第9話

  《九》

 三月も末の日曜日。

 小宮と待ち合わせて、初めてのいわゆるデートに出かけることになった。

 一年間の期限付きという、ちょっと変則的なおつき合いが始まったのだ。

 金曜日の夜に電話をもらって、今日の約束となった。

 琵琶湖の畔で、七重にとっては驚いてばかりの急な展開で二人の距離が無くなった。それから十日ほど経っていた。限られた時間を大切にしたいと言ってくれていたのに音沙汰が無く、その間にオーケストラも春休みに入ってしまった。

 七重としてはちょっとした決心だったために、かえって思いが募る。

「十日も連絡をいただけないと不安になります」

「申し訳ない。論文というほどのものではないが研究レポートを書いていた。これでも一応大学院生だからな」

「はい」

「テーマは、木管五重奏に求められる各楽器奏法の多彩性の追求。どうだ?」

「とても難しそうです」

「それぞれを客観的に分析しなきゃいけないのに、気が付くと吉野のことを考えてばかりで困った」

「本当ですか」

「もちろん。その分時間がかかってしまって、すまなかった」

 そんな会話で決まった今日の予定だった。

 いつもの駅前のロータリーで待ち合わせる。

 昨日は美容院へ行き、春らしく数センチカットして少し内向きにカールしてもらった。夜は夜で、着ていく洋服で随分悩んだ。襟元の大きめのギャザーとリボンで体型が目立たない小さい花柄のブラウスにニットのカーデガン。そしてクリーム色とベージュのフレアスカートに同じベージュのパンプスと落ち着いた雰囲気にした。

 出掛けに佐和が七重のおしゃれに気がついて、にこりと笑顔を向ける。そして春らしくて素敵ですよと声をかけてくれた。七重は少し照れくさくて、ありがとうという言葉が小さくなってしまう。あまり遅くならないようにとだけ言って見送ってくれた。

 例によって、七重は少し早めに駅に着く。すぐに小宮の車を見つけて、やはり小宮はそんな七重の癖に付き合って早く来てくれていると分かる。そちらへ歩き始めると、後ろから呼ばれて振り返る。缶コーヒーを二本持って小宮が笑顔で近づいてくる。

