第10話
《十》
その夜、佐和に教職を諦めようと思う、と伝えた。
案の定、そのことについて特に反対もされはしなかった。
自分が強く望まない仕事に就いても辛いばかりだろうと、単純ながら明快な理由でそう言うのだ。確かに言われてみればその通りで、これまで教員になりたいと具体的に考えたことはなかった。まして音楽の教師となると、むしろ敬遠したい仕事なのである。
たまたま七重は得意な方だったので、辛い思いをしたことはない。しかし、小学校や中学校での音楽の授業を思い出してみると、音楽を教えながら、実際には音楽嫌いの子供を作り、助長していたようにも思える。
七重が音楽が好きであるがゆえに、それを教える立場の重要性を考えてしまうのだ。
それに合わせて、山吉を継いで行きたいという思いも伝えたが、それは稔が決めることで、佐和は何とも応えられないと言う。佐和の表情から、やはりあまり賛成してくれてはいないようだった。ただ、博志兄さんの言った海外での音楽活動という選択肢もあることから、佐和自身どう考えればよいのか分からないらしい。
四月に入って最初の日曜日、山吉の向かいに新しいお茶屋兼喫茶店がオープンした。
春風園という京都市内にある大手の会社で、テレビでコマーシャルもしている。
お店の造りからしても、観光客と若者をターゲットにしていることが分かる。お茶だけでなく抹茶を使ったスイーツも売り物にしているようだ。
開店の前日、その店の店長さんが挨拶に尋ねてきた。まだ三十代に見える若さだ。
稔が応対して、ともに頑張っていきましょうと言葉では言うものの、これからはすぐ近くでの厳しい競争になることははっきりしている。
山吉の主なお客様は、地元を中心とした長い付き合いの固定客である。観光客の何割かがそちらへ流れても、その比率で売上が落ちるわけではない。ただ、お茶の商売そのものは、それほど利益率がよいものではない。お客様のことを考えて、誠実に良心的に商売をしていればなおのことである。山吉はそのスタイルを続けている。だから、長いお付き合いに結びつくのだ。
観光客の何割かといっても、それだけの売上が減ることは、それだけ経営が難しくなるのは言うまでもない。
そんな中、桂音大の春の定期演奏会があり、七重は再び主席として出演した。
Kフィルの森本先生はこれ以上ない誘いを断ってしまったにもかかわらず、演奏会に足を運んでくれ、七重に声をかけてくれた。演奏の後ロビーへ呼ばれていくと、変わらずに柔らかな笑顔を向けてくれる。
「今日もいい演奏でしたよ。三月のアンサンブルからまた少しよくなりました。努力を続けているんですね」
「先日は申し訳ありませんでした。願ってもないチャンスをいただきましたのに」
「ああ、広中君から聞きました。あなたを必要としてくれる世界で生きて行くのもいいことだと思いますよ。それぞれの人生ですから」
「ありがとうございます」
七重は恐縮するばかりである。
「さあさあ、そんなに気にすることはありません。次は秋ですね」
「はい。最後の演奏会になります」
「そうですね・・・そうだ、広中君にリクエストしておこう」
「何でしょうか」
「いや、気にしないで下さい。広中君には広中君の考えもありますからね。ところで、一度Kフィルにエキストラで私と一緒に出てみませんか」
「えっ?とんでもない。あ、すみません。私のような者が・・・とても」
「音楽人生の思い出になりますよきっと。それに私の希望を一つくらい叶えてください」
「森本先生・・・」
「大丈夫、君に合う曲目だけを選びますから」
「ありがとうございます。そのお言葉だけでとても光栄です」
「まあ、そう言わずに。年寄りの趣味に付き合ってください」
「でも、本当に・・・」
七重がやはり断ろうとしていると、知り合いに声をかけられてそちらに挨拶をする。
「近いうちに連絡しますから。では」
森本さんは、七重の言葉を待たずに、そう言い残して片手を上げて離れていった。
とんでもないことになってしまった。スカウトの話を断ってしまったお詫びと考えれば、そうしなければならないと思う。それにしても、向こうはプロのオーケストラだ。七重の技量では迷惑になるのは間違いない。
森本さんを見送っていると、後輩に呼ばれて控え室に向かう。フルートパートの六人が集められて、予定通り西野先輩から正式にお別れの言葉があった。西野先輩は既に三月いっぱいで大学を辞め、七月には結婚式を挙げることになったと聞かされた。
そして、新しいパートリーダーには佐織が指名された。他のメンバーと同様に、七重にも異存があるはずもない。
そして、佐織の指示で準備していた花束が贈られ、西野先輩は涙を浮かべながら、メンバーの拍手に送られてその場を後にした。
佐織はすでに仮とはいえその役割をこなしていたため、簡単によろしく、そしてお疲れ様とだけ言葉があり、解散になる。
「佐織、よろしくね」
衣装を着替えながら声をかける。
「うん、まあね。でも、六月は教育実習に七月には試験でしょ。演奏旅行の方は、行くだけは行くけど、演奏は遠慮しておく」
「そっか、そっちの方が大事だもんね。無理は言えないな」
「だから、セカンドは順当に考えると、三回生の二宮さんでいい?」
「もちろん。二宮さんに主席を任せて、私がセカンドでもいいのに」
「無茶を言わないの。いきなりそれじゃ彼女が持たない。七ちゃんと違ってナーバスなんだから」
「ひどいな、私だって去年は突然だったのに」
いつもなら、佐織と一緒に帰ることが多いのだが、今日は夕方から小宮と一緒に食事をすることになっていた。
佐織からの誘いに言葉を濁すと、佐織はちょっと驚いた顔をして、何かを察したようににこりとして頑張って、と言われてしまう。
そして、それまでの間に蓬莱堂を尋ねてみようと思う。先日のご主人の言葉が少し気になっていたのだ。単に商売上の言葉だったのかもしれない。ただ、七重のことをさりげなくではあったが、お嬢さんと呼んだ。そして、その言葉は二人にではなく、七重に向けられたものだった。七重の勘違いであれば、今度はお茶を買って帰ればいいだけのことだ。
河原町まで電車で行き、四条通から寺町通りを上がってお店に行く。
平日の午後なので、人通りも多くない。
店に入ってこんにちはと声をかける。奥様だろうか、年齢は五十歳に近い小柄で七重から見ても可愛いタイプの女性がいらっしゃいませと迎えてくれる。
何と切り出せばよいか迷っていると、奥からご主人が顔を出して、いらっしゃいと気軽に声をかけてくれる。それでも、七重としては言葉に困る。
「先日は、どうも。山吉さんのお嬢さんでしょう?」
「はい、吉野ですが・・・」
その言葉で奥さんは、頷いてごゆっくりなさってくださいと声をかけてくれ、奥へ入る。
「あの・・・」
「安盛と言います。お嬢さんはご存じないでしょうが、宇治の宗柳先生のところで、二度ほどお目にかかっているんですよ」
宗柳先生は七重が茶道を習っている先生のまた上の先生である。その教室や特別なおもてなしの茶会に、何度かお点前の手伝いに行ったことがある。
ご主人は門下生ではないが、宗柳先生とはお茶を通じて懇意にしており、何かあるときには声をかけてくれるらしい。
「ああ、そうだったんですか。それはお見苦しいところを」
「わざわざお出でいただいて、いらぬことを申し上げたようです」
「私、ぼんやりしていますので、お世話になった方なのに忘れているんじゃないかって気になって。それに、近くまで来る用事がありましたから」
「そうですか。山吉さんとも何度も会合でご一緒しています。そのことを宗柳先生がご存知で、お茶席の後でお嬢さんだとご紹介いただきました」
「いつもお世話になっています」
「いいえ、こちらこそです。しかし、どうして先日はこんなところへ?」
「実は、もっと早くにお邪魔してみたいなって思っていたのです。こちらは創業二百年と伺って、どんな秘訣があるのかしらって。先日はたまたま三条まで来たものですから」
「そうですか、見ての通りの気ままな商いをやらせていただいているだけですが」
父には内緒にしておいて下さいね、と前置きして、もしも許してもらえるならば暖簾を継いで行きたいと思っていると告げる。そして最近、すぐ近くに春風園のお店ができたこと、これからのこととして当面は稔が対応することになるが、将来のこととして七重も気にはなっていること、その中で、何か参考にさせていただくことはないかと考えて、寄せてもらったことを話していく。
「もしも私が継いだとしても、そんなに才覚があるわけではないと分かっていますから、身の丈にあったことしかできないのですけれど」
ご主人は、ときおり頷きながらじっと七重の話を聞いてくれた。
「それで、お嬢さんは音楽のチャンスを捨てて、この道を?」
「音楽は好きなだけで、そんな才能があるとも思えないんです。両親の娘ですから」
「吉野さんが羨ましい限りです。そんな風に考えてくれる娘さんがいるのですから。家の倅は野球ばかりやっていて、家を継ぐことに随分反抗していました」
「兄はそれで逃げ出しましたけど。アメリカまで逃げて、研究職をしてるんです」
「ははは、随分遠くまで。でも気持ちは分かる。で、お嬢さんが」
「いえ、私は、自分からやりたくて。でも両親からは女だらにって反対されているんです」
「なるほど、それもわかるな」
「そんなことを考えて、寄させていただきました。でもまさかご主人にお眼にかかっていたなんて」
「あのときに、お連れさんとの会話を聞いていて、思い当たったんですよ」
「そうですか」
「家は幸い家族だけですから、代々のこだわりの中でやってますけど」
「こだわりとおっしゃると」
「格好をつけるわけじゃありませんが、茶舗らしさを大事にしたいということです」
確かに場所柄から言っても商売を広げる気にさえなれば、十分可能だろうと思う。創業二百年と言うのも大きな看板になる。なのにこうしてパックの商品を並べることもなく、客あしらいもいい意味で商売気がない。
春風園のように企業になれば、お客様は特定の個人ではなく不特定多数の消費者となる。そして、大勢の従業員を抱えていくためには、時代に合った新商品を次々と世の中に出さなければならない。むしろ、流行を作り出さなければならないところもある。
そうすると良いものを、それを分かってもらえる個人に届けるという本来の茶舗の役割に拘ってばかりはいられない。
「商品は多少変わっても、代々変わらない気持ちをお届けしてきました。だから二百年、山吉さんなら百二十年もの間続けてこられた、そんな気がします。流行というものはうつろい易いものですから」
ご主人の言葉は、これまで七重が漠然と抱いていた思いを具体的に表現してくれた。
「お父さん、お説教はもうそのくらいにして差し上げたら?」
奥様がお盆に急須と湯飲みを乗せて笑顔で声をかけてくれる。
「とんでもないです。私のほうがお話を聞いていただいて。勉強させていただいています」
「そうですか?この人は、お茶の話になると誰にでも熱くなってしまうので」
「私もそう言われます」
小宮に同じことを言われたことを思い出して、少し首をすくめてしまう。
「あらあら、お若いのに」
いただいた玉露は味わいがさわやかで、香りが引き立っている。
七重が驚いていると、ご主人が笑顔でそれに答えてくれる。
「これは、京田辺産なんですよ。山吉さんとは少し違うものを味わってもらいました」
「はい。産地でこんなにも違うものなんですね」
「これでは深みが足りないとおっしゃる方もあります。それぞれ好みがありますから」
「一から勉強しないといけません」
「まあ、これまではそんな機会もなかったでしょうからね。長い道のりにはなりますが、好きであることが一番だと思いますよ」
「今のところ、私にはそれだけしかありません」
「いつまでもそれを大切にしてください。それから、私たちの仕事は本当に良いものを、それを喜んでいただける方にお届けする。だから長いお付き合いになる」
「はい。心に刻んでおきます。また、お話をうかがいに来させてもらっていいですか?」
「いつでもどうぞ。今度は是非お嬢さんのお点前を頂戴したいものです」
「大先輩の前では手が震えてしまいます」
七重は丁寧にお礼を言って店を出た。
