第18話 恩人
「…………
すると、ややあって茫然と呟く
「……さて、水谷さん。どうして、スマホを手にしているのかな?」
「……あ、これは、その……」
「……いや、この
「……こ、これは……」
「……水谷さん。もちろん、僕の事情を知っているし気にかけてもいる。だけど、だからと言って何をしてもいいとは思っていない。だから……もう、こういうことは止めてくれないかな?」
「……あ、えっと、その……その、ごめんなさい!」
すると、謝罪と共に一目散に去っていく水谷さん。そんな彼女の背中をしばし見送った後、ひとまずはほっと息を洩らす。……正直、まだ色々と頭が追いついていない。……だけど、それでも――
「……その、ありがとね……宵渡さん」
何はともあれ、ゆっくりとそう口にする。今、あたしが言うべきことは、きっとこれを措いて他にないだろうし。すると、僅かながらも口元に笑みを浮かべどういたしましてと答えてくれた。
「……ところで、
「あっ、うんもちろん! その、あたしとしてはこれからも……うん、水谷さんはそう思ってないかもしれないけど……あたしは、これからも友達でいたいと思ってるし」
「……そっか。ありがとう、葉乃ちゃん」
その後、ほどなく申し訳なさそうにそう口にする宵渡さん。……いや、なんで申し訳なさそうなの? 宵渡さんは……いや、誰も悪くないのに。
ともあれ、今のあたしの返事は本心で。水谷さんはそうは思ってない――いや、どころか本当は恨んでさえいるのかもしれないけど……それでも、一方的だとしてもあたしは友達だと思ってるし。……ところで、それはそうと――
「……ねえ、宵渡さん。なんで……なんで、ここまでしてくれるの?」
そう、おずおずと尋ねてみる。もちろん、これはさっきのことだけでなくこれまでのこと全てで。恩返し、なんて言ってたけど……言わずもがな、返してもらうような恩を施した覚えもなければ、そもそも会ったことすらなかったはずで――
「……うん、そうだね。例の件で亡くなったという、その女性のことだけど――そいつは、かつて僕の妻を死に追い込んだ、僕にとっていくら憎んでも憎みきれない女なんだ」
「…………へっ?」
衝撃的な宵渡さんの告白に、ただただ呆気に取られるあたし。……えっと、どゆこと? あの女が、宵渡さんの奥さんを――
「……そうだね、細かい説明はひとまず省くけれど……あの女は、妻に無実の罪を着せ自殺へと追い込んだ。もちろん、彼女を救うべき立場である僕の責任について言い逃れをするつもりもないし、僕の罪は生涯消えることはないけれど。
それ以降、虚無と言うのかな……ただ、屍のように生きていた。こんなこと言ったら、
「…………」
「……だけど、そんなある日のことだった――卒然、僕の脳裏に衝撃が走った。さながら稲妻にでも打たれたような……本当に久しぶりに、ハッと生気が蘇ったような感覚だった」
「……それが、あたしの……」
「……そう、例の書き込みを目にした
……だけど、もし本当なら……意図的であれどうであれ、この子があの女をあの世へ葬ってくれたというのなら――僕が、護りたいと思った。それが、僕の義務だとも。……まあ、我ながら相当に歪んだ感情であることは否定しないけれど」
「……宵渡さん」
そう、仄かに微笑み告げる。……そう、なんだ。それで、あたしのことをずっと――
「……もちろん、分かってる。君の行いも、僕の行いも間違っていることなんて。それでも……僕は、君に救われた。だから……ありがとう、
「……っ!! ……よいと、さん……」
刹那、呼吸が止まる。……もちろん、分かってる。あたしのしたことは、決して許されることじゃない。そして、それは彼も分かっていて。
だけど……その上で、救われたと言ってくれた。ありがとう言ってくれた。そして、こんな……こんな穢れたあたしを全部、受け入れてくれて――
「……う、う、ゔ……うぁあああああああああああああああああぁ!!!!」
刹那、
「……それじゃ、帰ろうか葉乃ちゃん」
「……うん、宵渡さん」
それから、数十分後。
そう、あたしの手を取り告げる宵渡さん。一方、あたしはその手を取りつつもそっと目を逸らし呟く。……うん、流石に恥ずかしい。今更ではあるものの、泣き腫らしたこの顔を改めて見られるのは。
その後、しばし無言で歩みを進めるあたし達。……うん、気まずい。もちろん、彼が
「……あ、あの、あたし先に行くね! 宵渡さんはゆっくり帰ってきてくれていいから!」
「……へっ?」
そう、パッと手を離し駆け足で去っていくあたし。ごめんね、宵渡さん。避けてるわけじゃないの。でも、今はちょっとだけ――
「――――葉乃ちゃん!!」
「…………へっ?」
卒然、虚空に響く鋭い声。ハッと振り返ると、そこにはフードの外れた秀麗な男性――見たこともなく必死の形相の宵渡さんが。……えっと、いったいどう――
――ガンッ。
「…………へ?」
刹那、茫然と声が。そんなあたしの視界には、うつ伏せで車道に倒れるローブの男性。ただただじっと見つめるも、そこに伏せたまま微動だにしない。そして、頭からは真っ赤な血が辺り一帯へと広がって――
「――うぁあああああああああああああああああぁ!!!!」
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