闇との血戦

 

 桜ヶ丘の町外れにある小さなビルの一室。表向きは心理カウンセリングの相談室になっているユナの拠点。

 壁には地図と書類が貼られ、木製のデスクにはノートパソコンと解析機器が並ぶ。私はソファに座り、淡い水色のワンピースの裾を握りしめた。

 セレナは隣で、私の手をそっと握る、彼女の金色の瞳には、襲撃の恐怖が薄れつつあるが、私への信頼が温かく宿る。

 ユナはデスクの向こうで、技術者のミカとデータを確認していた。彼女の灰色の瞳は鋭く、ショートカットの黒髪が蛍光灯に光る。

「リリィ、セレナ、廃工場のUSBドライブから回収したデータ、解析が一段落した。クロノスの計画、かなり見えてきたぞ。」

 ユナの声は冷静だが、緊張が滲む。私はセレナの手を握り、震える声で尋ねた。

「ユナさん…どんな計画なんですか? ガブリエルは…まだセレナさんを狙ってる?」

 ユナはノートパソコンを操作し、画面に暗号化されたファイルを開いた。ミカが補足する。

「隊長、USBドライブのデータは、クロノスの内部ネットワークから抜き取られたもの。ハンター計画の詳細、ガブリエルの指示、実行部隊の配置図が入ってました。データのコピーは完全で、サーバー破壊前に取得された形跡があります。誰かが…内部から持ち出した可能性が高い。」

 ユナは目を細め、ミカの言葉を遮った。

「その『誰か』は今は追わない。重要なのは、データの内容だ。リリィ、聞いてくれ。クロノスのハンター計画は、お前を無力化するか、取り込むことが目的だ。ガブリエルは、セレナを囮にして、お前を誘い出す作戦を立ててた。だが、新たな計画が浮上してる。『フェニックス・プロトコル』だ。」

 私は息をのんだ。フェニックス・プロトコル。戦場で聞いたことのない言葉。

 セレナの手が小さく震え、私は彼女を強く抱きしめた。ユナは画面をスクロールし、詳細を表示した。

「フェニックス・プロトコルは、クロノスの最終目標。ハンター計画の鍵であるリリィ、お前の戦闘能力と精神データを解析し、クロノスの戦力を強化する。廃工場のサーバーには、お前の戦闘データ、心理プロファイル、セレナとの関係性が記録されてた。ガブリエルは、セレナを人質にして、お前を支配下に置く計画だった。だが、データに新たな動きがある。ガブリエルが自ら桜ヶ丘に来る。リリィ、お前を直接確保するつもりだ。」

 セレナが小さく呟いた。

「ガブリエル…リリィさんを、直接…?」

 私はセレナの肩を抱き、否定した。

「セレナさん、怖がらないで。私が君を守る。ガブリエルが来ても、ユナさんがいるよ。」

 ユナは頷き、続けた。

「データの通信ログによると、ガブリエルはレイヴンの失敗に業を煮やし、桜ヶ丘に潜入する。目的はリリィ、お前を直接確保すること。セレナを囮にする計画は後回しだ。桜ヶ丘の廃ビルを拠点に動いてる可能性が高い。部隊を編成し、町の監視を強化する。」

 ミカが追加の報告を上げた。

「隊長、ガブリエルの最新の通信ログに、桜ヶ丘の廃ビルを拠点にしている痕跡があります。『リリウムを四八時間以内に確保しろ。フェニックス・プロトコルを起動せよ』と。ガブリエルは単独行動か、少数の精鋭を連れてる可能性があります。」

 私の拳が震える、ガブリエルが直接私を狙う。

 セレナを守るため、私は戦わなければならない。

 私はユナに目を向け、震える声で言った。

「ユナさん…ガブリエルが来るなら、私も戦います。セレナさんを守るため、絶対に負けません。」

 ユナは私の決意を見て、静かに言った。

「リリィ、気持ちはわかる。だが、ガブリエルはエリカやヴィクターとは別格だ。俺たちが動く。リリィ、セレナ、桜ヶ丘で待機しろ。学校と町に部下を警備員として配置済みだ。」

 私は表面上頷いたが、胸の奥で決意が燃えていた。

 ガブリエルの脅威を止めるため、私は彼と直接対決する…セレナを守るため、どんな犠牲も払う。

 

 ――ー

 

