第2話 猟犬の夜

 梅田――ネオンが騒がしく瞬く街。西宮とはまた違う喧騒が、蓮司の神経を逆撫でした。


 猟犬のような男がいた。名を狗巻辰男いぬまきたつお。元・警視庁の特殊班にいたスナイパーであり、蓮司のかつての相棒。だが今は、行方知れずだった。


「……狗巻が、“黒い神父”と繋がってるって?」


 ジョージの情報は信憑性に欠けるが、今回は妙にリアルだった。


 「Yup。あのDog-man、今は“神父”の右腕だ。しかも、ヤツの愛銃は旧ソ連製のトカレフTT-33。つまり、“殺す気”で撃つヤツだってことさ」



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 蓮司は、梅田の片隅にあるダーツバーを訪れた。薄暗い照明、焼け焦げたカウンター。そこにいたのは、背中に狼の刺青を彫った長身の男だった。


「よぉ、矢代。まだ生きてたか」


 その声――忘れもしない。狗巻辰男。


 「……裏切ったのか、お前」


 「裏切り?違ぇよ。“選んだ”んだよ。腐った組織に飼われるより、犬になる方がマシだった」


 蓮司の拳が、無意識に震えていた。トカレフの名が出た時から、嫌な予感はしていた。


 狗巻が、ゆっくりと右手をジャケットの下に忍ばせた。


 「忠告だ。神父には手ェ出すな。お前はもう“終わった男”だ」


 その瞬間、蓮司の左手が先に動いた。


 ダーツの矢が、カウンター上のグラスを打ち砕き、目くらましになった次の瞬間、38口径が狗巻の肩を撃ち抜いた。


「……終わっちゃいねぇよ。俺の“正義”は、まだ腐りきってねぇ」



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 狗巻から吐き出されたのは、“黒い神父”の新たな拠点――大阪湾に浮かぶ廃施設“対馬ドック”。


 そこでは、若者を集め、ニードルを打ち込み、意識をコントロールする**新型ドラッグ“Re:Needle”**の実験が行われているという。



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 夜、蓮司は一人、対馬ドックへと向かった。


 重たい潮風。波の音の向こうに、呻くような声が聞こえた。


 「たす……けて……」


 まるで地獄のような光景だった。若者たちは金属のベッドに拘束され、目は虚ろ。神父と呼ばれる男――黒衣に身を包み、髪は真っ白。顔は確かにゴッドファーザーの三男に似ていた。冷たい目が、蓮司を射抜く。


 「来たか、“狂犬”。貴様の足音は……遠くからでも聞こえる」


 蓮司は無言でリボルバーを構える。


 「……地獄へ、祈りを捧げとけよ、神父」



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 銃声。トカレフとリボルバーが火花を散らした。


 蓮司は撃たれながらも進んだ。皮ジャンの下には、弟を想う佐治の涙。狗巻の裏切り。電話越しの少女の声。全てが、彼の背中を押していた。


 神父が叫ぶ。


 「お前のような獣には、祈りも届かぬ!」


 蓮司は静かに答えた。


 「……ああ。だからこそ、俺が地獄を止めに来たんだ」



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 朝焼け。


 対馬ドックが沈むように崩れ落ち、闇はひとつ終わった。


 蓮司は血まみれで梅田に戻り、ジョージの店でまた焼酎をあおった。


 「……なぁジョージ。この街、救えると思うか?」


 「No idea, bro……でも、お前が動けば、少しはマシになるかもね」


 蓮司は、笑わなかった。ただ、静かに立ち上がった。


 煙草に火をつけながら、また一歩、夜に踏み出した。





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