襲撃と絆の試練

 

 八月初旬、桜ヶ丘女子高校は夏の暑さに包まれ、淡い水色のワンピースに衣替えした一年生たちが校庭を歩いていた、私は、リリウムことリリィ・フロスト。

 セレナ・フローレンスとの告白から一ヶ月と少し心は彼女の金色の笑顔で温かく満たされていた。

 温室でのスズランの世話、教室でのささやかな会話。

 それらが、戦場の冷たい記憶を溶かしてくれた。

 だが、転入生のエリカ・ミズキが現れてから、胸に暗い影が忍び寄る。彼女はクロノスの使徒として私の正体を知り、セレナを利用して心を抉った。

 ユナ・クロフォードにエリカの調査を依頼してから一週間、彼女の動きは静かだったが、戦場の勘が危険を告げていた。

 セレナを守りたい。なのに、エリカの影が、私たちの絆を切り裂こうとしている。

 

 ――ー

 

 エリカは、セレナと私を分断する長期的な策略を進めていた。彼女の甘い言葉は、セレナの心に微かな揺れを生み、私の嫉妬と不安を煽った。校舎裏での接触で、彼女は私の正体を暴き、「セレナがリリィの正体を知ったらどう思うかな?」と心を抉った。

 ユナはエリカの調査を開始し、転入記録や行動パターンを追っていたが、クロノスの使徒は狡猾で、明確な証拠はまだ掴めていなかった。

 エリカの策略は、時間をかけて私の精神を追い込み、セレナの心を完全に奪うものだった。

 

 しかし、クロノスの使徒の拠点では、ヴィクターの焦りが空気を重くしていた。

 廃工場を改装した会議室で、ガブリエルがエリカの報告を聞く中、ヴィクターはテーブルを叩いた。

 

「エリカのやり方は遅すぎる! リリウムを精神的に追い込む? そんな回りくどいことやってる暇はねえ! 俺が直接行って、リリウムを叩き潰す!」 

 

 ヴィクターの筋骨隆々な体が怒りに震え、ガブリエルは目を細めた。

 

「ヴィクター、軽率な行動はリズの失敗を繰り返す。エリカの策略は、リリウムの心を確実に崩す。焦るな。」 

 

 エリカは冷静に答えた。

 

「リーダーの言う通りよ。セレナの心はすでに揺れてる。リリウムは嫉妬と不安で弱ってる。あと少しで、彼女の精神は崩壊するわ。」 

 

 だが、ヴィクターは鼻を鳴らし、席を立った。

 

「もう待てねえ。リリウムを直接始末すれば、ユナの部隊も動きが読める。エリカ、お前の作戦は遅すぎるんだよ!」 

 

 ガブリエルの制止を無視し、ヴィクターは単独行動を決めた。

 エリカは唇を噛み、内心で狼狽した、彼女の計画は、時間をかけてリリィとセレナを分断し、ユナの部隊を誘い出すものだった。ヴィクターの乱暴な行動は、すべてを台無しにする危険があった。

 

 ――ー

 

 八月七日、放課後の桜ヶ丘女子高校は静かな時間を迎えていた。園芸部の活動を終え、私はセレナと温室でスズランの世話をしていた。

 彼女の金色の髪が夕陽に輝き、笑顔が心を温める。

 だが、彼女の瞳には、最近エリカの甘い言葉による曇りが宿る。

 私はそのことを話したかったけど、言葉が喉に詰まる。

 

 突然、校庭から爆音が響いた。ガラスが震え、温室の鉢が棚から落ちる。私はセレナを庇い、戦場の勘で身構えた。セレナの金色の瞳が驚きに揺れる。

 

「リリィさん、な、何!?」 

 

「セレナさん、隠れて! 危ない!」 

 

 私はセレナを温室の奥に押しやり、窓から校庭を見た。

 ヴィクターの巨体が、校門を破壊して校庭に立っていた、黒いコートに身を包み、金属製のナックルを装着した拳が夕陽に光る。クロノスの使徒。

 戦場の記憶がよみがえる。リズの冷たい笑み、血と硝煙の匂い、私はセレナの手を握り、囁いた。

 

「セレナさん、逃げて。ユナさんに連絡して! 私が時間を稼ぐ!」 

 

 セレナは震えながら頷き、スマホを取り出した。だが、ヴィクターの声が校庭に響く。

 

「リリウム! 出てこい! クロノスの使徒が、お前の命をいただく!」 

 

 生徒たちの悲鳴が校舎から聞こえる。私はセレナを奥に隠し、温室のドアを開けた。戦場で鍛えた身体が、自動的に動く。セレナを守るため、ヴィクターを食い止めなければ。

 

 校庭に飛び出すと、ヴィクターが迫る。彼の巨体は二メートル近く、筋肉がコートの下でうごめく。

 ナックルが夕陽に光り、殺意が空気を重くする、私は戦場の訓練を呼び起こし、身構えた。

 

「リリウム、逃げても無駄だ!」 

 

 ヴィクターの拳が空気を裂き、私の頭上をかすめる。私は地面を転がり、校庭の砂利を掴んで彼の目に投げつけた、彼が一瞬目を覆った隙に、ベンチの後ろに飛び込む。

 ヴィクターの拳がベンチを直撃し、木製の板が粉々に砕ける。破片が私の頬をかすめ、血が滲む。

 私は痛みを無視し、校庭の遊具に駆け寄った、鉄製のジャングルジムを盾にし、ヴィクターの動きを観察する。

 

「小賢しいガキめ!」 

 

