第19話 誓い
「――おはようございます、
「うん、おはよう
それから、数ヶ月経て。
柔らかな
「……あのさ、宵渡さん。そろそろしつこいとは思うけど……でも、敬語はやめてほしいな。それと、その呼び方も。ちゃん付けか……もしくは、呼び捨てで」
「……すみません、葉乃さん。ですが……それだと、どうにも違和感を覚えてしまいまして」
そう言うと、言葉の通り申し訳なさそうに答える宵渡さん。……まあ、そうなんだろうね。あたしにとってはこの方が相当に違和感なんだけど、彼にとってはそうなんだろう。だって――もう、彼はあたしのことを覚えてないのだから。
――あれから、およそ二週間後のことだった。あたしを庇って車に引かれ、ずっと意識の戻らなかった宵渡さんがついに目を覚ましてくれたのは。……ほんとに、ほんとに良かった。貴方がいなくなってしまったら……あたしは、もう――
だけど、その代償は決して小さくはなく――彼は、記憶を失ってしまっていた。正確には、エピソード記憶という過去の経験や出来事に関する記憶――つまりは、思い出の消滅であり、今後回復する見込みは現時点では限りなく低いとのことで。
……でも、大きくもないんだけどね。生きていてくれた――ただ、それだけでどんな代償だってちっぽけなものなんだし。……例え、二度とあたしのことを思い出してくれなくても。
「……あの、ところで葉乃さん。僕は、本当に貴女といていいのでしょうか?」
「……いや、いいも何も、ここは貴方のお家なんだよ? そんなこと言われたら、あたしが出ていかなくちゃならないんだけど、それがいい?」
「あっ、いえそういう意味ではなく! ただ……僕は、貴女と共にある資格があるのかどうかと……僕は、貴女のことを覚えてすらいないのに……」
リビングにて、あたしにココアを渡してくれた後そう口にする宵渡さん。……もう、そんなこと気にしなくていいのに。そもそも、覚えてないのだってそもそもはあたしのせい――彼は、何一つ悪くないのだから。
……まあ、彼らしいけど。彼は、そういう人――そういう、優しい
「……前からずっと言ってるけど、そんな悲しいこと言わないでよ、宵渡さん。あたし達、将来を誓い合った仲なのに」
「…………葉乃さん」
そう、じっと見つめ告げる。……まあ、もちろん嘘だけど。本当であってほしいけど、生憎そんな約束はしていない。交わしたのは、あたしを決して裏切らないという誓いだけ。そして、未成年と将来を誓い合っていたなんて、記憶がなくとも本来はなかなかに信じがたいことだと思う。
だけど、例の動画――あたし達の行為を収めたあの証拠動画が、なんと大いに役立って。あれのお陰で、彼はあたしと本当に交際を――将来を誓い合った、いわゆる真剣な交際を交わしていたというあたしの言葉を本当だと思い込んでくれている。
尤も、記憶のない宵渡さんは、自身が本当は遊びのつもりだったんじゃないかと不安になっていたけれど……それは絶対にないと、あたしが強く言い聞かせた。遊びなんかじゃなくあたしを真剣に愛してくれていたと、強く強く言い聞かせた。彼が自分のことを信じられなくとも、記憶のない以上、当の相手たるあたしにそう言われてしまえば否定はできないだろうし。
「……それでさ、宵渡さん。今日はどうする?」
「……そうですね、今日は……」
それから、一時間ほど経て。
朝食の席にて、ほのぼのとそんなやり取りを交わすあたし達。彼とのこんな何気ない日常が、本当に心地好く――そして、本当に愛おしい。
……うん、ほんと幸せ。かつてのあたしは、もう彼の中にいないけれど……だけど、彼にとって今は亡き最愛の
……ごめんね、宵渡さん。でも、これからはあたしが護るから。貴方がそうしてくれたように、これからはあたしが支え護るから。だから、どうか……どうか、ずっと……生涯、そばにいてくれませんか?
背徳の香りと破れぬ誓い 暦海 @koyomi-a
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