第四十三節 走り書き

誰かが残した言葉が

空気の奥で 揺れている

聞いた瞬間 耳から芽吹く

それはただの音ではない


言ってはいけない

見てはいけない

書いてはいけない

三度繰り返せば 口の形が変わる

叫びしか紡げない

禍根を残すだけ


壁に残された走り書き

それを見る度

呟いてしまう

誰が書いた?誰に向けて?

名もなき声が 背後で笑った


閉じ込めた言葉は

深夜の部屋で

戻ってくる

その瞬間 呼吸が文字になり

ひとつずつ 意味が剥がれてゆく


わたしは 話せなくなった

言葉がわたしの代わりをする

書くほどに消え 黙るほどに残る

この霧は 言の塵から生まれた


最後の頁に刻まれた文

それは私の名だった

読んだそのとき 意味が消えた

私が誰かも もう書けない

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