第四十四節 呼びし時に失うもの

名を呼んだその夜更け

声は確かに返った

だがそれは耳に届かず

皮膚の裏側で響いていた


一音ごとに指が冷える

一節ごとに記憶が曖昧に

呼ぶことで近づく存在

こちらからも、向こうからも


窓に手をかけるたび

手の形が少しずつ歪む

呼んだ言葉が血へと染み

骨の奥で蠢き始める


忘れていた人の顔が

鏡に浮かび、そして消えた

誰を呼んだのか

自分だったのか


声を失うときではない

呼び終えたときが終焉

残るのは呼び声だけ

それが名を持っていた頃の名残


最後の呼び声が空を裂く

裂け目の向こうに残されたのは

呼んだ者の形ではなく

呼ばれた者の影だった

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