第2話 旅立ちの夜

「……あのさ、宵渡よいとさん。もう何度も聞いてるけど……その、どこに行くの?」

「ん、何度も言ってるけど、もちろん僕の家だよ。申し訳ないけど、あの場所からは少し遠くにあってね。やっぱり止めとく?」

「……いや、止めとかないけどさ。そもそも、もう今更だし」



 それから、二時間ほど経て。

 そう、隣へと控えめに尋ねてみる。そんなあたし達がいるのは、ガランと空いた電車の中。その中の長い座席の隅に、二人控えめに腰掛けているわけで。……いや、止めとかないよ。もうここまで来て今更だし、そもそも帰る場所なんてないんだし。


 あっ、今更ながら彼は宵渡という、20代後半の男性とのこと。なので、現在分かっているのは性別と名前とおおよその年齢で……うん、情報なさすぎるでしょ。履歴書でももうちょっとあるよ。



 ……ただ、それはそれとして。



「……ねえ、宵渡さん。さっきから、ずっと聞こうとは思ってたけど……なんで、またお母さんに会わせたりしたの? 言ったよね? 心配なんてしないって」


 そう、不服を込めつつじっと見つめ尋ねる。と言うのも、あの後――彼の申し出を受けたあの後、いったん家に戻り母に会うように言われて。そして、家を出る意思を伝えるように言われて。……いや、返事こたえなんて分かりきってるんだけど。実際、それを――家を出る意思を伝えた際、果たして母の表情かおには確かな喜色が浮かんでいて。そして、返事は言わずもがな快諾で――



「……それでもだよ、葉乃はのちゃん。結果は分かっていたとしても、それでも区切りは必要だからね。お母さんの中でも、君の中でも」

「……宵渡さん」


 すると、そう口にする宵渡さん。心做しか、何処か柔らかな声音で。……そういう、ものなのかな? 私にはよく分からないけど……まあ、別にいっか。




 ともあれ、今更ながら経緯を説明すると――母に別れを告げた後、歩くことおよそ20分。到着した最寄りの駅から電車を乗り継ぎそして今に……うん、ほんとどこいくの? ほんと、分からないのが一番怖いんだけど。



 その後も、気まずいようなそうでもないような異様な雰囲気くうきの中ガタンゴトンと揺られること数十分――ようやく目的の駅に着いたようで電車を降り、ホームを降り改札を抜け駅の外へと。すると、そこには――



「…………山?」



 そう、ポツリと呟くあたし。……いや、なんとなく分かってたよ? こう、車窓からの景色とかでもきっとそういう所かなって。でも、いざ降り立ってみるとやっぱり驚きで。……えっと、ここが宵渡さんの――



「――それじゃあ、張りきって行こう」

「いやいやいやいや!!」


 すると、事も無げに告げる宵渡さん。いや張りきって行こうじゃないから! この表情かお見て! このポカンとした表情かおをちゃんと見て! 


 ……まあ、言っても仕方ないんだろうけど。どんな事情があるかは知らないけど、初めて会った人間――それも、あれを事実だと知っていながら家に呼ぶような人がマトモなわけなんてないんだし。







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