第9話 一人だけ?

「……ねえ、宵渡よいとさん。何度も聞くようだけど、これってデートなんだよね?」

「うん、もちろんだよ葉乃はのちゃん。僕が今まで嘘をついたことがあったかい?」

「……うん、ほんとよく言うよね。言っとくけど、忘れてないからね? あれ」



 それから、数日経た朝のこと。

 すっかり晴れ渡る空の下、真っ直ぐに続く道を歩きながらそんな戯言ことを宣うローブ男。周りには、広々とした田んぼや畑が果てなく続いていて。


 まあ、それはそうと……うん、ほんとよく言うよね。言っとくけど、忘れてないからね? 知らないかもだけど、わりと根に持つタイプだからね? あたし。……あと、今更だけど暑くないの? その格好。



 

 ――ともあれ、事の経緯はと言うと。



『――ところで、葉乃ちゃん。今日、何か予定はあるかな? 例えば、友達と遊びに……ああいや、ちょっと無神経だったね。あははは、ごめんごめん』

『うん、喧嘩売ってる?』



 一時間ほど前、リビングにて。

 朝食の席にて、何ともふざけた口調でそんな戯言ことを宣うローブ男。うん、喧嘩売ってる? だったら買うよ? 対戦方法は……うん、トランプとか? 言っとくけど、こう見えて真剣衰弱はめっちゃ強いよ? 昔、ひたすら一人で鍛えてたか――



『それで、もし予定がないのなら――今からデートなんてどうかな? 葉乃ちゃん』


『…………へっ?』



 

 そういうわけで、目下デートの目的地とやらに向かっている最中さなかなわけだけど……うん、ほんとどこいくの? 今のとこ、ほぼ田んぼと畑しか見えてないんだけど。

 ……まあ、別にいいか。あたしにとって危険な――例えば、やたらと人の多い場所とことかに連れて行かれるとは思えないし、着いてからのお楽しみってことで。なので――



「……あのさ、宵渡さん。あれからずっと言おうと思ってたんだけど……いや、学校でもローブなんだね」

「……ああ、そのこと? ほら、僕みたいな類稀なる美男子がうっかり顔を出そうものなら、みんなすっかり見蕩れちゃって授業に集中できないだろうと気を配った結果かな」

「……うん、自分で言っちゃう?」


 すると、あたしの問いに何とも馬鹿な答えを返す宵渡さん。……うん、自分で言っちゃう? いや、否定はしないけども。美男子であることは否定しないけども。

 あと、絶対に余計だよその気遣い。むしろ集中できないよ、全身黒づくめで、顔すら見えないローブの人に授業とかされたら。……あれ、でも、ということは――



「……あのさ、もしかしてだけど……クラスの子達も、みんな知らなかったりするの? 先生の顔」

「うん。と言うより、先生方も含め学校の関係者全員がこの姿しか知らないんじゃないかな。尤も、うっかり顔を出したところをどこかで目撃されていたら話は変わるけど……でも、それもないかな。もしそんなことになってたら、あのミステリアスなローブの男性は超絶イケメンだったと当面はその話題で持ちきりになってるはずだし」

「……うん、清々しいほどの自画自賛だね」


 いや清々しいな。……いや、確かに美形だよ? それは否定しないけども……でも、それだけが当面の話題になるほど話のネタがないこともないでしょ。まあ、流石に冗談だろうけど。……まあ、それはともあれ――


「……どうかしたのかい? 葉乃ちゃん」

「ううん、なんでもない」


 すると、軽く首を傾げ尋ねる宵渡さん。理由は――まあ、確認するまでもないかな。みっともなく顔が緩んでいたのが、鏡を見ずとも分かるし。


 ……まあ、それはともあれ……そっか、誰も知らないんだ。つまりは、彼の姿を知っているのはあの中ではあたし一人で……ふふっ、そっかそっか。




 







  





 

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