第2話

  《二》

 十一月十五日、定期演奏会が開かれた。

 一般公開はしているものの、いつもは観客の大半が大学の学生と近隣のOB、そしてその家族や知り合いである。ただ今回はこれまでにない派手なプログラムだったこともあって、市内の高校生や一般の音楽好きの社会人の数も多かった。

 また、プロのオーケストラからも聞きに来ていて、優秀な演奏者をスカウトするのだという噂もあった。実際にこれまでにも何人かは学生時代からメンバーとして誘われてステージに立ち、そのままそのオーケストラに就職している先輩もいるらしい。

 ただ七重にはプロになる気持ちは最初からなく、そんな噂も無関係なことだった。

 気がかりなのは、やはり最初からの課題だったホルンとの掛け合いのソロだ。

 指揮者の合図を受ける前に、ちらと小宮へ視線を送り、小宮もそれに小さく頷いてくれる。それだけで随分落ち着くことができた。七重のメロディに込められた不安定な問いに、小宮が柔らかく包み込むように応えながら、思いが高まっていく。そして最後にはいくつかの疑問を肯定するように、安定した音の運びとなる。

 音量のバランスを崩さず、音符が短くなってしまうこともなく、上手く行った。

 最初の山が無難にこなせたことで、以降の楽章の緊張する場面も気負うことなくいつも通りの演奏ができたようだ。

 オーケストラとしては、これまでにない迫力もあり充実した演奏だった。拍手の大きさでそれを感じることができる。七重としても、まずまずのできで、大役を何とかこなすことができて胸をなでおろす。

 アンコールの前に、指揮者の広中教授が拍手でステージ呼び戻されて、花束が贈られた。

 二度目にステージに戻ったときには、活躍する場面の多かったメンバー何人かを立たせていく。教授は、その最初に七重に合図を送った。

 思ってもみなかったことで、少し躊躇していると、隣の佐織から早く立ちなさいよと声をかけられておずおずと立ち上がる。すると会場からの拍手がまた大きくなる。弦の仲間も弓で譜面台を軽く叩いて気持ちを送ってくれている。演奏であがることはないのだが、驚いたことあって顔が赤くなるのが分かる。

 次に小宮が立たされ、堂々と客席に笑顔を向けている。そしてティンパニの小田先輩、その後金管のメンバーと続いて、最後にはもう一度全員を立たせる。

「もう、七ちゃんたら、もっと堂々としてなきゃダメじゃない」

 広中教授が一旦下がり、メンバーはアンコールの楽譜の準備をしているときに、佐織から叱られてしまう。拍手はその間もアンコールを求めている。

「だって、想定外なんだもん。ああ、びっくりした」

 ほてった頬をおさえながら、ふうとため息をつく。

 そしてアンコールが終わり、客席が明るくなる。コンサートマスターがまず席を立つと、それに続いてメンバーがそれぞれにステージの上手下手へと下がって行く。そして客席もざわざわと出口へと向かう人の列ができる。

