第6話
朝7時に起きて、身支度を整えて、
昨日調達しておいたパンと飲み物で、
朝食を済ませる。
そして、窓をあけて空気の入れ替えをした。
9時。
荷物が届いて、あっという間に運び込まれて、
おくべき所に家具が設置された。
見慣れたラグとコタツが、座布団が、
置かれたダイニング。
ふうと、コタツに入り。
するべき事をメモって行く。
そうしているうちに、新居はあたしの部屋に
なっていった。
東京に戻って、半年。
仕事も家にも慣れて、休日には、
戸越銀座で食料調達にいそしむ。
そして、とうとうくるべき時が来た。。。
木曜日、あたしが店のほうに、
ヘルプに入っていた時の事。
入り口が開いたので反射的に、
「いらっしゃいませ。」
と言ったあと、妙な沈黙があったので、
あたしは、お客様の方に振り向いた。
そこには.......。
会いたかったあの人と西岡さん。
・・・・・・。
言う言葉が見つからない。
し、仕事しなきゃ。
「西岡様からのご注文の品、お持ちいたします。」
少々、お待ちくださいませ。」
「ああ。」
裏の棚へ取りに行って、
あたしは、深呼吸をして、店に戻った。
「お待たせいたしました。
それから........。」
見つめる二人にあたしは。
「お久しぶりです。」
二人は、フッと笑った。
「えっと、井上さん?」
「やっぱりここだったか。みどりちゃん?
久しぶり。」
そこまで、バレテルのね。。。
「相変わらず、独り言は直ってないんだな?」
あたしは、苦笑する。
「いつ分かったの?」
「研修の時。」
「え?」
「必死で隠れてるのに、研修会をぶち壊す
訳にも行かないだろう?」
「分かってたんだ...…?」
「俺らがお前を分からん筈がないだろ。」
「うん。。。」
「京都ぶりだね。」
「ああ。やっと会えた。」
「うん。そうだね。」
ちょうど裏口から女将さんが入ってきて、
二人と話しているあたしをみて、
一瞬、固まる。
「井上さん。」
「女将さん。」
「お二人方に二階の茶室に入っていただいたら?」
「はい。」
あたしは、二人を促して、階段へ案内する。
二階には、広くはないものの、茶室があり、
お茶セットを裕子さんから、持たされて、
あたしは、案内する。
茶室に落ち着き、お茶を出すと、
一口口をつけた西門さんが、フッと微笑んだ。
「腕は鈍ってないな。」
あたしも、微笑む。
そして、言葉を紡ぎ出す。
「あの頃は、自分の心を守るために、
ああいう風にするしか、なかったの。」
「うん。」
「今は大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。」
「え?」
「嬉しくて、ドキドキしてるよ。」
西岡さんは、口角を上げて笑顔になって。
あの人は、目を見開いて、それから、
微笑みが浮かんで。
あたしは、その笑顔を受け取った。
「自分から逃げたのにね。」
「うん。」
「離れて、3ヶ月は寂しくて寂しくて、
私を忘れないで。って思いばっかりだった。」
「そうだったんだ。」
「知ってたよ。みんなが探してくれてたの。
本社にも、随分、問い合わせしてくれてたよね。」
ふたりとも、苦笑する。
「ありがとね。でもね。今思うと、離れることが
必要だったんだなって思える。」
「うん。」
「みんなにもあたしにも、そういう時が、
必要だったんだって…。」
「今はもう、大丈夫?」
「うん。西岡さんのおかげかな。」
「俺?」
「そう。研修の時にね。」
クスクス。あたしは思い出して笑う。
?
「西岡さんが来て、必死に気配消して、
隠れてた時に、なんで、あたしだけこんな思い
しなきゃいけないんだ。
堂々としてていいじゃんって、思えるようになったから。」
「そうだったか。
あの時、我慢して正解だったな。」
「うん。そうだったかも。」
「ところで。」
「?」
「さっきも言ったけど、俺達と同じでさ。」
「うん。」
「井上の存在感ってのは、隠しても、隠し
きれないから。」
「そうなの?」
「そうだっての。」
そこで、貴大が口をはさむ。
「あと、その黒い瞳の目力もだな。」
「目力?」
「ああ。その黒い瞳の存在は、いくらカラコン
しても、隠し切れないよ。」
「ああ。京都駅での秘書さん?」
「そういうこと。」
西岡さんが?という顔をしていたので、
あたしは、説明する。
「京都駅ですれ違ったんだよね。
高田さんは、重役さんと話してたから、
気づかなかったんだけど、秘書の大野さんと、
目が合っちゃって。」
「そりゃ。隠し切れないだろ。」
「うん。気付かれないように、目をそらしたんだけど。
無理だったな。バレたって、思ったもん。」
「あの時ほど、京都駅の人ごみを恨んだことはない。」
「あはは。高田さんにまで、見つかっていたら、
まだ、あたしの気持ちは整理できてなかったから。。。
多分、日本を離れていたと思う。。。」
今だから、笑って言えること。
「苦労、しなかったか?」
「しなかったって言えば、嘘になるよ。」
「でも、京都の大学で、いい友だちもいい人脈も
作れたとも、思ってる。」
「そうか、良かった。」
「うん。」
「今は…。目黒だっけ?」
「あはは。バレバレだね。とげぬき地蔵のそば。
会社が配慮してくれて、きちんとしたマンションに
住んでるよ。」
二人が頷くのをみて言う。
「みんなで遊びにきてよ。
前住んでたアパートより、格段に広いし。
まだ、寒いくらいだから、鍋でもしよう?」
「いいな。声かけるよ。」
「うん。」
「それから…。高田さん、ありがとね。」
「ん?」
「NYとフランス。押さえててくれたんでしょ。」
それを聞いて、貴大は苦笑している。
「フランスはともかく、NYは…。手ごわかったぞ。」
「うん。だから、ありがと。」
西岡さんが、神妙な顔をしている。
あたしが、その表情を見て、なんだろという表情を
浮かべているので、西岡さんが口を開く。
「あーあ。」
「何?西岡さん。」
「井上が、大人になってて、面白くない。」
「それはそうだな。」
「何よ。高田さんまで、二人とも失礼な。」
「「「あはははは。」」」
あたしたちはしばらく笑い合って、
あたしはハッとして、時計を見た。
「いけない。そろそろ、店に戻らないと。」
「ん?」
「世間では、カフェタイムの時間だから、
お店も混み始めるのよ。」
「ああ。そりゃ、大変だな。」
あたしは、店の入口まで、二人を案内して、
深くお辞儀をした。
「ありがとうございました。」
「じゃ。またな。」
「夜にでも、連絡するよ。」
あたしは微笑んで、二人が車に乗り込むのを
見送った。
「さーて。忙しい時間だ。
気持ちも晴れやか。がんばろう。」
店に戻ると、女将さんと裕子さん。
そして、同僚のみんなが、笑顔で迎えてくれる。
あたしもみんなに微笑み返して、エプロンを、
付けた。
あたしは、この仕事が好きだ。
今日も、お茶を知ってもらえるように、
心を込めて、美味しくお茶を煎れよう。
fin
勿忘草。 波羽 紗羅 @sarasaramac
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます