なんじゃこりゃ~!? スニーカー10万文字以上15万字以下 9月末
鷹山トシキ
第1話 西宮ダウン・タウン・ニードル
午後六時、黄昏の西宮。酒の匂いと排気ガスが溶け合ったような路地裏で、男は煙草に火をつけた。
松田優作に似たその男の名は矢代
「……死んでんのか、生きてんのか、よくわかんねぇ毎日だな」
西宮の駅前でコーヒーを啜りながら、蓮司は目の前の光景に目を細めた。若者が笑いながらスマホをいじり、老婦人が小さな犬を連れて通り過ぎていく。だがその平和な日常の裏で、腐った臭いが確実に広がっていた。
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その夜、蓮司のもとを訪れたのは、山西道広に似た小太りの男だった。名を**佐治
「ニードルって名前のクスリが流行ってる。若い連中が打って、二度と戻ってこねぇ」
佐治の手は震えていた。弟がそのクスリで姿を消したという。
「俺に何ができるってんだ」
「お前しかいねぇ。かつて“西宮の狂犬”って呼ばれてた男だろ」
蓮司は静かに笑った。そんなあだ名、とうの昔に風化した。だが――自分の内側で、何かが軋んだ音を立てた。
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情報屋の**月村ジョージ(ルー大柴にそっくりなチンピラ)**を訪ねると、やつは裏社会の情報を英語混じりでベラベラとしゃべり倒した。
「ニードルのディーラーは“ツダカン”って男さ。顔は津田寛治似のスーツ野郎、性格はアイスより冷たい。彼は常に西宮のラブホテル街の屋上でビジネスしてるってわけ、OK?」
蓮司は「OK」などと言わず、黙って立ち去った。
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西宮の夜は冷たく、どこか哀しげだった。ラブホテル街の屋上、そこには一人の男がいた。確かに津田寛治に似ていた。黒いスーツ、銀のネクタイピン。左手には小瓶、右手には注射器。まさに“ニードルの王”。
「……矢代蓮司。聞いてるぜ、お前のこと」
「オレは、オマエを聞きたくもねぇ」
次の瞬間、銃声が夜に裂けた。
返す刀で、ツダカンが取り出したのは注射器。蓮司はすぐさま腕を弾き飛ばし、拳で顔面を叩き割った。
「弟は……どこだ」
呻くツダカンの口から漏れたのは、震えた名前と一つの住所。
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翌朝、蓮司はある廃ビルの一室にたどり着いた。そこで出会ったのは、まるでニートのようにうずくまった若者たち。そして、その中心で虚ろな目をした佐治の弟がいた。
蓮司はただ、その場でしゃがみこみ、震える弟の肩を抱いた。
「帰るぞ、弟さんが待ってる」
彼の目に、ほんの少しだけ光が宿った気がした。
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午後六時、西宮の街にまた夜が落ちる。
煙草に火をつけた蓮司は、誰にともなく呟いた。
「正義なんて信じちゃいねぇ。でも、放っておけない夜もある……」
ショートホープの煙が、夕暮れの空に消えていった。
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翌日――。
西宮の繁華街にある場末の立ち飲み屋。蓮司はそこで、焼酎のロックをちびちび舐めながら、いつものように誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「……なんじゃこりゃ~……」
カウンターのマスターが、ちらりと目をやる。
「またかよ、蓮司さん」
「うるせぇよ」
だが、口元はどこか緩んでいた。あの晩、佐治の弟を引き取った佐治は、泣きながら頭を下げた。何度も、何度も。
「ありがとう、ほんとにありがとう……」
蓮司は何も言わず、ただその場を立ち去っただけだった。だが、胸の奥で、くすぶっていた何かが少しだけ燻ったような気がした。
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その夜。
蓮司の元に、一本の電話が入る。公衆電話からの無言の着信。やがて、受話器の向こうでかすかに聞こえたのは、少女の震えた声。
「……助けて……“ニードル”を、また……」
ぷつん、と通話が切れた。
蓮司はゆっくりと煙草に火をつけた。ショートホープの煙が、薄暗い天井にのぼっていく。
「……なんじゃこりゃ~……クソみてぇな連鎖だな」
だが、彼の足はもう動き出していた。
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情報屋ジョージの店で再び聞き込みをする。
「レ~ンジ!お前、またNeedle関連?こないだのツダカンは表の顔だぜ?真のディーラーは“黒い神父”って呼ばれてるヤツさ。顔は……ほら、あの、ゴッドファーザーの三男に似てるって話、わかる?」
「わからねぇよ、英語抜きで話せ」
「Sorry.とにかくヤバイ奴だってこと、Rememberしとけ!」
蓮司は、ため息と一緒に煙を吐き出しながら立ち上がる。
「……なんじゃこりゃ~……神父ってのは、説教すんのが仕事だろ」
だが、説教じゃ済まない夜がまた、西宮に迫っていた――。
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その夜。
路地裏の闇に、再び“狂犬”が歩き出す。
皮ジャンを羽織り、38口径のリボルバーを懐にしまい込む。
「正義なんてクソ喰らえだ。だが、放っときゃ、もっと腐る」
矢代蓮司。かつてのジーパン刑事の魂を継ぐ男。
その足音は、西宮の静かな夜を、確実に揺らし始めていた。
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