 楽屋へ戻って、ステージ衣装を着替える。

「佐織、打ち上げどうする?」

「そっか、これまでは西野先輩任せだったもんね」

「もう復帰は望めないんでしょ。パートリーダーは佐織がやってよ」

「何言ってるの、主席がやるべきでしょ、そういうのは」

「だって、私、そういうの向いてないし、誕生日は佐織が半年も早いんだから」

「誕生日は関係ないと思うけど」

「お願い」

「まあ、どちらかがやらなきゃとは思ってた。らしくないところが七ちゃんの魅力だし、しかたないか」

「良かった。きっとそう言ってくれると思ってた」

「でもさ、主席なんだからもっと堂々としてなさいよ」

「無理。人には向き不向きがあるの」

「曲が始まると人間性変わるくせに」

「そうかな」

「そうよ。でもだから西野先輩は七ちゃんを主席に指名したのね。その部分は私にはかなわないもの」

「ふうん、でもリーダーシップは佐織にはかなわないから、おあいこね」

「それもよくわからない理論だけど。じゃあ、また相談するわね、打ち上げ。どこか他のパートと一緒にできれば盛り上がるかな。どう?」

「賛成、任せた」

「もう、お嬢様はこれだから。じゃ、お先に」

「お疲れ様」

 同じ言葉を小宮からも聞かされた。佐織の物言いから、どうもあまり褒められているようではないようだ。小宮はどんなつもりで言ったのだろうかと少し気になってしまう。

 オーケストラは定期演奏会が終わると一ヶ月ほど休みとなる。

 一月後半からは後期の試験が始まる。音大といえども音楽ばかりではなく、一般の人文科目もあり外国語もある。さらに教職を取るためには教育原論や心理学、法律も取らないといけないこともあって余裕はない。七重はこの時期に、講義には出席しているものの少々てこずっているフランス語の勉強に力を入れることにした。

 十二月に入って早々に、和束でお茶の栽培農家をしている山岡さんにお歳暮を届けることになった。

 お茶の命はなんと言っても上質の茶葉である。代々山岡さんとは専属で契約しており、いわば運命共同体として親しく付き合っている。店の名前の『山吉』も山岡と吉野の姓から一文字ずつを取っているのだ。こちらは客商売なので水物のところもあり、また相場もあって毎年同じ値段で仕入れることができないときもある。先方もこれまた自然が相手であり、年により出来不出来は当然あって、思う通りにはならないこともある。

 双方がかみ合って利益が出たときにはそれを分け合い、うまくいかないときはともに耐えてきた歴史がある。

 山岡の家長は稔よりも十歳ほど年長で、毎年欠かさずに歳暮は父の稔が届けていた。

 ところが、昨年末に七十歳になるのを区切りとして隠居し、長男の豊兄さんに譲った。そして、稔の挨拶も固く辞するとの意向を受けていたのである。

 とはいえ、山岡に世話になっている状況は変らないので、今年は稔に代わって七重が出向くことになった。

 七重にとって山岡のおじさんは父親以上に甘えてきた人である。そんな経緯を抜きにしても、おじさんに会えることが嬉しい。

 物心ついた頃から、盆暮れだけではなく父親に連れられて和束へは何度も訪れていた。

 おじさんは七重のことを「お嬢」と呼び、小さい頃は茶畑を見て回るのに手を引いて連れて行ってくれた。大きな硬い手のひらだった。そして七重が退屈していると必ずポケットから駄菓子を出してくれた。それが七重のためにわざわざ菓子を持っていてくれたのだと気付いたのは、小学校も高学年になってから。それまではおじさんもお菓子が大好きなんだという言葉をそのまま信じていた。

 山岡の家も第二の我が家のように駆け回っていた。今思うと結構お転婆だったようで、襖を破いたり、ガラスを割ったりした記憶もある。なのに何をしていても叱られた記憶はほとんどない。むしろ、痛くはないか、怪我はしていないかと心配してくれていた。

 ただ一度だけ、納屋にある茶の蒸し器に触ろうとしていたときだけ、大声で叱られた。機械の場所によっては、高温になり迂闊に触ると火傷をする。何かの具合で蒸気に当たり、跡が残りでもすると女の子だけに大変だと思ってのことだった。ところが当時の七重にはまだ理解できるはずもなく、とにかく怖かったことだけを憶えている。

 山岡には娘がないこともあって、とにかく可愛がってくれていた。

 稔から伏見の清酒二本に、七重からも桂にある有名な和菓子の店で買った和菓子の詰め合わせを持って宇治から山城を抜けて和束へ向かう。車で三、四十分の距離だった。

 府道から急な坂を上って、いつも稔がそうしていたように、山岡の家が見える空き地に車を停めて、更に坂を少し上る。手ぶらだと駆け上がることのできる程度の坂だが、今日は荷物が重く骨が折れる。

