第3話
あたしは時間を作って、以前住んでいた所の
役所へいき、書類を揃えて、書類ケースへいれた。
何もなく東京駅に戻り、新幹線に乗る。
普通席だし、皆が乗るなんてあり得ないから、
あたしは、駅弁を食べてのんびりと京都に戻った。
書類も提出して、一安心。
あとは、京都で採用された新入社員達と
研修が待っているのみ。
あの混雑している京都駅のホームで、
まさか、側を通るなんて少しも思ってもいなかった。
専務。
なんだ。
30mほど後ろで聞こえるどこかで聞いた声。
忘れないで欲しかった人の声とその秘書の人の声。
そして、あの人の圧倒的な存在感と
懐かしい香水の香り。
あたしは、一瞬固まったけれど。
そうか。専務になったんだね。良かった。
ゆっくりとその方向ではない方向へ向いて、
東京にいた時には、しなかったであろう
首をかしげて、その集団から、離れていく。
側を通る時一瞬、秘書の大野さんと目があった
気がしたけれど、あたしは不自然でないように、
視線を動かして、ゆっくりと離れていった。
お願い。気づかないで。。。
あたしの胸は、早鐘を打っていて。
どうにかなるかと思った。
みどりとすれ違って。
その中で、目があったと思われた大野。
大野は、みどりとすれ違って10m経った時、
貴大を呼び止めた。
「専務。」
振り返った専務に、大野は伝える。
「井上さんらしき人をお見かけしました。」
「なんだって?私と目を合わせず、
去っていかれました。」
「おしゃれな着物を着られて、髪の毛は茶色。
目はカラーコンタクトをされているのではないかと。
ブルーでした。」
専務は、周りをグルッと見回しているが。
見回すも、そこには、人人人の波。
「くそっ。無理だな。」
「さようでございますね。」
「井上様のあの佇まいと、目の雰囲気は、
隠しようがありませんね。」
「ああ。」
その頃、みどりは、
柱の陰で、息を整えていた。
そして、息を整えてから、
気持ちがどうしようもなくて、
店に向かっていた。
あの様子だったら、絶対にバレてる。
あたしは、茶舗の裏口から入り、
従業員用の畳の部屋へ行って、
ぺったりと座り込んだ。
誰かが、様子がおかしいと思って、
女将さんを呼んでくれたようで、
慌てて女将さんが駆け寄ってくる。
「みどりちゃん。どないしたん。」
「女将さん。」
振り返ったあたしの顔を見て、
女将さんは。。。
ギュッと抱きしめてくれる。
「何があったんかわからへんけど、
大丈夫やさかい。
皆が守るさかい。大丈夫。」
あたしは、そう言われて、
体に血が戻っていくのが分かった。
「京都駅のホームで、スレ違いました。
まだ、一番会いたくなかった人と。
でも、とても会いたかった人と。
秘書さんに気づかれました。」
あたしの目からは、ハラハラと涙が
伝っていく。
女将さんは、懐からハンカチーフを
取り出して、涙を拭いてくれる。
「うん。分かった。
突然だったから、びっくりしちゃったのね。」
あたしは、コクンとうなづく。
「あちらさんのことやから、すぐにでも、
調べようとなさるでしょう。
今年の研修は、東京にしてもらいましょう。」
「でも、あたしだけのことで場所変更なんて。」
「あら。それとも、みどりちゃんだけ、
研修免除にしましょうか?」
「それは。。。ダメです。」
「でしょう。そうしたら、場所変更は、
致し方がないわね。」
女将さんは、あたしを覗きこんで、
茶目っ気たっぷりな笑顔を見せた。
2日後、あたしは、始発の新幹線に乗っていた。
前の日、女将さんに、急にチケットと小さなぽち袋と
メモを渡されて、京都をたった。
用意して来た飲み物とおにぎりを食べて、
やっと、息を吐いた。
始発だけあって人もまばらで、複雑な思いで、
あたしは、東京に再び降り立った。
東京にいる間は、ここに滞在するようにと、
あたしは、社長の好意で、メモと鍵を渡された。
会長が所有するマンションの鍵を渡された。
ちゃんと理由も言ってもらって、
納得して、あたしはそのマンションから通う。
新宿にあって、お手伝いさんが常駐していること。
自分の家のように使っていいこと。
そのお手伝いさんに、なんでも言いつけて
かまわないとのこと。
すべては、あたしを守ってあげたいという、
皆様の御陰。
今は、甘えるべきときと違いますの?
女将さんの言葉。
はっとした。
だから、あたしは、承諾した。
わかっているんだ。
あたしが、甘えることができたのは4人のおかげ。
人に頼るべき時があると、教わっていたから。
それが皆を、避けるためであっても。
今はまだ、皆の前で、堂々としていられる
あたしの気持ちの準備ができていないから。
さあ。明日から、研修が始まる。
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