第14話 うっかり?

「……うん、美味しい。それに、いつもよりいっそう美味しい気がする」

「そっか、それは良かった。葉乃はのちゃんが頑張ってくれたお陰で、色々と良い食材が買えたからね。改めてだけど、ありがとう」

「……へっ? あ、いえ、こちらこそ……」



 それから、しばらくして。

 夕食の席にて、沁み沁みとそんな感想を洩らす。すると、穏やかな声音で労いと感謝の言葉を……いや、急にそんなこと言わないでよ。こう、ドキッとするから。


 さて、今日のメインディッシュは本日の戦利品をふんだんに使った野菜のリゾット。……いや、この表現が適切かどうかは分からないけど……ともあれ、めっちゃ美味しい。もちろんいつもそうだけど、今日はいっそう美味しくて。……でも、それはあたしが頑張ったからというより、きっとその頑張りに応えようといっそう心を込めて作ってくれた宵渡よいとさんのお陰で……まあ、どうせ認めないだろうけど。





「――さて、そろそろ寝ようか。明日は休みだけど、だからと言って夜更かしは駄目だよ? 葉乃ちゃん」



 それから、しばらくして。

 夕食、入浴を終えしばし二人リビングでゆったりした後、徐に立ち上がりそう口にする宵渡さん。そろそろ寝ようか――彼のこの言葉から、就寝のためそれぞれのお部屋へというのが大方いつもの流れで。……だけど、



「……あ、あのさ、宵渡さん。実は……その、うっかり消しちゃったんだよね……例の動画」

「……へっ?」

「いや〜ほんとびっくりしたっていうか、疲れてる時にうっかり操作を間違っちゃったんだよね。それで気がついたらなくなってて、いや〜ほんとあせったな〜。……だから、その……」


 そう、目を逸らしつつ告げる。例の動画とは、裏切り防止のため行為ことの一部始終を収めたあの証拠動画のことだけど……うん、まあ、嘘です。それはもう、バッチリ残ってます。ただ……ほら、こうでも言わなきゃ口実がないといいますか。


 ……ただ、我ながらなかなかに上手い口実ではないかなと。うっかり消しちゃった、はちょっと無理やりかもしれないけど……でも、きっとないとは言い切れないはず。そして、動画を復元しようにも、例えば専門家に頼めばお金も時間もかかるし――何より、第三者に委託するには相当な危険リスクのある内容ものなわけで。ならば、今挙げた全ての面を考慮しても自分達で再び撮ることがベストなのは言うまでもないわけで。……まあ、あの時と違って今はもう全面的に信用しているので、そもそも証拠を収める必要もないんだけどね。


 ……ただ、作戦の成否以外にも懸念はあって。と言うのも、前述の通り宵渡さんを信用しているのならそもそも証拠を――即ち、再び動画なんて撮る必要はない。なので、こんな申し出をすること自体まだ彼を信用していないと言っているのと同義で。そして、彼にそんなふうに思われてしまうのはあたしとしては甚だ不本意で……うん、だったらこんなことするなという話ではあるんだけど。あるんだけども……なので、どうか察していただけると――



「……そっか、うっかり消しちゃったんだね」

「……へっ? あ、うん……」


 すると、そう言ってゆっくりとこちらへ歩みを進める宵渡さん。……やっぱり、バレてる? いや、それはいい。どころか、全く以て望むところで――


「……ふぇっ!?」


 刹那、間抜けな声が洩れる。と言うのも――そっと目の前で腰を下ろした彼が、あたしの頬に優しく手を添えたから。……あ、あの、えっと――


「……全く、駄目な子だね、葉乃ちゃんは」

「……っ!!」


 ドクンと、鼓動が跳ねる。そっと耳をくすぐる色っぽい声に、吐息に胸の奥から全身へと激しく熱が巡っていく。そして、その吸い込まれそうなほどに綺麗なであたしをじっと見つめる宵渡さん。そして、そのつややかな唇をゆっくりと開く耳元で囁く。



「――それじゃあ、次は消さないようにね?」




 

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