 桜ヶ丘の町外れ、廃ビルの地下に、ガブリエルの臨時拠点があった。

 薄暗い部屋には、モニターと通信機器が並び、クロノスの技術者が静かに作業する。

 ガブリエルは四〇代半ば、黒いスーツに身を包み、銀縁の眼鏡をかけた男。

 冷たく鋭い青い瞳が、モニターに映るリリィの戦闘映像を見つめる、彼の声は低く、静かな威圧感を放つ。

「レイヴンの失敗、ヴィクターの暴走、エリカの拘束…クロノスの計画に綻びが生じた。だが、リリウムは私の手で確保する。フェニックス・プロトコルは、私が完成させる。」

 ガブリエルの側近、コードネーム「ファルコン」が報告した。

「リーダー、桜ヶ丘の監視網を強化しました。リリウムの動きは、学校とアパートに限定されています。セレナ・フローレンスは常にそばにいます。ユナ・クロフォードの部隊は、町の警備を固めていますが、隙があります。」

 ガブリエルは唇を歪め、微笑んだ。

「ユナ・クロフォード…優秀だが、予測可能だ。リリウムの心は、セレナに縛られている。それを利用する。だが、セレナを拉致するより、リリウムを直接仕留める方が早い。フェニックス・プロトコルの鍵は、彼女の戦闘能力だ。」

 ガブリエルはモニターに映るリリィの戦闘データを分析し、呟いた。

「リリウムの戦場での動き…反応速度、格闘技術、心理的耐性。すべてが完璧だ。彼女をクロノスの戦力に取り込めば、フェニックス・プロトコルは完成する。」

 ガブリエルは単独で桜ヶ丘に潜入することを決めた。

 セレナを囮にする計画は、ユナの警備網を刺激するリスクが高い、彼は自らの戦闘技術を信じていた。

 戦場で鍛えた暗殺技術、心理戦の知識、リリィを一瞬で無力化し、確保する自信があった。

「ファルコン、準備を進めろ。今夜、リリウムを襲撃する。場所は桜ヶ丘の公園。彼女の散歩ルートを特定済みだ。」

 ファルコンが頷き、通信機に指示を出す。ガブリエルはナイフと小型の麻酔銃を手に取り、準備を整えた。さらに、特殊なワイヤーと電撃装置をベルトに装備。リリィを確実に仕留めるため、容赦ない戦いを予感させた。

「リリウム、君の心は強い。だが、私の前では無力だ。クロノスの意志は、私が貫く。」

 ――ー

 

 その夜、私はセレナをアパートに残し、桜ヶ丘の公園を歩いていた。ユナの待機指示を無視し、心のざわめきを抑えるため、散歩に出た、月明かりが木々を照らし、静かな風が頬を撫でる。

 だが、戦場の勘が、背後に危険を告げる。私はポケットでナイフとスタンガンを握り、振り返った。

 

 そこに、ガブリエルが立っていた。黒いスーツ、銀縁の眼鏡、冷たい青い瞳。私は息をのんだ。彼の声が、静かに響く。

「リリウム・フロスト。ハンター計画の鍵。クロノスの未来のために、君を確保する。」

 私はナイフを構え、戦場の訓練を呼び起こした。ガブリエルが麻酔銃を向け、一瞬で発射。

 私は木の陰に飛び、ダーツが幹に刺さる、彼の動きは速く、レイヴン以上の精度だ。

 私は地面を転がり、ガブリエルの足を狙って蹴りを放つが彼は軽くかわし、ナイフを抜いた。

「リリウム、抵抗は無意味だ。セレナを守りたいなら、私に従え。」

「セレナさんを…あなたには渡さない!」

 私は叫び、ガブリエルに突進した。

 刃が交錯し、火花が散る、彼の動きは冷静で、私の攻撃を全て見切る。

 私はスタンガンを投げつけ、ガブリエルが一瞬避けた隙に、木々の間に隠れた。

 だが、彼のナイフが私の肩を切り裂き、ワンピースがズタズタに裂け、血が噴き出す。私は痛みを堪え、反撃に転じた。

 

 ガブリエルがワイヤーを放ち、私の足を絡めようとする。私は木の枝を掴んで宙に飛び、ワイヤーを回避する、だが、着地した瞬間、彼のナイフが私の脇腹を刺した。

 鋭い痛みが走り、血が地面に滴る。

 私はよろけながら、ガブリエルの腕に蹴りを放つ。彼は私の足を掴み、地面に叩きつけた。背中に砂利が食い込み、肋骨が軋む。視界が揺れ、息が詰まる。

「リリウム、君の心は強いが、戦術は単純だ。セレナが君の弱点だ。」

 ガブリエルの言葉が、胸を抉る。私はセレナの笑顔を思い出し、力を振り絞った。公園のベンチに駆け寄り、それを盾にガブリエルの攻撃を防ぐ。

 彼のナイフがベンチを切り裂き、木片が飛び散る。私はベンチを蹴り倒し、ガブリエルの視界を遮った。

 その隙に、彼の背後に回り、スタンガンを押し当てる。

 だが、ガブリエルは電撃装置を起動し、私の腕に電流が走る。私は叫び声を上げ、地面に倒れた。

 腕が痺れ、ナイフが手から滑り落ちる。

 