 息の乱れたまま、ガラガラと玄関の格子戸を開ける。

「こんにちは。七重です」

 すぐに奥さんの幸恵おばさんがエプロン姿で現れる。

「あらあら、七ちゃんいらっしゃい。どないしたん、ぎょうさん持って」

「おばさんこんにちは。今日は父の代わりに私がご挨拶に」

「それはまあご丁寧に。さ、上がって」

「失礼します。これ、私から」

 和菓子の包みを先に渡す。

「気ぃつこうて。おおきに」

 おばさんが居間にいるおじさんに声をかける。

「あんた、七ちゃん」

 七重は遠慮なく廊下から居間へ入る。おじさんは炬燵に座ったまま、にこにこと七重を迎えてくれる。

「お嬢、ようきた」

「おじさん、こんにちは。これ、父から。今年もお世話になりましたって」

「こっちこそ、おおきにな。もうええて言うたのに、稔はんも律儀なこっちゃ」

「去年おじさんにそう言われたから、今年は私に行ってこいって」

「お嬢もご苦労はんやな、こんな田舎まで」

「ここは私の第二の故郷。ここへ来ると懐かしい気持ちになれるから喜んで来たんです」

「嬉しいこと言うてくれる」

「おじさん、体の方はどう?」

「ああ、おかげさんで元気は元気やけど、やっぱり年には勝てん。だんだん無理がきかんようになる」

「大事にしてくださいね。ご隠居さんなんですから、どんと構えていたらいいのに」

「そやなあ、そうするつもりで隠居を決めたんやけど、百姓ちゅうのんはあかん。じいっとしとられへんで、体動かしてないと落ち着かへん」

「それもおじさんらしいかな」

「ちょうど畑見に行こかいなて思てたとこなんやが、どうや、久しぶりに一緒に」

「はい」

 おじさんは普段着の上に半纏を羽織って出て行こうとする。

「あら、どこ行きますのん。お湯沸いたからお茶いれよて」

 おばさんが驚いて出てくる。

「おばさん、ごめんなさい。ちょっと畑へ行ってきます」

「そうか、七ちゃん寒うない?」

「うん、大丈夫」

 おじさんはもう玄関を出て待っている。七重が追いつくと、農道へ出ようとする。いつもは家の裏の畦道から野菜畑の横を通って茶畑へと向かっていたはずだ。

「おじさん、こっちの方が近いのに」

「そんなとこ歩いて、お嬢の服汚したらあかんやないか」

「いつも歩いてるから大丈夫」

「相変わらずお転婆やなあ」

 七重はそのつもりでジーンズに運動靴で来ている。数日前に降った雨で、まだ少し柔らかいところはあっても、慣れたものだった。振り返るとおじさんもしっかりとした足取りだ。そのことに少し安心する。

