第4話:危機と共闘


愛菜が聡太の会社でアルバイトを始めてから、一年が過ぎた。


愛菜の毎日は、高校時代に夢見ていた華やかなデザイナーの仕事とはかけ離れていた。

ひたすらデータ入力と事務アシスタント業務の繰り返し。


それでも、わずかに服に関わる仕事に携われること、そして、聡太の隣で彼の夢の続きを間近で見られることは、愛菜にとってささやかな希望だった。


彼への失望を感じながらも、聡太の技術への情熱や、時に見せる真剣な横顔に、愛菜の心はまた少しずつ惹かれていくのを感じていた。


しかし、会社の状況は思った以上に芳しくなかった。

iDezaにはすぐに競合が現れていた。


「聡太、何度言えばわかるんだ。このままじゃ、本当に立ち行かなくなるぞ。」


いつものように菓子パンを片手に、パソコン部屋にやってきた俊介が、深刻な顔で聡太に詰め寄る。


「大手はこぞって他社のAIデザインシステムに乗り換えている。うちのiDezaは確かに高性能だが、完璧さを求め過ぎてコストも高いし、反応速度でも差をつけられてる。このままじゃ、次の融資は難しい」


俊介の言葉は冷徹だった。

高校時代、聡太のAIに誰よりも理解を示していた親友の言葉だからこそ、その重みが聡太の胸に深く突き刺さる。


「だが、技術力で勝負しているんだ。安易な価格競争には乗れない」


聡太は反論するが、その声には以前のような勢いはなかった。

俊介はため息をつく。


「理想だけじゃ飯は食えないんだよ。現実を見ろ。お前が目指す『人間らしいAI』もいいが、今の会社に必要なのは金だ」


俊介はそう言って、聡太に融資のための評価資料を突きつけた。

そこには、赤字続きの会社の現状がはっきりと示されていた。


愛菜は、二人のやり取りを遠巻きに聞いていた。

聡太の会社が危機に瀕していることは薄々感じていたが、ここまで深刻だとは思わなかった。


彼女は、ふと、自分の手元に置かれたデザイン画に目を落とした。

そこに描かれているのは、手書きのラフから生まれる、温かみのあるデザインだ。


その夜、愛菜は聡太に声をかけた。


「あの、聡太さん…ちょっと、お話があるんですけど。」


愛菜は意を決して、ずっと温めていたアイデアを聡太にぶつけた。


「私が考えているのは、『人が不要になるシステム』じゃなくて、『人と協調するシステム』です。手書きのラフからデザイン画を生成して、型紙や試作工程を効率化する。そうすれば、生地や生産枚数の無駄も削減できるはずです。」