 ヴィクターがジャングルジムに突進し、鉄パイプが歪む。

 私は横に飛び、彼の背後を取る。戦場で学んだ格闘術が、身体を動かす。

 私は彼の膝裏を狙い、低い蹴りを放った、だが、ヴィクターの巨体はびくともせず、逆に私の腕を掴んだ。

 

「終わりだ、リリウム!」 

 

 彼のナックルが私の腹に迫る。私は腕をひねり、関節技で抜け出す。

 だが、ヴィクターの力が圧倒的で、振り払われて地面に叩きつけられる。砂利が背中に食い込み、息が詰まる。

 私は歯を食いしばり、立ち上がった。セレナを守るため、戦わなければ。

 

 ヴィクターが再び突進し、私は校庭の旗竿に駆け寄る、竿を握り、回転しながら彼の顔に蹴りを放つ。

 ナックルが竿をかすめ、金属音が響く。

 私の足が彼の顎に当たり、一瞬よろけるが、すぐに体勢を整える。彼の拳が私の肩をかすめ、ワンピースの袖が裂ける。

 血が滲み、痛みが走る、私は息を切らし、距離を取った。

 

「しぶといな、リリウム! だが、お前の命、ここで終わる!」 

 

 ヴィクターが地面を蹴り、突進する。私は校庭の水飲み場に飛び込み、水道の蛇口をひねる。水が噴き出し、ヴィクターの視界を遮る。私はその隙に彼の背後に回り、首に腕を巻きつけた。

 

 だが、ヴィクターの力が強く、振り払われて校庭に叩きつけられる。視界が揺れ、セレナの笑顔が頭をよぎる、私は立ち上がり、叫んだ。

 

「セレナさんを守る…! あなたには、渡さない!」 

 

 ――ー

 

 

 同時刻、校舎裏で様子を窺っていたエリカは、ヴィクターの襲撃に顔を歪めた、茂みから校庭を見やり、舌打ちした。

 

「ヴィクターのバカ! 私の計画を台無しにする気!?」 

 

 エリカの長期的な策略は、リリィの精神を崩壊させ、セレナを完全に取り込むものだった。

 ヴィクターの行動は、ユナの部隊を刺激し、クロノスの拠点を暴露するリスクを高める、彼女は唇を噛み、すぐに頭を切り替えた。

 

「でも…この混乱、利用できる。セレナを人質にすれば、リリウムを完全に追い詰められる。」 

 

 エリカは温室に向かい、ドアを蹴破った。セレナは奥の棚に隠れ、息を殺していた。エリカの声が冷たく響く。

 

「セレナさん、出ておいで。リリィが大変なことになってるよ。私のそばにいれば、守ってあげる。」 

 

 セレナの金色の瞳が恐怖に揺れる。だが、彼女は幼い頃から修めた武術の教えを思い出した。

 父が教えてくれた空手と柔道、冷静な判断力。

 彼女は棚の陰からジョウロを手に取り、エリカに投げつけるとジョウロがエリカの肩に当たり、彼女が一瞬よろける。

 

「セレナ、逃げないで!」 

 

 エリカが追いかけるが、セレナは温室の道具を活用し、機転を利かせた、棚の植木鉢を倒して足止めし、窓から校舎裏に飛び出した。

 彼女の身体能力は、武術の鍛錬で培われたものだ。

 軽やかな動きで茂みを抜け、校舎の廊下に逃げ込む。エリカの足音が背後に迫る。セレナは心の中で叫んだ。

 

「リリィさん、助けて…! 私、待ってるから…!」 

 

 セレナは階段を駆け上がり、図書室に飛び込んだ。本棚の間に隠れ、息を整える。エリカの声が廊下に響く。

 

「セレナさん、隠れても無駄よ。リリィはヴィクターにやられる。私のそばに来れば、全部終わるよ。」 

 

 セレナは唇を噛み、図書室の窓から校庭を見た、リリィがヴィクターと戦っている。

 銀色の髪が夕陽に輝き、紫の瞳に決意が宿る、セレナの心は、リリィへの愛で満たされる。

 エリカの甘い言葉が、胸を揺らした。

 だが、リリィの不器用な笑顔が、彼女の心を強く支える。

 セレナは本棚の後ろで、じっとリリィの助けを待った。

 

 エリカが図書室のドアを開け、冷たい声で呼びかける。

 

「セレナさん、もう逃げられないよ。リリィはもうダメかもしれない。私のそばに来なよ。」 

 

 セレナは本棚の後ろから椅子を投げ、エリカの足を狙った。

 エリカがよろけた瞬間、セレナは別の出口から廊下に飛び出し、校舎の屋上に向かって走った。

 エリカの足音が追いかける。セレナは屋上の柵にたどり着き、息を切らしながら校庭を見下ろした。

 リリィがヴィクターと戦い続けている、彼女は心の中で叫んだ。

 

「リリィさん…! 早く…!」 

 

 ――ー

 

 

 校庭では、私がヴィクターと死闘を繰り広げていた。体力が限界に近づき、肩の傷が痛む。だが、セレナの笑顔が、私を支える。

 ヴィクターの拳が再び迫り、私は最後の力を振り絞ってかわした。

 ユナの部隊はまだ来ない。セレナがエリカから逃げていると思うと、焦りが胸を締め付ける、私は叫んだ。

 

「セレナさん、待ってて…! 絶対、守るから…!」 

 

 セレナは屋上で、柵にしがみつきながら私を見つめる。

 エリカの足音が近づく、彼女はまだ逃げ続け、助けを待つ。戦いはまだ終わらない。

 

 ――ー

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