第8話 やむにやまれぬご事情?

「――さて、初日はどうだった? 友達100人できたかな?」

「うん、何の嫌味かなそれは。そもそも、100人いないでしょあの高校」



 ともあれ、時は戻り。

 学校初日を終えた宵の頃、夕食の席にてそんなやり取りを交わすあたし達。いや何の嫌味だよ。そもそも100人いないでしょうが、あの高校。……まあ、いても無理だけど。一億人いてもあたしには無理だけど。


 ところで、話は変わるけど――この人、めっちゃ料理うまい。今日のメインディッシュはサーモンのムニエルなんだけど、もうプロかっていうくらい。それこそ、高級料理店にも負けてないんじゃないかと思うくらい……まあ、知らないけどね。セレブの味なんて。……ただ、それはともあれ――



「……ねえ、なんで言ってくれなかったの? 宵渡よいとさんが、あの高校の先生ってこと」



 そう、不服を湛え告げる。そう、今日から通うこととなった高校――海里うみさと高校二年生の担任教師が、なんと眼前にいるこのローブの男だったわけで。いや、自己紹介しようか、じゃないんだよ。まずあんたが紹介しろよ。あたしのクラスの担任だって、あんたがあたしに紹介しろよ。あと、よくできましたとか言うんじゃない。どんだけあたしを子ども扱い……まあ、ここに関しては反抗しがたいけども。



「……うん、ごめんね葉乃はのちゃん。僕としても先に伝えたかったんだけれど、生憎ながらそれが出来ない事情があってね」

「……宵渡さん」


 すると、言葉の通り申し訳なさそうな声音でそう口にする宵渡さん。いつもながらほぼ見えないけど……それでも、言葉の通り申し訳なさそうな表情かおを浮かべているのは察せられて。……しまった、ちょっと無神経だったかな。彼には彼の事情があり、おいそれと口に出来ない理由があったのだろう。なのに、あたしときたら何も知らないのに――


「……だって、先に伝えたら見れないじゃないか。おどおどしながら教室に入ってきたら、なんと僕が教壇にいた瞬間ときの君のポカンとした間抜けな表情かおを」

「うん、このみそ汁かけていい?」

「へっ? いや〜食べ物を粗末にするのはおじさん関心しないな〜」

「いや正論だけども!!」


 いや正論だけども!! 別にほんとにやるつもりはないけども!! ただ、にしても……うん、分かってたよ。そういうヤツだよ、あんたは。

 ……あと、別におじさんじゃないでしょ。20後半ってそういう歳でもないだろうし、それに実年齢より若く見えるし。


 



 ……ところで、それはそれとして――



「……ん、どうかした? 葉乃ちゃん」

「……えっと、その……」

「……?」



 それから、しばらくして。

 夕食、入浴を終えた後リビングで二人のんびりしていると、きょとんと首を傾げ尋ねる宵渡さん。今回は演技でもなんでもなく、きっと本当に疑問の表情かおを浮かべているのだろう。まあ、それはともあれ――


 ……うん、言えない。だって、口実もないし。……いや、あの時は裏切らせないためであって本当にが目的ではなかったけど……ともあれ、当初の目的は無事果たせてしまったので今や口実もないわけで。……うん、ここは――


「……ふぅ、あっついねぇ宵渡さん。ほんと、デスヴァレーかっていうくらい」


 そう、白々しく言ってみる。何ともわざとらしく、Tシャツの胸元をパタパタさせながら。……うん、そっちからさそ……いや、なんなら襲ってくんないかな? それで、あたしがたいそう困惑しつつも『もう、しょうがないなぁ』なんて広い心で受け入れ――


「……ふむ。それじゃあ、もう少し温度を下げ――」

「いやなんでよ!! 暑いって言ってんのになんで温度下げんの!?」

「ええっ!?」


 すると、徐にリモコンへと手を伸ばす宵渡さん。そして、そんな彼に思いっきりツッコミを……うん、我ながら何言ってんだろうね。



 その後、ややあって当然のこと何事もなくそれぞれ部屋へと向かうあたし達。そして、自室のベッドに寝そべりスマホを弄る。そして、開いたのは一本の動画――あの時間ときの一部始終が収められた、例の証拠動画で。……うん、今日も一人で済ますか。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る