第6話 ビルの谷間で、地獄が口を開けた

 池袋西口、午後十一時。

 無数のネオンが濁った雨に滲んでいた。

 蓮司は、トレンチの襟を立てて、薄暗いビル街の谷間を歩いていた。


 “ニキータが東京に入った”――そう、情報屋ジョージから聞いた。

 目的地は、闇カジノ「鶏神とりがみ」。暴力団の金が飛び交う地下闘技場だ。



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 場所は、池袋北口の再開発から外れた老朽ビル。

 エレベーターはなく、6階まで鉄骨階段を登ると、扉の向こうからけたたましい歓声が漏れてきた。


 開かれた部屋では――闘鶏が行われていた。


 照明の下、爪に刃を括りつけられた二羽の雄鶏が、血を撒き散らしながら飛びかかっていた。


 その中央、ソファに肘をかけて座っていたのは――

 レスリー・チャン似の若者の“弟”。

 そしてその隣には、白いコートの女。ニキータだった。


 蓮司が一歩踏み出した瞬間、部屋の空気が凍りついた。


 「来たわね、“狂犬”。池袋へようこそ」


 ニキータの声は甘く、それでいて刃のように鋭かった。



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 「さあ、ゲームの時間よ」


 奥の扉が開き、ロシアンルーレット用のリボルバーがテーブルに置かれる。


 「ルールは簡単。お互い一発ずつ。運がいい方が生き残る」


 「……くだらねぇ」


 だが、蓮司は席についた。

 乾いた音とともに、弾倉が回される。


 ニキータが先に引く――空砲。


 蓮司が銃を受け取り、ゆっくりと自分の頭にあて――引く。

 またも空砲。


 ニキータが笑った。


 「運のいい男。だが、次は?」


 直後、乱入者が現れる。坂東三津五郎似の公安・黒部だった。


 「遊びは終わりだ。ニキータ、お前を“国家反逆罪”の疑いで拘束する」


 だがその瞬間――闘鶏場の床が爆発した。



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 混乱の中、ニキータと弟は姿を消した。

 室内には血まみれの死体がいくつも転がっていた。

 蓮司がふと目をやると――凶器らしきナイフが、一本だけ別の場所に転がっていた。それは明らかに、ここで使われたものではなかった。


 「……誰かが“偽装遺棄”してる」


 死体に混ぜ込まれていたのは、すでに死亡推定時刻が異なる別件の被害者。

 つまりここは、“事件の掃き溜め”にも使われていたのだ。



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 蓮司が屋上へ上がると、そこに一人の“キチガイ”がいた。


 全裸にトレンチコート。両手に小動物の死骸を握りしめ、笑いながら壁に頭を打ち付けている。


 「アイツらが言ったんだよ!“ニイタカヤマノボレ”ってなァ!!戦争は始まったんだぁぁああ!」


 蓮司はそいつの首根っこを掴んだ。


 「ニキータはどこにいる?」


 「“トリガラ”……“トリガラの倉庫”に集まってるぅ!もうすぐ“東の爆心地”になるぅうぅ!」



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 深夜。

 蓮司は池袋の線路沿い、廃倉庫へ向かっていた。


 西宮で始まった復讐劇は、今や国家と狂気を巻き込んだ戦争に変貌していた。

 手にした38口径のリボルバーが、冷たい夜気の中でわずかに震える。


 「……撃たれる覚悟は、最初からできてる。だが、殺すべき奴が残ってる限り、まだ終わらねぇ」


 池袋のビル街。その闇の谷底に、再び狂犬が吠える――。



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