 斜面の茶畑は裾刈りも終わって、畝と畝の間に落葉を敷き詰めてある。来年に向けて茶の木も休眠の時期を迎えている。

 中腹に機械を動かすための少し広めの小道がある。そこで立ち止まって見回すと山岡の畑だけではなく、遠く近くにいくつもの茶畑を見渡す事ができる。和束は茶の町である。

「お嬢はいくつになったんや?」

「もうすぐ二十一」

「そうか、ええ娘さんになったなあ。こっちも年取るはずや。稔はんももう還暦やな。そろそろ後のことも考えとかなあかん年や。どないするて?」

「まだ元気だからってあまり話ししたがりません」

「まあ、その気持ちもわかるけどな」

「私が継ぎますから、大丈夫です」

「お嬢はずっとそない言うてるけど、ほんまか?」

「はい。父も母も今のところ認めてはくれませんが、兄さんもアメリカから帰ってくる気はなさそうだし」

「やけど、女だてらに。楽なこっちゃないで」

「わかってます。大学卒業したら一から勉強するつもり。何年かはおじさんのところで修行させて下さいね」

「そらなんぼでもかまへんけど、お嬢に百姓がつとまるかなあ」

「子供の頃、半分はここで育ったようなものですから。それにいざとなったら根性あるんですよ、これでも」

「そない言われたら稔はんに顔向けでけへん気にもなる。わしが可愛がりすぎておかしな気にさせてしもたて」

「そんな。私が継ぐのは山岡ではなくて、吉野なのに」

 子供の頃は、茶の木が自分の背丈ほどあったはずのに、今では古い木でも胸までもない。

 こうしておじさんと歩きながら景色を眺めていると、その頃のことを思い出す。

 茶の木もよい葉がとれるのは十五年前後だ。そろそろこのあたりの木も植え替えの時期が近いのかもしれない。

「実はな、うちの誠に山吉継いでもらえんやろかて、話があったんや。長男は出されへんやろからて、な。もう三年ほど前の話やけど」

「博志兄さんがアメリカ行った頃?」

「そういうこっちゃ」

「父も考えてたんですね」

「けど、わしは断った。吉野とうちは、長いこと助けおうてやってきた。ええ格好言うわけやないけど、それはお互いに甘えのない関係で高めおうてきたからやと思てる。これからもそうありたいと思てんねん」

「それは父からもよく聞かされてます」

「なんぼ吉野を継いだかて豊と誠は実の兄弟や。いざっちゅう時にどっかにお互いに甘えが出るよってな」

「だったら、おじさんは私が継ぐことに賛成してくれたんですね」

「ちゃうちゃう、そらまた別の話や。それに店の暖簾継ぐのは身内やないとあかんてこともないやろう」

「でも、田村さんもそんなに若くもないし、私しかいませんから」

「それは稔はんが決めるこっちゃ。わしらが口出しすることやない。まあ、お嬢が婿さんもろて継いでくれたら嬉しいけどな」

「お婿さんはどうなるか分かりませんけど、これからもよろしく」

「そら豊と誠に言わな。今風のパートナーちゅうのんか。そうなったら厳しせんならんときもある。わしはお嬢とはずっとええともだちでおりたいからな」

「はい。でもともだちだなんて。これからはお師匠さんになってもらうのに」

「そらあかん。なんぼでも教えたるけど、ともだちや。弟子にはせえへんで。ほな、ばあさんの茶飲もか」

 おじさんは七重にそんな話をするために出てきたようだった。

 ぐるりと畑を回って家へ戻る。山裾のあたりは最近植え替えたようで、膝くらいまでの若木が並んでいる。根の周りには藁が敷き詰めてあり、大事に育てようとしているのが分かる。数年すれば一人前になるだろう。長く付き合っていくことになる木だと思うと愛おしく思える。

 寒さもこれからが本番だけどがんばって、と声をかけていく。

 おじさんはそんな七重に、あんまり過保護にしたらあかん、と冗談を言って笑う。

「お持たせやけど、七ちゃんが珍しお菓子買うてきてくれた。一緒に食べよ」

 おばさんもいつもと変わらず実の娘のように接してくれるのが嬉しい。

 ポットから湯ざましにお湯を注いで、湯飲みへ移しかえて早く温度を下げる。その間に七重が急須に三人分のお茶の葉を入れる。多すぎても少なすぎても思う味にならない。目分量だが物心ついた頃からの習慣なので迷うことはない。

 お茶の葉だけではなく、湯の量、温度、急須に置く時間によって微妙に味に変化があり、それは各家庭によって異なる。不思議なことに吉野の家と山岡は全く変わらない。同じ茶葉を使っているだけではなく、長い間の付き合いの中でそうなってきたのだろう。

 お湯を注ぐと急須の中で茶葉が開いていく姿が眼に浮かぶ。子供の頃はそれが楽しくていつも急須の中をのぞいていた。丸まって固く眠っていた茶葉がお湯で眼を覚ましていく。そして、茶葉によって、ぱっと眼を覚ますものとゆっくりと時間のかかるものがある。そんな光景がすっかり体に染み付いているので、急須に置く時間もばらつくことがない。