 おはようございますと小さく頭を下げる。ちょっと堅苦しい挨拶かもしれないと思うものの、友達同士のようにはまだ話せない。

「やあ、春らしくていいね。よく似合ってる」

 小宮は七重の服装をさっと見てそう言ってくれる。お世辞かもしれないが、とりあえずその言葉にほっとする。

「髪も少し切ったのか?」

 今度はじっと見つめて迷いながらそう言う。そんなところに気がつくことに驚かされる。

「はい、少しですけど。春ですから」

 じゃあ出発だといつものようにドアを開けてくれる。七重が座ってスカートがドアに挟まらないように膝に寄せるのを待ってから閉めてくれる。そんな小さな気遣いが嬉しい。

「コーヒー、飲める?」

 駅の売店で買ってきたのだろう、その一本を差し出してそう尋ねる。ちょっと子供扱いされたような気がする。

「もう、小宮さん。私も二十一なんですよ」

「あ、すまない。そういう意味じゃなくて、日頃はお茶だろうからって」

「大丈夫です」

 そう応えて、いただく。

「せっかくのおしゃれなんだから、こぼすなよ」

「ほら、やっぱり子供扱いです」

「いや、そんなつもりは・・・そうか、いつも美幸に言ってる癖だな」

 小宮は笑いながら、少し車をバックさせて方向転換する。

 妹なのだからそれが当たり前なのだが、小宮は美幸と親しく呼ぶ。嫉妬というほど強い感情ではないものの、七重はいつまでも吉野と呼ばれていることが気になってしまう。

「今日はどこへ?」

「長島、ってわかる?」

「いいえ」

「三重と愛知の県境。そこになばなの里っていう、フラワーセンターがある。春らしいところって言ってただろう」

「はい。お花は大好きです」

「ネットで調べた。今はチューリップが見頃だって。近くに遊園地もあるらしいし。ホワイトなんとかっていうジェットコースターもある」

 七重はその手のいわゆる絶叫マシンは大の苦手で怖くて乗れない。

「七重は、フラワーセンターだけで・・・」

「そういうの、苦手なのか」

「はい。小さい頃から」

「また、その場になったら人間性が変わるんじゃないか」

「いいえ、それはもう体験済みで、無理です」

 大げさに首と手を振って否定する。

「良かった。実は俺もダメなんだ。一緒に乗りたいって言われたらどうしようかなんて」

「ええ?」

 ジェットコースター、回転ブランコやお化け屋敷もダメで、果てはコーヒーカップも目が回る。だから、誘わないでくれと言う。それでは遊園地へ行ってもつまらないのではないですかと尋ねると、喜んでいる人を見るのは楽しいらしい。そう言って、苦笑いをしている。

 意外な一面を知る。これまで七重から見た小宮は、音楽に対するこだわりの強さと、佐織が第一印象で言った年齢の割にオジサンぽい所がある。ただほかにあまり欠点だと思えるところが見当たらなかった。そのこともあって、少し遠い存在に思えていたのかもしれない。

 そんな子供のような弱虫なところがあると知って、かえってほっとする。

「ところで、吉野、今自分のことを七重って呼んだな。これで二度目だ。その方が可愛い。俺もそう呼んでいいか?」

「はい。美幸さんには適いませんが」

「なんだそれは」

「親しさ、みたいなものです」

「おかしなやつだ。美幸は妹なんだから親しいも何も」

「すみません。なんとなく・・・」

 愛知と聞いて、随分遠いと思っていたが、草津から新名神、東名阪と高速がつながっていて、お昼前には目的のなばなの里に着いた。

 結構人気のある場所のようで、駐車場の車のナンバーや観光バスも他府県からのものが多い。二つあるチケット窓口にもそれぞれ行列ができていた。

 入場者の年齢層も幅広く、カップル、家族連れ、団体客と様々である。ゲートをくぐると歩道沿いに色とりどりの花が迎えてくれる。土産品の店やレストランもあるが、木々をうまく配置してあり、景色に溶け込んでいる。

 案内に従って、チューリップ畑に行くと学校のグラウンドをいくつかあわせたほどの広い敷地いっぱいにチューリップが揺れている。パッチワークのように花の色ごとに分けられた区画がデザインされていて、遠目にも色どりを楽しめる。

「素敵です。春ですね」

「ああ、壮観だ。これだけの広さを埋め尽くすのに何本あるんだろう」

 広場の中は、デザインされた区画に沿っていくつかの道がある。近づくと、一本一本の花が競い合うように開いている。

「自然てすごいですね。こんなにたくさんの花が、同時に咲くなんて」

「七重、でいいよな。七重の好きなお茶の木だってそうだろう」

「はい。そうですね。芽吹くときをどうやって知るのか、一斉に新芽が出ます。あ、それももうすぐです」

 花に囲まれていると、行き違う誰もが優しい顔になっているのが分かる。

「中には七重のようにちょっと変わったやつがいる」

 小宮が指差すところを見ると、赤一色の中に一輪だけ黄色い花がある。

「もう。あれは、係りの人が間違えて、球根が一つ混ざってしまっただけです」

「ははは、分かってる。しかし、本人は居心地悪いだろうな」

「咲いてしまってから、あれ?なんて」

 広場の周りには変り種を紹介する区画もある。ダリアのように花びらが重なるものや、花びらに色が混じるもの、輪郭が縮れている珍しい品種がある。中には随分茎が短く、地面からすぐに花が出ているように見えるものもある。

 それはそれで面白いものだと思う。ただ七重はやはりその花らしさが好きだ。それぞれに個性があって、それぞれの美しさがあるのだと思う。

 更にベゴニアガーデンという建物に入ると、室温と湿度が高めに設定されていて、初夏を思わせる。壁一面に鉢植えの大輪のベゴニアが色鮮やかに咲き、天井から吊るされたプランターからは無数の花が蔓を伸ばして咲いている。まるで昔の東南アジアの王宮にでも迷い込んだように立体的に花に包まれて、どこを見ても花があるのだ。

 花畑や温室で心温まることは多いが、ここではその規模と演出に感動させられる。

 上手く表現する言葉が見当たらず、小宮を見上げる。小宮はそれに笑顔で応えてくれる。

 花々のあでやかさに、七重はあちらこちらと目移りしてしまう。小宮はそんな七重の手を取ってテーブルや柱にぶつからないようにリードしてくれる。そっと手を握られた時には少し驚いたものの、すぐにそれが自然に思えてくる。そしてその後その手はつながれたままになった。

「春と夏を堪能できたな」

 園内を一回りすると二時間近くかかったが、少しも長い時間だとは思わなかった。

「はい。予想をはるかに超えていて感動させられました」

 お昼を随分すぎていたので、園内のレストランをのぞいてみると、まだどこも待合に人があふれていた。仕方なく出口へと向かい、一旦国道へ出る。近くにファミリーレストランもなく、結局ハンバーガーをほお張ることになってしまった。それも楽しい。

「帰りは信楽で高速を降りて、宇治田原の辺りを通ってみよう。あの辺りにも茶畑が多いようだから」

「小宮さん、どうしてそんなことを?」

「ほんの少し勉強してみた。七重のことがもっと理解できるかもしれないと思ってね」

 そう言われると照れてしまう。

 帰り道は、四日市のあたりで少し渋滞した。信楽を通り滋賀県から京都府に入る裏白トンネルを過ぎたときには四時を過ぎていた。

 和束に比べると街並みは賑やかで、名前をよく耳にするお茶会社の本社や工場もある。

 国道からも奥山田、湯屋谷といった丘陵に広がる茶畑が見える。このあたりももうひと月もすれば新芽の眩しい光景となるのだろう。

「夕食に誘っていいかな」

「もちろんです」

「今日は、なんて言って出かけてきたんだ」

「何にも。でも母は気付いていました。あまり遅くならないようにって言われましたから、少しは遅くなってもいいみたいです」

「なるほど、そういうものか。何かリクエストはある?」

「いいえ。でも、ハンバーガーが遅かったのでお腹がすきません」

「そうだな。じゃ、祇園あたりを少し歩こうか」

「はい」

 車が宇治を通過するときに、山吉の前を通る。暖簾が風に揺れて少し店の中が見える。車の中から店を見るのは、初めてのことだった。それが少し可笑しくて、眼で追って微笑んでしまう。

 向島を通って、観月橋に出る。

「あ、そうだ。すっかり忘れていた」

 小宮はそう言って、ステレオのスイッチを入れる。

 すると流れ始めたのは、例のライヒャだった。そして、それは自分たちの演奏だ。

「どうしたのですか?」

「あの試験のときの演奏。中山君に頼んで録音してもらっておいた。これを聞きながら研究レポートを書いていた」

 改めて耳を傾けると、模範の演奏に比べてしまうとあまりにもひどい。音程はところどころで怪しいし、あれだけ息を合わせたつもりでも、揃っていない。七重の音も高い部分ではついつい力んで粗くなっている。

「やっぱりダメですね。こうして録音されると」

「ベルリンと比べるとな。しかし、よく聞いてみると実に面白い。最初の頃はみんな自分の音色で吹いていたが、次第にいくつかの音色を使い分けるようになっている」

 そう言われてみると、同じような小さな音でも密度の濃い緊張した音だったり、柔らかく他の楽器と溶け合おうとするような音だったりする。

「七重も工夫していたが、みんな思うところは同じだったようだ」

「そうですね、確かに」

「だから、木管五重奏に求められる各楽器奏法の多彩性の追求だ」

「皆さんちゃんと研究して練習されていたんですね」

「そういうことだ。ほら、この後」

 そう言って、言葉を止めて耳を傾ける。七重の苦労した細く充実した音でのメロディのところだ。小宮のアドバイスに従って息の使い方を工夫したことで、少し違う音が出せるようになった。

「中山君が輝く絹糸のようだとしゃれた表現をしたが、まさにそういう音だ。森本さんもきっと驚いたと思う。今更ではあるが、やっぱり惜しい。何年かかけてそのいくつかを身につければ十分やっていけるのにな」

