闇に潜む決意


8月中旬、桜ヶ丘女子高校は夏休みの静けさに包まれていた。

セミの声だけが響く。

私は、リリィ・フロストことリリウム。セレナ・フローレンスとの絆は、ヴィクターの襲撃とエリカの策略を乗り越え、さらに強くなっていた。あの夜、セレナの金色の笑顔と震える手を握り、温室で交わした約束が、私の心を支えている。クロノスの使徒、エリカ・ミズキとヴィクターは、ユナ・クロフォードの部隊によって確保された。

だが、クロノスの影は消えない。ユナの調査で、桜ヶ丘から50キロ離れた廃工業地帯に新たな拠点があり、ガブリエルの右腕、コードネーム「レイヴン」が潜伏していることが判明した。セレナを守りたい。

なのに、戦場の記憶とクロノスの脅威が、胸に暗い影を落とす。

私は、ユナにもセレナにも秘密で、レイヴンの拠点を叩き、クロノスの計画データをユナに渡す決意を固めた。


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ユナのオフィスで、彼女は部隊と共に廃工業地帯への潜入作戦を計画していた。白い壁の部屋には、地図、ドローン映像、通信ログの解析データが広がる。

ユナの灰色の瞳は鋭く、ショートカットの黒髪が蛍光灯に光る。彼女は地図に赤いピンを刺し、部下に指示を出した。


「廃工場の地下施設、入り口は3カ所。レイヴンが率いる実行部隊は5人。ヴィクターの供述とエリカの通信ログから、レイヴンはガブリエルの直属だ。ハンター計画の鍵、リリウムを直接狙ってる。潜入は今夜、23時。警察の特殊部隊に偽装し、監視カメラを無力化して突入する。」


技術者のミカが、パソコンから報告を上げた。


「隊長、レイヴンの通信パターンを傍受しました。『リリウムの排除を急げ。セレナを確保しろ』というガブリエルの指示が繰り返されてます。レイヴンは、エリカの心理戦とヴィクターの武力を組み合わせた戦術を使ってる可能性があります。」


ユナは頷き、部下に装備の確認を命じた。彼女は私とセレナに目を向け、静かに言った。


「リリィ、セレナ、桜ヶ丘で待機しろ。レイヴンは危険だ。俺たちが片付ける。」


私はセレナの手を握り、表面上は頷いた。だが、胸の奥で、別の決意が燃えていた。セレナを守るため、クロノスの脅威を自分で断ち切り、ユナに計画データを渡したかった。戦場で鍛えた私の身体は、動く準備ができている。

ユナに秘密で、廃工業地帯に潜入し、データを確保する。それが、私の選んだ道だ。


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その夜、セレナをアパートに残し、私は黒いフード付きのパーカーに着替えた。戦場で使っていたナイフと小型のスタンガンをポケットに忍ばせ、ユナのオフィスからこっそり持ち出した廃工場の地図とUSBドライブを手に、桜ヶ丘を後にした。

セレナには「少し散歩してくる」とだけ伝え、彼女の心配そうな金色の瞳を振り切った、心が痛む。

だが、セレナを守るため、クロノスの拠点を叩き、計画データをユナに渡すのは私でなければならない。

ユナには、私の行動を知られずに済ませる、戦場の訓練が、静かな動きを可能にする。


廃工業地帯は、月明かりに照らされた錆びた鉄骨と崩れたコンクリートが不気味に広がる。50キロの道のりをバイクで移動し、工場の外周に到着した、ドローン映像で見た監視カメラの位置を思い出し、闇に紛れて進む。

私はカメラの死角を計算し、電磁パルス装置で一時的に無力化。戦場の訓練が、身体を動かす。

私は地図を確認し、地下施設の入り口の一つ、廃工場の北側にある隠しハッチを見つけた。

錆びたロックをナイフでこじ開け、音を立てずに降りる。冷たいコンクリートの階段が、闇に続く。


地下施設は、蛍光灯の薄暗い光に照らされた通路と、機械の低いうなり音が響く。クロノスの技術が、ここを拠点にしている証だ。私は壁に身を寄せ、足音を殺して進んだ。

戦場の記憶がよみがえる、リズの冷たい笑み、ヴィクターの拳、エリカの甘い言葉。セレナの笑顔を守るため、私は一人で戦う。


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通路の先で、クロノスの実行部隊の一人が巡回していた、黒い戦闘服、銃を手に持つ男。

私は息を殺し、角の影に隠れる、彼が通り過ぎる瞬間、スタンガンを背中に押し当て、電流を流した。

男は呻き声を上げずに倒れ、私は彼の手錠で拘束し、銃を奪った。戦場の訓練が、冷静な判断を導く。

私は彼を物陰に隠し、誰も気づかないよう細心の注意を払った。


さらに奥に進むと、2人の部下が通信機器を操作していた。

部屋には、モニターに映る桜ヶ丘の監視映像、セレナの姿が映り、心臓が締め付けられる。

クロノスは、彼女をまだ狙っている。私はモニターのケーブルをナイフで切り、部下たちに気づかれる前に動いた。一人にスタンガンを当て、電流で気絶させる。

もう一人が銃を構える前に、私は跳びかかり、関節技で腕を極めた。

2人とも気絶させ、部屋の隅に縛り上げ、口に布を詰めて声を封じた。ユナにバレないよう、痕跡を残さない。


「セレナさん…絶対、守る。」


私は呟き、部屋の奥にあるサーバールームに目を向けた。

クロノスのデータが、ここに集約されているはずだ。

私はサーバーに近づき、ユナから教わった基本的なハッキングを試みる。エリカの通信ログの解析データを思い出し、サーバーのセキュリティを解除。画面にクロノスの計画書が映る。