長い時間付き合ってくれたが、その間に客は一人二人。その度に丁寧に袋詰めをして、その袋に筆でお茶の名前を書いてお渡しする。多くの言葉を交わさなくても、お客様への気持ちとお茶への自信が伝わってくる。
時とともに変わっていくものと変わらないもの。七重が山吉を継ぎたいと思った理由はそこにあるような気がする。百二十年変わらずに続けてきたもの、それを継いで行きたいと思うのだ。
それにはもっとお茶について学ばなくてはならない。稔や佐和は賛成してくれなくても、一年後には山岡へ行こうと改めて決心して小宮との待ち合わせの場所へ向かう。
今日の定期演奏会のこと、森本さんの誘いに驚かされたこと、今、蓬莱堂を訪ねたこと、そしてたくさんの気付きあったこと。小宮に聞いてもらいたいことがたくさんあった。
きっと小宮はそんな七重のおしゃべりに、優しい眼で頷いてくれるのだろうと思う。そして、何かに懸命な七重がいいと言って、またちょっと子供扱いされるのだろう。それでいいと思うのだ。
そしてその後の時間も覚悟はしている。
家を出るときに、佐和には遅くなりますと言い、ひょっとすると友達のところに泊めていただく事になるかもしれませんと伝えた。
佐和はそんな七重の言葉に驚いて少しの間じっと七重の顔を見つめた。ただ、それでも、その相手を問いただすこともそれを止めることもなかった。佐和の無言は、七重に女性としての人生に責任と慎みを忘れないように、と言っているように受け止められた。
とはいえ、覚悟をしているのは七重だけで、いつものように遅くなる前に送ってくれることになるのかもしれない。いくらコンプレックスを卒業したいといっても、その先はどうしても七重から言葉にできることではない。
待ち合わせのハンバーガー店の前で、小宮は七重を見つけていつも通りに笑顔を向けてくれる。
「お待たせしました」
「いや、俺も今来たところ。山崎たちを撒くのに手間取って」
「撒くだなんて。でも、そちらのお誘いは良かったのですか」
「ああ、連中とはまた後日機会を作る。今は七重の方が大切だから。早速行こうか」
「今日は何をご馳走していただけるのですか」
「和食兼居酒屋。美幸に教えてもらった。結構遊び歩いているようで、よく知っている」
「そんな、失礼です。たまたまかもしれないのに」
木屋町通りを少し三条に向かって上がり、細い路地を西に入ったところに、「島」という店があった。入口は和風のおしゃれな佇まいで、年配の方が行く高級料亭風でも、若者が集まる居酒屋風でもない。
店員は絣の和服がユニフォームのようで、店の名前の島に合わせているようだ。
店の中の装飾や案内された個室にもあまり島への拘りはなく、メニューも京料理が主である。ただ、お酒の種類には黒砂糖焼酎といった、珍しいものがあった。
「料理はお任せコースにしておいた。ダメなものはある?」
「いいえ、納豆と塩辛以外は大丈夫です」
小宮はビールを七重は梅酒ソーダを頼み、乾杯する。
予想していた通り、七重の話はあちこちへ飛ぶ。小宮が驚いたのは、やはり森本さんからのKフィルへの誘いだった。是非とも経験しておくべきだと言う。
大学のオーケストラでは、メンバーは広中教授に教えてもらっている。ところがプロとなると、個人個人にも、そしてその集まりのオーケストラにも一つの音楽観がある。リハーサルでの曲作りは、指揮者とオーケストラのかけ引きとなる。そのあたりは実際に中に入ってみないと分からない。
それはその通りなのだろうと思うが、今の七重にはそんなことを楽しむ余裕はなさそうだ。
お任せコースの料理は、上品な盛り付けで味付けもよく、結構手をかけたものだった。ただ、アルコールのせいもあったのか、いつもより食べられなかった。途中で出された季節の野菜の天ぷらがもたれてしまって、最後に出された茶そばも好物なのに、ほんの少しで箸を置いてしまう。
「どうした、小食だな」
「すみません。いろいろあって何だか胸がいっぱいで。お店の人に申し訳ないですね」
「そんなこともないだろうが。それじゃ体重は増えないぞ」
