーターに台車を乗せて入ってすぐ、女将さんが
真顔になって、話しだした。
「京都の本部に、みどりちゃんのことについて、
問い合わせがあったよ。
初めから、いくらお得意さんでも、プライバシーなことは、
言えないことになってるって、大旦那さんが突っぱねて
たけれどね。」
「すみません。ご迷惑を掛けて。」
「いいのいいの。」
「それとね。」
「はい。」
「大学卒業したら、東京に配属したらどうかって
社長がしようと思ってるって、
みどりちゃんに伝えてくれって。」
「私は、構いません。東京の方が人にまぎれて、
見つかりにくいかも。」
「うん。私もそう思うのよね。
それにちょうど、有楽町に支店が出来たところで、
有楽町の喫茶店が忙しくて、郁ちゃんから、
ヘルプが欲しいって入っているから、どうかなって。」
「研修が終わったら、一度京都に戻って
もらって、大学卒業とともに、こちらに配属ってことで。」
「わかりました。」
その時、エレベーターがチンッと鳴って、
研修会場の階に到着した。
女将さんが、開ボタンを押していてくださって、
あたしは、台車を外に押し出す。
二人で、研究室に入っていくと、みんな
お弁当を食べ終えて、くつろいでいた。
あたしは、荷物を、男性更衣室。
女性更衣室に移動させて、
「井上さん。お手伝い、ありがとう。」
「いえ。お役に立てて、良かったです。」
あたしは、宮田さんのそばに戻った。
「おかえりー。災難だったね。」
「午後からは着物来て、お茶のお稽古だって。」
「じゃあ、正座かなぁ。」
「椅子でやるって言っていたよ。」
「それならよかった。」
「まずは、着物の着方だね。」
「そういえば、井上さんはどっかで習ってたの?」
「バイトが着物着なきゃ行けなかったから。」
「なにそのバイト。」
「料亭やら。色々。」
「なるほど、それで慣れてるのね。いいなぁ。」
「ははは。」
研修責任者が、声をかけ出す。
「さて、そろそろ始めます。」
段取りの説明のあと、さっそく着付けに入る。
仕切りで仕切られた中に入ると、女将さんがいて、
ふたりとも、好きなのをどうぞ?
そこには、10枚ほどの着物が並べられていて、
あたしは、先に選ぶのを宮田さんに譲った。
宮田さんは、華やかな着物を選んで、
帯も若々しいものを選んだ。
「井上さんも、選びなさい。」
「はい。」
あたしは、少しみてから、紬を選んだ。
帯や小物も合わせて、選ぶ。
「こちらにします。」
と顔を上げると、女将さんが微笑んでいた。
着物を持って、宮田のとなりに移動すると、
宮田は悪戦苦闘しつつ着ようとしていた。
あたしは、その様子に自分が初めて着た
時のことを思い出して、微笑ましく思った。
「井上さんは、大丈夫かしら。」
「はい。大丈夫です。」
「じゃ、宮田さんを手伝うわね。」
あたしは、15分ほどで、着付け終わって、
小物も片付けて、正座をしなおして、
隣を見ると、帯を締めているところだった。
さすが、女将さん。
心の中で呟いて、見ていると。
女将さんの声。
「はい。出来上がり!」
「ありがとうございます。」
そう言って、振り向いた女将さんは、
かたずを飲んだ。
「井上さん。」
「はい。」
「とても似合っているわ。」
あたしは目を丸くしつつ、
そう言っていただいてと、微笑んだ。
さぁ。研修室の方へ移動しましょう。
女将さんを先頭に、仕切りの向こうへ行くと、
同期男性軍も、着替え終わり、椅子に座っていた。
「おまたせしました。」
「じゃ、お茶のお稽古に入りましょう。」
「ええと。國井君と井上さんは経験者ね。
私の手伝いに回って頂きます。」
「「はい。」」
「それでは、用意を始めます。」
女将さんの指示のもと、テーブルと椅子が
丸く並べ替えられて、
真ん中に、畳が敷かれて、女将さんと國井君が
背向かいで座る。
私は、側に座り、お手伝い。
しばらく、お点前を手伝い続けていると、
あたしの上司が、女将さんに近寄っていく。
小声で女将さんの声がする。
「井上さん。パーテーションの外にでなさい。
視察に来るわ。」
「はい。」
あたしは、静かに立った。
どうしたらいい?
あたしは、まだ…、会えない。
もし、あの人ならここにも来るはず。
あたしは、パーテンションの外側に出て、
草履と荷物を持って、
パーテンションの内側深くに入り込んで座る。
近くにあった座布団の山から1枚床において
座り込んだ。
そしてあたしは、息を潜めて、気配を消す。。。
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