 さらに面白いのは急須で茶葉が開いていく音を聞くように、あるいはその姿を見つめるように、その数分ほどの時間は皆口数が少ないのだ。もちろんそんな音は聞こえるはずもなく、急須の中が見えるわけでもない。七重がそうだったように、皆子供の頃に同じ経験をしてきているからなのだろう。

 頃合をみて七重が湯飲みに茶を入れる。その頃合におじさんもおばさんも納得しているのが表情で分かる。

 緑茶とはいうものの宇治茶は透明なやまぶき色で、こくのある甘さと、香ばしい香り、そして味を引き締める程よい渋味が魅力である。

「あんたの好きな麦代餅、うちはこの可愛らしい上用もらお。七ちゃんは?」

「私はかつら饅頭」

「わざわざ麦代餅、買いに行ってくれたの?」

「大学の近くなの。今朝ちょっと用事があって行ったついでに」

「ありがとうなあ。それはそうと、七ちゃん学校卒業すんのは?」

「今三年ですからもう一年あります」

「そう、その後は?もうお嫁に行き先決まってんの?」

「まさか」

「ほな就職?」

 おじさんは先ほどの話を思い出してか苦笑いを浮かべている。

「ううん、将来は山吉を継いで行こうと思ってます。だから、卒業したらここへ弟子入りさせてもらおうと」

「ええ?そらやめとき。お茶の仕事やなんてしんどいばっかりやないの」

「わしもそう言うたんやけどな、お嬢はもう決めてんねんて」

 おじさんは半分認めてくれているような口ぶりである。

「先はどうなるかわからんけど、お嬢のしたいようするんもええんとちゃうか?」

「何言うてんの、そんなことしてて婚期のがしてしもうたらどないすんの」

「もう、おばさんたら。卒業しても二十二。結婚なんて三十までにできたらいいと思ってますから、時間はあります」

「やとしても商売なんてやめとき。何年かOLでもすんのやったらええけど」

「まあ、卒業までに考えてみます」

 とはいえ、おばさんも七重がどうしてもと言えば認めてくれると思っている。

 そうこうしているうちに、少し上に家を構えている長男の豊兄さん夫婦が孫たちを連れて訪ねてきた。

 豊兄さんはもう四十を少し超えているはずだ。和束も高齢化が進んでいて、若い世代が減っている。次の世代の代表として、去年から和束町茶業青年団の団長もこなしている。

 宇治茶というブランドは全国的に有名だが、その産地の和束は驚くほど知られていない。青年団では、まず知名度を上げるために、観光イベントや茶を生かした加工品のアイデアを持ち寄り、その商品化と普及に取組んでいる。そのために一年中結構忙しく駆け回っていて、山岡を訪ねてもあまり会うことがない。

「豊兄さん、お久しぶりです」

「お、七重ちゃんか。久しぶりやなあ。長いこと会うてなかったけど、すっかり娘さんらしゅうなって」

「多分、この前は私がまだ高校に入ったばかりの頃でした」

「もう五、六年になるか。おっちゃん元気してる?」

「はい、おかげさまで」

 子供たちはどちらも小学生のようで、少しの間は神妙にしていたが、いつまでも大人しくしているはずもない。昔の七重と同じように家中を駆け回り、おじさんやおばさんに纏わりついている。

「今日はどないしたん?」

「吉野の名代で年末のご挨拶に」

「そうか、博志君がいてへんから七重ちゃんに回ってきたんや。ご苦労さん。こっちも、挨拶に行かなあかんて思てんねんけど、ちょっとバタバタしてて。近いうちに寄せてもらうさかいに、よろしゅう言うといてな」

「はい」

 山岡家の当代としての物言いになっていて、責任と自信が伝わってくる。

 年齢が違うので当然とは思うものの、自分にそうした迫力は縁遠いものに思える。

 引け目を感じてしまうところもあって、豊兄さんには自分が吉野を継いで行くつもりだとは言い出せなかった。

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