「でも、本当に今日は」
「じゃ、その茶そばは俺が食べてやろう。俺は少し物足りない」
そう言って、七重の器を取る。
「小宮さん、私、お箸つけてますのに」
「俺は気にはならない」
「私が気にします」
と言っている間に平らげてしまう。
「他人行儀なことを言うなよ」
「だって」
七重の少し困った顔を見て小宮は笑っている。ひょっとすると意識的に七重の心に踏み込んできたのかもしれない。これまでの小宮は自称と言いながら紳士的に接してくれていた。それに比べると、今のやり取りはやはり少し強引に思える。それとも七重の考えすぎなのだろうか。
「じゃあ、甘いものでも食べに行くか、って言うところだけど、今日は無理かな」
「あ、はい。今日は」
「九時か。あっという間だな」
小宮は腕時計を見てそう呟いてふっとため息をつく。
「迷っている。このまま帰す方が俺らしいか?」
ニュアンスから七重に答えを求めているわけではなく、その疑問は小宮自身に向けられたものだった。
なのに七重は身を固くしておろおろしてしまう。それなりの覚悟をしてきたはずなのに、所詮それは一般論で、その程度のものだった。
「この間言ってただろう、コンプレックス。卒業するのに一人じゃ無理だって」
あらためて自分の言葉が恥ずかしくて俯いてしまう。
小宮はひどく真面目に考えているようだ。
「正直、俺には感覚的に分かってやれないところもある。どうすることが七重に必要なことなのかってね」
「いいえ、もう忘れてください」
「そうは行かない。俺の大切な人の悩みだからな。美幸にするように不躾な接し方も、どうもらしくない。あ、さっきの茶そばのこと。だから気にするな」
やはり小宮は敢えてそうしたのだ。
「かといって、俺も男だからああ言われて逃げ出すわけにも行かない。いや、それ以前に好きな女に対する衝動はある」
七重は、何だか自分が、お茶席で手にとって景色を見つめられているお茶碗のような気がしてきて、少し逃げ出したくなる。
「よし」
そのひと言にびくんと反応してしまう。
「ともかく、出よう」
小宮がどういう決心をしたのかは分からない。ただ、こうして七重のことを大切に考えてくれていることは伝わってくる。それは嬉しいことではある。
四条大橋から河原を見下ろすと、幾組ものカップルが気ままに身を寄せ合っている。それはいつもの光景であるが、これまでは自分には縁遠いことだと心を動かされることはなかった。だが、今日は何だか恥ずかしく思えて視線を向けられない。
小宮はそんな七重の心の中を知ってか知らずか、やはり自分に対する迷いのように立ち止まる。
「やはり俺が決めなきゃいけないことだよな」
七重は肯定も否定もできず、首を少し傾げてしまう。
「七重」
「はい」
「今日はずっと一緒にいてほしい」
「・・・はい」
ずいぶん自然に、はいと言葉にできたことに驚く。そしてそれは覚悟してどうこうというものではないのだと知った。
「家はいいのか?」
「母には帰れないかもしれないと、思い切って」
「ほう、それでダメだとは言われなかったのか?」
「その代わり、もう七重も大人だから責任と慎みを忘れないようにって。眼でそう言ってました」
「やっぱりお前にそっくりだな。いや、そういうお母さんだからこうなったのか」
「多分そうだと思います。それよりも、私、間違っていました」
「どういうこと?」
「笑わないで下さいね。七重、今日は覚悟していたんです。でも、小宮さんに帰るなって言われて、気がつきました。恋は覚悟してするものじゃないって」
「そう言われると俺も情けない。あれこれ考えすぎていた」
「嬉しかったです。七重のことをいっぱい考えて下さって。それだけでコンプレックス、卒業できそうです」
小宮はそんな七重の言葉ににこりとして頷いてくれる。そして手を取られて四条大橋をゆっくりと渡って行く。ぎゅっと握られた手が次第に熱くなっているようで、ちょっと恥ずかしくなって俯いてしまうのだった。
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