「期待を裏切るばかりですみません。この録音、私にもいただけませんか」

「もちろん。そのために持ってきた」

 じっと聞いていると、やっぱりまだまだだと思う。

 しかし、きっとこの演奏は七重の生涯の宝物になると思う。オーケストラの演奏もメンバーには後日配布される。ただそれを聞いてみても、上手くできたできなかったという思いしか湧いてこない。

 ところが、ここにはそれだけではなく、数多くの思い出が詰まっている。

「そういえば、この演奏、もう一度やることになりそうだ」

「えっ?本当ですか」

「ああ、レポートの途中で中山君と話したときに聞いたんだが、松江への演奏旅行のプログラムに入れてはどうかと。広中教授からの提案のようだ」

「ぜひ。そしたら、またあのメンバーで練習ができるんですね。でも、プレッシャーがかかります。人前での演奏となると」

「そっちは大丈夫だろう。本番になると七重は人格が変わるから」

「もう。でも、結城さんはオケのメンバーじゃないのに」

「ああ、どうやら彼も非常勤で入団するらしい」

「何ですか非常勤って」

「これまで頑張ってきた連中を立てて、メインのプログラムは基本的に遠慮するという条件のようだ。俺も最初はそう思っていたからな。ま、学部時代に世話になっていたし、後輩を教えろと言われると、やっぱり一緒に活動していたほうがいいし」

「じゃ、五重奏を定期的にやっていけば、皆さん活躍もできるし、遠慮も要らないってことになりますね」

「そうだな、前にも言ったように、俺はこっちが好きだから。いいアイデアだ。しかし、七重は両方となると大変だ」

「いいんです。半分は佐織に任せられますから」

 知恩院の隣のパーキングに車を停めて、八坂神社を抜けて高台寺下のねねの通りを歩く。日曜日ということもあって、観光客も多い。途中から石塀小路を下り、東大路を越え建仁寺の隣から花見小路を歩く。最も祇園らしい場所だ。

 四条通で信号待ちをすると、歩道から人が溢れる。そこでまた、二人の手がつながる。

 四条大橋を渡って先斗町を三条方面に上がって、歌舞練場のあたりへ来たときに、ふと、寺町通にあるお茶屋さんのことを思い出す。

「ね、少し寄ってみたいところがあるんですが」

「いいよ、近く?」

「寺町通りのあるお茶屋さんなんです。創業二百年の老舗中の老舗」

「ほう、将来の商売敵の視察か」

「いいえ、そんなつもりはありません。ただ、どんなお店かなって」

 寺町のアーケード街の出口に四条通が見える頃、目的の蓬莱堂茶舗という看板が見えた。

 思っていたよりも間口は狭く、派手さは全くといっていいほどなかった。山吉をはじめ、宇治では観光客目当てで眼を引くパック入りのお茶の袋が並んでいるのだが、それもない。店先に並んでいるのは、茶筒や茶器揃、茶入、棗といった道具が主である。

 少し気が引けるが、ひと足店に入ってみる。七重は家にあるものとよく似た桜の木の皮の茶筒が気に入って手にとって見る。小宮は玉露用の全てが小ぶりの急須や茶器揃に関心が向いたようで、じっと見ている。

