闇を追う影
ユナ・クロフォードのオフィスは、桜ヶ丘の町外れにある小さなビルの一室だった。表向きは心理カウンセリングの相談室だが、クロノスの使徒を追うための拠点でもある。白い壁に囲まれた部屋には、観葉植物と木製のデスク、壁に貼られた地図と書類の山が並ぶ。私はソファに座り、淡い水色のワンピースの裾を握りしめた。
セレナは隣で、私の手をそっと握っている。
彼女の金色の瞳には、ヴィクターの襲撃の恐怖がまだ残っているが、私への信頼が温かく宿る。
ユナはデスクの向こうで、ノートパソコンを叩きながら私たちを見た、彼女の灰色の瞳は鋭く、ショートカットの黒髪が夕陽に光る。
「リリィ、セレナ、よく耐えた。あの日の襲撃、ヴィクターとエリカを確保できたのは大きい。クロノスの動き、かなり見えてきたぞ。」
ユナの声は冷静だが、決意が滲む。私はセレナの手を握り、震える声で尋ねた。
「ユナさん…エリカさんとヴィクター、ほんとにクロノスの使徒だったんですか? 彼らの目的、わかったんですか?」
ユナは頷き、書類の束を手に取った。
「エリカ・ミズキ、本名不明。転入記録は完璧に偽造されてた。クロノスのデータベースに痕跡が残ってたんだ。彼女は『ハンター計画』の鍵であるリリィ、お前を精神的に追い込む任務を受けてた。セレナを利用して、お前の心を崩壊させる。それが彼女の長期計画だった。ヴィクターは、ガブリエル直属の武闘派。エリカの慎重なやり方に我慢できず、直接お前を排除しようとした。」
セレナの肩が小さく震える。私は彼女の手を強く握り、ユナに目を戻した。
「ヴィクター…あんな怖い人が、なぜ私を…。エリカさんの計画と、どう繋がってるんですか?」
ユナは地図を広げ、桜ヶ丘周辺のポイントを指した。
「ヴィクターの襲撃は、エリカの計画を無視した暴走だった。だが、クロノスの内部の不協和音を示してる。調査でわかったが、ヴィクターはガブリエルというクロノスのリーダーの指示で動いてた。ガブリエルは、リズの失敗以来、ハンター計画の鍵であるお前を直接排除する方針に傾いてた。エリカとヴィクターの確保で、クロノスの構造が少しずつ見えてきた。」
ユナの言葉に、戦場の記憶がよぎる。リズの冷たい笑み、血と硝煙の匂い。エリカの甘い言葉が、セレナの心を揺らし、私を抉った。ヴィクターの拳が、校庭で私の体を叩きつけた。あの日の恐怖が、胸を締め付ける。セレナが小さく呟いた。
「エリカさん…私のこと、ほんとに優しく話しかけてきたのに…。全部、嘘だったんだ…。」
セレナの声に、胸が痛む。私は彼女の肩を抱き、囁いた。
「セレナさん、エリカの言葉に揺れたのは、君の心が優しいからだよ。でも、君は私を信じてくれた。ありがとう。」
セレナは私の手を握り返し、涙をこらえた。ユナは私たちを見て、静かに続けた。
「エリカとヴィクターは、秘密施設で拘束中だ。尋問で、エリカは口を割らないが、ヴィクターはガブリエルの名前を漏らした。クロノスの内部に、ガブリエルを頂点とする派閥がある。エリカのスマホから暗号化された通信ログを回収し、解析した結果、クロノスの拠点の一つが、桜ヶ丘から五〇キロ離れた廃工業地帯にあることがわかった。」
ユナは地図に赤いピンを刺し、廃工業地帯を指した。彼女の部下が撮影したドローン映像をパソコンで再生する。廃墟となった工場、錆びた鉄骨、怪しい人影。私の背筋が冷える。ユナは目を細め、続けた。
「ヴィクターの確保で、クロノスの武闘派の動きは一時止まった。だが、ガブリエルはまだ動いてる。エリカの通信ログに、ガブリエルからの指示が残ってた。『ハンター計画の鍵を確保しろ。リリウムが抵抗するなら、セレナを囮にしろ』。クロノスの次の標的は、依然としてお前とセレナだ。」
私は息をのんだ。セレナがまた狙われる。彼女の笑顔を守りたい。私は震える声で尋ねた。
「ユナさん…セレナさん、守れますか? ガブリエルって、どんな人なんですか?」
ユナは私の肩に手を置き、力強く答えた。
「ガブリエルはクロノスの頭脳だ。リズやエリカのような心理戦、ヴィクターのような武力、両方を操る。だが、俺たちがエリカとヴィクターを確保したことで、奴の計画に綻びが出てる。リリィ、セレナの安全は俺が保証する。廃工業地帯の拠点を叩く準備を進める。」
私は頷き、セレナの手を握りしめた。彼女の温もりが、私の心を支える。
――ー
ユナの部隊は、エリカとヴィクターを町外れの秘密施設に拘束していた。地下の尋問室は、冷たいコンクリートの壁に囲まれ、蛍光灯が無機質な光を投げかける。