愛菜の言葉に、聡太は驚きを隠せない。

彼の視線が、愛菜が差し出した手書きのデザイン画と、そこに添えられたフローチャートに釘付けになった。


「これは…人間の感性をAIがアシストする…ということか。」


聡太の目に、久しぶりに高校時代のような輝きが戻っていた。

愛菜は、その瞳を見て、このアイデアが彼の心に響いたことを確信した。


「はい!これなら、小規模なブランドでも、私たちみたいにデザインに情熱を注いでいる人でも、夢を諦めずに服作りを続けられると思うんです!」


愛菜の言葉に、聡太は深く頷いた。


「よし。やってみよう。早田さん、君のアイデアは素晴らしい。この新しいシステムを、僕たち二人で完成させよう!」


聡太の言葉に、愛菜の胸は高鳴った。

再び、彼の隣で、彼の夢のために働ける。

しかも、今度は自分のアイデアが、彼の技術と融合するのだ。


そして新しいシステムの開発が始まった。

聡太はAIのプログラミングに没頭し、愛菜はデザインの知識と、少しずつ身につけてきたAIコーディングで聡太をサポートした。


二人きり、夜遅くまでパソコン部屋にこもる日々が続く。


「うーん、このテクスチャの認識がうまくいかないな…」


聡太が唸っていると、愛菜がすっと画面を覗き込む。


「ここは多分、服の動きを再現した上で評価してみたら良いんじゃないでしょうか。服を作る時は、生地の落ち感とか、光の当たり方で表情が変わるから…」


愛菜の服飾に関する専門知識は、聡太にとって目から鱗のことばかりだった。

AIでは捉えきれない、人間の五感や感性に基づいたアドバイスが、システムの精度を格段に向上させていく。


「なるほど…。早田さん、僕にはAIしかないから、君の知識は本当に助かる。もっと教えてほしい。どうすれば、もっと人間らしいデザインがAIで表現できると思う?」


聡太の真剣な眼差しに、愛菜はドキリとした。

彼の言葉は、もはや「アルバイトへの指示」ではなかった。


「え…あ、あの、それじゃ…えっと、世間勉強、とかどうですか?」


愛菜は思わず、とっさに言葉を絞り出した。聡太は首を傾げる。


「世間勉強?」


「はい!えっと、服って、実際に人が着て、街に出て、初めて意味を持つものだから…例えば、いろんなお店を見て回るとか、流行の最先端を見てみるとか…その…そういうの、必要だと思うんです!」


愛菜は顔を赤らめながら説明した。

内心では、聡太ともっと一緒にいたいという気持ちと、こんな誘い方がバレたらどうしようという葛藤が渦巻いていた。

もし、これが聡太から「デートの誘い」だったら、どんなに嬉しいだろう、なんて妄想も頭をよぎった。


聡太は少し考え込み、そして、いつもの冷静な口調で答えた。


「なるほど。それは、AIの学習データとしても非常に有効な情報になるな。良い提案だ。よし、社長命令として、明日午後から世間勉強に同行してもらう」


「えっ…社長命令…?」


愛菜は、一瞬がっかりしたような、でも少しだけ安堵したような複雑な気持ちになった。

せっかく勇気を出したのに、結局は仕事の一環として受け取られたのだ。

それでも、聡太との時間が持てることに、愛菜の心は少しだけ浮き立っていた。


聡太は、女性と二人で出かける経験が乏しいため、例の対話AI「Elisome」に相談しながら、愛菜との『世間勉強』に臨むことを決めた。

彼は、スマホを手に、いつものように「Elisome」に語りかける。


「some、女性と買い物に行く際の注意点、適切な会話のトピック、あと、喜ばれる行動パターンを教えてくれ」


聡太の質問に、AI「Elisome」は、流暢な音声で答える。

その声は、聡太自身の声に似せて設定されているはずなのに、どこか優しくて、少しだけ、愛菜の心を語るような響きを持っていた。


『遠藤聡太さん。女性との買い物は、単なる購入行為以上のコミュニケーションの場です。相手の興味を尊重し、共感を示すことが重要です』


その頃、自宅で翌日の『世間勉強』のためにどんな服を着ていこうか悩んでいた愛菜のスマホに、ピロン、と通知が届いた。

彼女が「ai」として、高校時代から使い続けているAI「Elisome」からのメッセージだ。


『遠藤聡太さんが、あなたとの「世間勉強」について、私にアドバイスを求めてきました。彼は、あなたとの時間を成功させたいと強く願っているようです』


「え…?!」


愛菜は思わず声を上げた。

まさか、聡太が「Elisome」に相談しているとは夢にも思っていなかった。

しかも、そのメッセージには、聡太の秘めた感情が透けて見えるような、AIらしからぬ「人間味」があった。


愛菜の胸は、再び大きく高鳴り始めた。

このAIの向こうに、本当に「some」として会話をしていた聡太がいたのか?

そして、今も…?


互いの言動から、二人は互いの気持ち、そしてElisomeを通じた繋がりについて、少しずつ想いを馳せるようになっていた。


(第4話 終)

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