 私の体は血と土でズタボロになり、肩、脇腹、腕から血が流れ続ける。

 視界がぼやけ、意識が薄れる、ガブリエルが近づき、麻酔銃を構える。

「リリウム、これで終わりだ。クロノスの未来に、君は必要だ。」

 私は歯を食いしばり、地面の砂利を掴んでガブリエルの目に投げつけた。

 彼が一瞬目を覆った隙に、私は這うようにして立ち上がり、彼の足を払った。

 ガブリエルがよろけ、私は血まみれの手でナイフを拾い、彼の胸に突き刺そうとした。だが、彼のワイヤーが私の首に絡まり、締め上げる

 。私は息ができず、視界が暗くなる。ガブリエルの冷たい声が耳元で響く。

「リリウム、君の抵抗は美しい。だが、無駄だ。」

 私はセレナの笑顔を思い出した。あの金色の瞳、温かな手、彼女を守るため、私は死んでも戦う。

 私は最後の力を振り絞り、ワイヤーを掴んで引きちぎった。

 皮膚が裂け、首から血が流れ落ちる。私は叫び、ガブリエルの腹に膝を叩き込み、彼を後退させた。

 彼の麻酔銃が地面に落ち、私はそれを拾い、ガブリエルの胸に撃ち込んだ、ダーツが刺さり、彼の動きが一瞬止まる。

「セレナさん…ごめん…絶対、守る…!」

 私は血まみれの身体でガブリエルに跳びかかり、スタンガンを彼の首に押し当て、電流を流した。ガブリエルが硬直し、膝をつく。私は彼の腕をナイフで切りつけ、動けなくした。彼の青い瞳が、初めて恐怖に揺れる。私は息を切らし、ガブリエルの首にナイフを突きつけた。

「ガブリエル…クロノスに…セレナさんを渡さない…!」

 ガブリエルは血を吐き、呟いた。

「リリウム…君の意志…予想以上だ…。だが、クロノスは…終わらない…。」

 私はガブリエルの腕と足を縛り、スタンガンで完全に気絶させた。

 彼の身体が地面に崩れ落ちる。私は膝をつき、血と汗でズタズタの身体が震える。肩の傷は深く、脇腹から血が止まらず、首のワイヤーの跡が焼けるように痛む。

 視界が暗くなり、意識が遠のく、だが、セレナの笑顔が頭をよぎり、私は這うようにして立ち上がった。

 

 ――ー

 

 その瞬間、公園に爆音が響いた。ユナの部隊が、警察の特殊部隊に偽装したバンで突入してきた。ユナが先頭に立ち、灰色の瞳で私の惨状とガブリエルの倒れた姿を見つけた。

「リリィ! 何!? お前…ガブリエルを!?」

 ユナの声に、驚きと怒りが混じる。私は血まみれの口で、かすかに答えた。

「ユナさん…ガブリエルが…私を狙ってきた…。セレナさんを…守るために…戦った…。」

 ユナは私のズタボロの姿を見て、唇を噛んだ。肩の傷は骨が見えるほど深く、脇腹の刺し傷から血が流れ、首のワイヤーの跡が赤黒く腫れている。私のワンピースは血と土でボロボロになり、腕は痺れて動かない。

 ユナは部下に指示を出し、ガブリエルを拘束、隊員たちが私を支え、応急処置を施す。私は血まみれの手でユナの腕を握り、呟いた。

「セレナさん…無事なら…それで…いい…。」

 ユナは私の額に手を置き、静かに言った。

「リリィ…無茶しやがって…。ガブリエルを仕留めたのは、お前だ。クロノスに大打撃を与えた。よくやった…。だが、もう無茶するな。」

 私はかすかに微笑み、意識を失った。

 

 ――ー

 

 病院のベッドで目覚めた時、セレナが私の手を握っていた、彼女の金色の瞳が涙で潤み、私の包帯だらけの姿を見て嗚咽を漏らす。

「リリィさん…! どうして…こんな目に…! 死んじゃうかと思った…!」

 私は弱々しく微笑み、彼女の手を握り返した。声がかすれる。

「セレナさん…ごめん、心配かけた。ガブリエルを…倒したよ。君は…もう安全だ。」

 セレナは私の額に額を寄せ、泣きながら言った。

「リリィさん…無茶しないで…! 私、リリィさんがいなきゃ…ダメなんだから…!」

 私は彼女の金色の髪に触れ、囁いた。

「セレナさん…君がいるから、私、戦えた。ありがとう。」

 ――ー

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