エリカは椅子に座り、手錠をかけられていた、彼女の黒い瞳は、依然として冷たく、微笑みが消えない。
ヴィクターは別の部屋で、鎖に繋がれ、怒りを抑えきれずに唸っていた。ユナはエリカの尋問を始め、録音機器が回る。
「エリカ・ミズキ、ガブリエルの次の計画を話せ。クロノスの拠点、廃工業地帯以外にどこがある?」
エリカはくすっと笑い、髪をかき上げた。
「ユナ・クロフォード、さすがね。ヴィクターを捕まえるなんて、予想外だったわ。けど、私が喋ると思う? ガブリエルは、私やヴィクターが捕まっても、計画を進められる人よ。リリウムの心、だいぶ揺れてたでしょ? セレナの笑顔、私に傾きかけてた。あと少しだったのに。」
ユナの瞳が鋭くなる。彼女は机を叩き、エリカを睨んだ。
「ガブリエルの指示だな? セレナを囮にする計画、通信ログでバレてる。次の拠点はどこだ?」
エリカは微笑みを崩さず、答えた。
「ガブリエルは…慎重よ。廃工業地帯? そこはただの囮かもしれない。クロノスの本当の拠点は、もっと深い闇の中よ。リリウムを潰すか、取り込むか…それがハンター計画の目的。セレナは、ただの道具にすぎないわ。」
エリカの言葉に、胸が締め付けられる。セレナが道具だなんて。彼女は私の光だ。私は拳を握り、セレナの手を強く握った。ユナはエリカを無視し、ヴィクターの尋問に移った。ヴィクターは鎖をガチャガチャ鳴らし、怒鳴った。
「ガブリエルめ、俺を裏切りやがった! リリウムを潰すなら、俺だけで十分だった! あの廃工場の地下に、ガブリエルの部下がまだいるぞ! 奴らが次の手を…!」
ヴィクターが言葉を切ると、ユナは冷静に尋ねた。
「次の手? ガブリエルの部下、名前と人数を言え。」
ヴィクターは唸り、渋々答えた。
「コードネーム『レイヴン』、女だ。ガブリエルの右腕。廃工場の地下で、五人の実行部隊を率いてる。リリウムを直接狙う計画だ。」
ユナは頷き、部下に指示を出した。
ヴィクターの供述から、廃工業地帯の地下施設が、クロノスの重要な拠点であることが確定した。エリカの通信ログと合わせ、新たな手がかりが浮かんだ。
――ー
ユナの部隊は、廃工業地帯への潜入作戦を準備していた。ドローン映像に、ヴィクターが言及したレイヴンらしき人影が映っていた。黒いフードを被った女性、鋭い動き。ユナは地図を広げ、廃工場の構造を分析した。
「廃工場の地下には、隠し通路と複数の部屋がある。レイヴンが率いる実行部隊は、ヴィクターの失敗を教訓に、慎重に動いてる。リリィ、セレナ、桜ヶ丘にいる限り、標的になる可能性がある。学校に部下を警備員として潜入させ、監視を強化する。」
ユナの部下、技術者のミカが報告を上げた。
「隊長、エリカの通信ログに新たな暗号が検出されました。ガブリエルからレイヴンへの指示です。『リリウムの排除を急げ。セレナを確保し、ハンター計画を完成させろ』。レイヴンが次の刺客です。」
ユナは目を細め、答えた。
「レイヴンか…。ガブリエルの右腕なら、エリカより厄介だ。リリィ、セレナ、明日から外出は控えろ。俺たちが廃工場を叩くまで、身を隠せ。」
私はセレナをちらりと見た。彼女の日常を守りたい。クロノスの使徒が、彼女の笑顔を奪うなんて許せない。私は震える声で言った。
「ユナさん…セレナさんを守るため、私も戦います。レイヴンって人、どんなに強くても、負けません。」
ユナは私の決意を見て、軽く微笑んだ。
「リリィ、その気持ちは大事だ。だが、戦うのは俺たちでいい。セレナと一緒に、桜ヶ丘で待機しろ。レイヴンの動きを封じれば、クロノスの計画に大打撃を与えられる。」
セレナが私の手を強く握り、囁いた。
「リリィさん…私、怖いけど、リリィさんと一緒なら大丈夫。ユナさんを信じよう。」
私はセレナの金色の瞳を見つめ、頷いた。
「うん…セレナさん、一緒に乗り越えよう。」
――ー
その夜、セレナをアパートに招いた。カスミソウの鉢が月明かりに照らされ、虫の声が聞こえる。私はスケッチブックを開き、セレナの笑顔を描いた。彼女は私の肩に寄りかかり、囁いた。
「リリィさん…ユナさんたちが、クロノスを止めてくれるよね。私、リリィさんと一緒にいるから、強くなれるよ。」
私はセレナの金色の髪に触れ、微笑んだ。
「セレナさん…私も、君がいるから強いよ。ユナさんを信じて、クロノスに勝とう。」
私たちは抱き合い、絆を確かめた。ユナの調査は、クロノスの闇を暴きつつある。
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