第9話

 にこにこと微笑んでいる王女に、オリヴァーは時計を指差した。


「ミラン王女殿下、そろそろ時間です。今日は皇太子殿下とともに孤児院への訪問をするのでしょう? 早く行かないと殿下がしびれを切らしてしまいますよ」

「分かってるわよ。バタバタしてごめんなさいね。お礼が言えて良かったわ。またね、ルイーゼ姉様!」


 そのまま席を立つと、颯爽と去っていく。王女ともなれば、公務が忙しいのだろう。



(わざわざお礼を言うために、お茶の席を設けてくれたんだわ……)


 ありがたくも申し訳ない気持ちでミラン王女を見送ると、グッと腕を引かれた。

 引かれた方向を見ると、オリヴァーがまたケーキをフォークに刺している。



「やっと煩いのがいなくなりましたね。おや、よそ見ですか? まだお菓子はたくさんありますよ?」


 またも食べさせようとしてくるので、ルイーゼは慌てて彼の手を掴んだ。

 彼にはまだ肝心なことを聞いていない。


「オ、オリヴァー様」

「なんでしょう」

「わ、私とオリヴァー様は結婚、していないですよね?」

「えぇ。今はまだ」


 さも当然のように頷く彼は「それが何か?」という顔をした。


「でしたら妻、というのは……」

「貴女は僕の妻になるのでしょう? 互いの両親の許可も得たので、そろそろ届けを出そうかと」

「りょ、両親!? 私の両親と話したのですか?」


 思わず声が大きくなる。

 ここ数日の異様な環境のせいですっかり忘れていたのだ。両親との約束を。


(貴族なら誰でもと言ってはいたけれど、こんな高貴な方と結婚だなんて、父が許すはずないわ! それよりも、何日も帰らず怒っているに違いないわ。今度こそ殺されるっ……!)


 ルイーゼの顔がみるみる青白くなっていく。

 するとオリヴァーはケーキをおろし、ルイーゼの手をつかんだ。



 オリヴァーの瞳は全てを見透かしているような落ち着いた光を放っている。


「心配いりませんよ。何かあっても貴女を奴隷商人に渡したりしません。ルイーゼのご両親には、どんな手を使ってでも諦めてもらいます」

「そんな……オリヴァー様がそこまでする必要はありません!」


 ルイーゼは確かにオリヴァーを助けたかもしれない。けれど、そこまでしてもらう程のことではないはずだ。


(この結婚、オリヴァー様には何の得もないのに)


 ルイーゼがオリヴァーを見つめると、彼はふと微笑んだ。


「僕と結婚出来たら素敵だと、言ったのは貴女でしょう? 僕は貴女が欲しくなりました」

「え……?」


 まるで告白のような言葉が聞こえてきたものたから、ルイーゼは目を丸くした。


「アンダーソン家のしがらみから離れて、僕と一緒になりませんか? ってことです。ほら、そろそろお話を止めてケーキを食べてください。食べてくれないと僕が医師に叱られてしまう」


 そう言われればケーキを食べるしかない。

 ルイーゼは何故かドキドキと高鳴っている心臓を沈めながら、ケーキを頬張った。

 今度は自分の手で――。


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