「ハンター計画の鍵:リリウムの排除または確保。セレナ・フローレンスを囮に、ユナ・クロフォードの部隊を誘い出す。」


私の拳が震える。セレナを道具にするなんて、許せない。


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私はUSBドライブを取り出し、サーバーからクロノスの計画データをコピーした。ハンター計画の詳細、ガブリエルの指示、レイヴンの実行部隊の配置図。

データを確保した後、サーバーにウイルスを仕込み、システムを無力化。モニターが暗くなり、クロノスの通信網が一時的に混乱するはずだ。

だが、データだけでは不十分だ、クロノスの拠点を物理的に破壊し、レイヴンの動きを封じる必要がある。


サーバールームの奥に、爆薬の貯蔵庫があった。クロノスが次の襲撃に使う予定のものだ。私は戦場で学んだ爆破技術を思い出し、タイマーをセット。

10分後に爆発するよう設定し、爆発が自然発火に見えるよう配線を細工した。

ユナの部隊が後で調査しても、私の関与がわからないようにした。

さらに、データを入れたUSBドライブを、ユナが必ず見つける場所—廃工場の入り口近くの配電盤に、匿名の手紙と共に隠した。

手紙には「クロノスの計画。リリウムを守れ」とだけ書き、筆跡を隠すため印刷体を使った。


その瞬間、背後に冷たい気配を感じた。振り返ると、黒いフードを被った女性が立っていた。レイヴン。

彼女の瞳は鋭く、ナイフを手に持つ。声は低く、冷たい。


「リリウム…一人でここに来るなんて、勇敢か、愚かか。ガブリエルの命令で、お前を始末する。」


私はナイフを構え、戦場の勘を呼び起こした。レイヴンが短剣を振り、刃が空気を裂く。私は横に飛び、サーバーの陰に隠れる。彼女の動きは速く、エリカの狡猾さとヴィクターの力を併せ持つ。

私はスタンガンを投げつけ、レイヴンが一瞬避けた隙に、彼女の腕に蹴りを放つ。ナイフが床に落ち、金属音が響く。


「セレナさんを…クロノスに渡さない!」


私は叫び、レイヴンに跳びかかった。彼女は私の腕を掴み、壁に押し付ける。

力が強い。私は膝で彼女の腹を突き、距離を取った。レイヴンは冷たく笑い、別の短剣を抜いた。


「リリウム、お前の心、セレナで弱ってる。ガブリエルはそれを見抜いてるよ。」


その言葉に、胸が締め付けられる。だが、セレナの笑顔が頭をよぎる、私はナイフを握り、レイヴンに突進した。

刃が交錯し、火花が散る。私は彼女の足を払い、倒れた隙にスタンガンを押し当てた。

レイヴンが硬直し、床に崩れる。私は彼女を縛り、口を塞ぎ、物陰に隠した。爆薬のタイマーを確認。残り5分。


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私は足音を殺し、来た道を戻った。爆薬の爆発が近づく中、地下施設から脱出。廃工場の外周に出た瞬間、遠くで爆音が響いた。地下が炎に包まれ、クロノスの拠点が崩壊する。私は監視カメラの死角を通り、バイクで桜ヶ丘へ戻った。

ユナの部隊が潜入する前に、すべてを終わらせた。私の関与は、誰にもバレていない。USBドライブは、ユナが必ず見つける。


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翌朝、ユナから連絡が入った、彼女の部隊が廃工業地帯に突入したが、地下施設はすでに爆発で崩壊していた。ユナの声は困惑していた。


「リリィ、廃工場の地下が全壊してた。クロノスのデータサーバーも破壊されてる。だが…配電盤にUSBドライブと手紙が見つかった。クロノスの計画データだ。ハンター計画の詳細、ガブリエルの指示、レイヴンの部隊の動き…全部入ってる。誰が置いたのか、わからんが…これでクロノスに一撃を与えられる。」


私は平静を装い、答えた。


「ユナさん…それは、すごい! クロノスの内部の誰かが、裏切ったのかも…。」


ユナは疑うような沈黙の後、言った。


「…そうかもしれない。レイヴンと部下は行方不明だ。ガブリエルの次の手を警戒しろ。リリィ、セレナ、桜ヶ丘で目を光らせておけ。」


私は頷き、電話を切った。セレナが私の手を握り、囁いた。


「リリィさん…ユナさんたちが、クロノスを止めてくれるよね?」


「うん…ユナさんを信じよう。セレナさん、私が守るから。」


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その夜、セレナとアパートで並んで座った。カスミソウの鉢が月明かりに照らされ、虫の声が聞こえる。

私はスケッチブックを開き、セレナの笑顔を描いた。彼女は私の肩に寄りかかり、囁いた。


「リリィさん…怖いけど、ユナさんたちが守ってくれるよね。私、リリィさんと一緒にいるから、強くなれるよ。」


私はセレナの金色の髪に触れ、微笑んだ。


「セレナさん…私も、君がいるから強いよ。クロノスに勝とう。」


私たちは抱き合い、絆を確かめた。ユナの手にクロノスの計画データが渡り、レイヴンの拠点は破壊された。

私の単独行動は、誰にもバレていない、だが、ガブリエルの影は消えない。私はセレナを守るため、どんな闇にも立ち向かう。


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