第10話

 それから三日が経ち、ルイーゼの療養も終わりが近づいていた。

 魔力はほぼ回復し、ガリガリで疲れやすかった身体も、少しずつ脂肪がついてきた。

 ここでは温かい食事とふかふかのベッド、そして優しい人々がルイーゼを囲んでいた。


(王宮の人達にお礼がしたいな。……オリヴァー様にも)


 せっかく魔力が発現したのだ。魔法を使って何か出来ないだろうか。

 でもルイーゼは魔法の使い方がよく分かっていない。

 どこかで学べないだろうか。


(家族はきっと……頼れないし、アンダーソン家以外の魔法使いの家系は知らないし)


 ぐるぐると考えを巡らせても答えは出なかった。



「また難しい顔をしていますよ」

「オリヴァー様!」

 

 オリヴァーは時間を見つけてはルイーゼに会いに来てくれた。

 王宮の花や王女ミランからの手紙を持ってきてくれるのだ。


「もう少し療養したら外出許可も下りるかと思いますので……おや、外が騒がしいですね」


 オリヴァーが扉にちらりと視線をやると、執事らしき人が慌てた様子でやって来てオリヴァーに何か耳打ちをした

 とたんに彼の表情が険しくなる。


「追い返せ」

「ですが『愛する娘にひと目会わせてほしい』と皆の前で騒いでおりまして」


 執事は申し訳なさそうに頭を下げて、助けを求めるようにルイーゼを見た。

 嫌な予感がよぎる。


「もしかして、私の両親が……」

「大丈夫ですよ。会わせたりしません。彼らには一度忠告したのですがね」


 やれやれとため息をつくオリヴァーに申し訳なさが湧き上がる。


(きっと私を連れ戻しに来たんだわ。これ以上オリヴァー様や王宮の皆様にご迷惑はかけられない。でも……)


 ぎゅっとこぶしを握る。

 もうルイーゼは知ってしまったのだ。アンダーソン家の外の世界を。


(私はあの家に帰る気はないわ!)


 ルイーゼは覚悟を決めた。


「会います。私から……は、話をします」


 もう帰らない。そう言って去ればいいだけ。

 手は震えているけれど、これは気のせいだ。

 

 ルイーゼが気持ちを落ち着けていると、オリヴァーがそっと近づいてきた。


「僕も同席しよう。大切な結婚相手のご両親だからね。それと……」


 オリヴァーはルイーゼにそっと囁く。

 ルイーゼ目を丸くしたままコクンと頷いた。



◇◇◇



 応接室ではアンダーソン家の三人が待ち構えていた。

 入ってきたルイーゼを見るなり、三人は顔を歪めて笑顔を作った。


「あぁルイーゼ! 元気そうだな。さあ帰ろう。王宮ではゆっくり休めないだろう?」

「倒れたって聞いて心配していたのよ?」

「ご無事で良かったですわ! お姉様ぁー」


 アンダーソン家の三人は、聞いたこともない甘い言葉をルイーゼに向ける。


 寒気がした。

 彼らはさっきから全くルイーゼのことを見ていない。

 チラチラとオリヴァーや使用人たちの顔色ばかりうかがっている。

 自分たちがどんな噂をされるかが気になるのだろう。


(この人たち、外ではこんな風に振る舞うのね。私はあの家が全てだと思っていた……。でも違ったんだわ)


 ずっと恐ろしかった三人が小さく見える。

 ルイーゼは一歩前に出ると、三人に深々と礼をした。


「ご心配いただきありがとうございます。ですが家には帰りません。以前オリヴァー様からもお話があった通り、私は彼と結婚することにしました」


 アンダーソン家とは縁を切る。もう決めたこと。

 ルイーゼは声の震えを悟られないようにゆっくりと、しかしはっきりと言ってのけた。


 父は気分を害したように眉をひそめたが、声を荒げることはなかった。


「ルイーゼ、冗談は程々にしなさい。オリヴァー様がどんな方が知っているのか? 侯爵家のご子息だぞ。お前とは釣り合わない」

「そうよ。魔力が発現しただなんて嘘までついて……」


 父の目がピクピクと痙攣している。王宮内だから怒鳴りつけるのを我慢しているのだろう。

 母も青筋を立てながら口角を必死で上げている。そのままアニーをオリヴァーの方に押し出すと笑みを深めた。


「ねぇオリヴァー様、妹のアニーはいかがでしょうか。ルイーゼよりも器量は良いし、本当に魔法が使えます。ルイーゼと違ってきちんと教育を受けていますし、きっと気に入りますわ」

「アニーと申します。お会いできて嬉しいですわぁ!」


 アニーの甘い声がオリヴァーに向けられる。

 魅了の魔法でもかけているのだろうか。彼女は自信満々にオリヴァー様を見つめていた。


 けれどオリヴァーはアニーの方を見向きもしない。

 鋭い瞳で父を見据えたままだった。


「僕はルイーゼと婚約したのです。彼女以外に興味はない。伯爵、以前に忠告した事をもうお忘れですか?」


 その瞬間、部屋の空気が固まった。

 酷く冷たい物言いに、言葉を向けられていないルイーゼすら背筋が凍ったほどだ。


 


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