「あんなに小さい、おもちゃのようなのが随分値が張るもんだ」

 どうやらその小ささに驚いている。確かに大きさだけを言えば、普通の急須や湯飲みのミニチュアと思えるほどしかない。

「玉露や煎茶をいただくのにはこれが本式なんです。ほんの少しずつをおいしくいただくものですから」

「なるほどね」

「その代わり、何煎も淹れて、その味や香りの変化を楽しむことができます」

「道理で、あれからたまに春江さんがお茶を淹れてくれるが、湯飲みにほんの少ししかなくて不思議に思ってた。旨いのは分かるけど」

 そんな話をしているといらっしゃいませとご主人が現れる。かといって、注文を伺いましょうという様子ではない。片付け物をしながらさりげなく気を配ってくれている。

 若いカップルがちょっとした気まぐれでのぞいているのだろうと思われても仕方がない。

「ね、小宮さんのお宅の茶筒はどんなものですか」

 七重はせっかくなので、その桜の木の皮のものを送りたいと思ったのだ。

「さあ?そんなに意識したことないからな。普通のアルミの茶筒じゃないかな」

「これ、上品だと思いませんか」

「ああ、それは俺にもわかる」

 七重はいつものようにこうだと思うとあれこれ迷うことがない。

 これを包んでいただけますかとご主人に声をかける。

 はいはいと片付けものの手を止めて、紙箱のふたを閉じて包装紙をかけ、手提げ用の紙袋にいれてくれる。年齢はよく分からないが、五十歳は超えているように見える。

 小宮が財布を出そうとするのを七重は止める。

「この間からのお礼です。七重に出させて下さい」

「そんな、結構するものなのに」

「いいえ、これくらいは。その代わり、お茶は家の店で買って下さいね」

「そうか、ま、七重は言い出したら引かないだろうからな」

「いつもじゃありませんけど、今日は」

 ご主人はそんなやり取りを微笑みながら聞いていた。

 一万円と消費税になりますと七重に言う。七重がお金を払うと、ありがとうございますとだけでなく、お嬢さん是非また寄って下さいと付け加える。ちょっとそれが気にはなったものの、こちらも笑顔でありがとうございますと言葉を返して店を出る。

「本当にいいのか」

「はい。気持ちは小宮さんに、茶筒はおばあ様と春江さんにです」

「ありがとう。じゃ、遠慮なく」

 そして三条まで引き返し、イタリアンの店で食事をすることになった。

「どうだった?商売敵は?」

「そんなことは考えていませんけど、何だかあんなお店もいいなって思いました」

「商売っ気はなくて、むしろ職人のイメージかな」

「そうですね。七重も勉強しなきゃ」

「あんな風な女将さんになるつもり?」

「それは・・・多分無理です」

「それにしても、七重はお茶の話になると、やっぱり夢中になるな。ちょっと嫉妬してしまいそうだ」

 そういえば、それまでの甘い気持ちは影を潜めているようだ。

「ごめんなさい。つい」

「いいんだ。そんな七重だから好きになった」

「そうですね、やっぱりちょっと変わってます」

「ちょっとか?」

「はい。小宮さんが音楽の話をするのと同じです」

「上手く逃げたな。しかし、それもそうか。俺たちは案外似ているのかもしれない。俺ももっと器用に生きられたらサラリーマンにでもなれたのだろうが」

「でも、そうしたらこうしてお眼にかかることもできませんでしたから、今の方が良かったです」

 店を出て少し南へ下り、新橋通から白川沿いに知恩院へと向かう。このあたりの桜ももう七部咲きで、ちょっとした夜桜見物もできた。

「少し遅くなってもいいなら、家へいこう。この間、誘っておきながらそれっきりにしてしまっていたから。ご両親が心配するなら、美幸から電話をかけさせればいい」

 時計を見ると八時前になっていた。

「こんな時間からいいのですか?」

「誰がいるわけでもないんだから。ばあさんとも話をしたんだろう?」

「はい。素敵な方です」

「折角買ってもらった茶筒、見せてやろう」

 そう言われると断れない。佐和へは自分で連絡して、小宮は美幸さんに連絡を入れた。

 小宮家へも三度目になる。玄関を開けると美幸さんが喜んで出迎えてくれた。

「いらっしゃい、お姉さん」

 突然そう言われて驚き、赤くなってしまう。

「ばか」

 七重よりも先に小宮が、照れながらそう言う。

 おばあ様もテーブルでにこやかに迎えてくれた。

 小宮がプレゼントだと茶筒を見せると、これは高価なものをと喜んでくれた。

 吉野家流でお茶を淹れて差し上げることになる。暮れに持ってきた茶葉が残っているはずはなかったが、キッチンにはやはり山吉のお茶があった。そのことを尋ねると、わざわざ通信販売で取り寄せていただいているとのことだった。

 小宮と美幸さんに説明をしながらとっておきの玉露を淹れる。

 そして、あれこれと話をして十時過ぎにまた小宮に送ってもらった。

 宇治へ入る手前の道で車を路肩に停めて、小宮からまたキスを受ける。

「早くコンプレックスを卒業しろ」

「一人では無理です」

 七重はまた自分の思い切った言葉に驚かされる。二人のおつき合いが次のステップに進む日が遠くないことを自分の中に見つけたのだ。


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