心の告白と調査の始まり

 

 七月末、桜ヶ丘女子高校は夏の暑さに包まれ、衣替えで淡い水色のワンピースに変わった生徒たちが校庭を歩いていた。私は、リリィ・フロストことリリウム、一年生。

 セレナ・フローレンスとの告白から数週間、心は彼女の金色の笑顔で温かく満たされていた。温室でのスズランの世話、教室でのささやかな会話。

 それらが、戦場の冷たい記憶を溶かしてくれた、でも、転入生のエリカ・ミズキが現れてから、胸に暗い影が忍び寄る。

 彼女の甘い言葉がセレナの心を揺らし、校舎裏での接触で私の正体を暴き、セレナをネタに心を抉った。

 セレナを守りたいのに、彼女の笑顔が遠くなる恐怖と、エリカのクロノスの使徒としての影に、心が締め付けられる。

 

 ――ー

 

 その日、放課後、私はカウンセリングのためにユナ・クロフォードのオフィスを訪れた。

 ユナは私の保護者であり、クロノスの使徒から私を守る部隊のリーダーだ。

 彼女のオフィスは、桜ヶ丘の町外れにある小さなビルの中にあり、表向きは心理カウンセリングの相談室を装っている。

 白い壁に囲まれた部屋には、観葉植物と木製のデスクが置かれ、柔らかな陽光がカーテン越しに差し込む。

 私はソファに座り、ユナの落ち着いた視線を感じながら、淡い水色のワンピースの裾を握りしめた。

 

 ユナは、ショートカットの黒髪と鋭い灰色の瞳で私を見つめた。彼女の声は穏やかだが、いつも通り鋭い観察力が込められている。

 

「リリィ、今日はいつもと様子が違うね。なんか、元気がない。学校で何かあった?」 

 

 ユナの言葉に、胸がドキリとする、彼女は私の心の揺れを見抜く。

 戦場で育った私にとって、ユナは姉のような存在だ、クロノスの使徒から私を守り、桜ヶ丘での穏やかな生活を与えてくれた。

 なのに、今、セレナへの愛とエリカの脅威に、心が乱れている。目を伏せ、震える声で答えた。

 

「ユナさん…私、セレナさんのこと、ほんと…大好きです。でも、最近…エリカさんっていう転入生が…。」 

 

 言葉が途切れる。ユナは静かに頷き、ソファに身を乗り出した。

 

「エリカ? 新しい子か。リリィ、ゆっくりでいいから、ありのまま話してみて。何かあったんだろ?」 

 

 ユナの声は優しく、しかし力強い。私は深呼吸し、胸の奥の恐怖を吐き出した。

 

 ――ー

 

 

「エリカさん、一ヶ月前に転入してきたんです。セレナさんに…めっちゃ親しげに話しかけて、ピアノのこととか褒めて…。セレナさんの心、ちょっとエリカさんに揺れてる気がして…。私、セレナさんを失うのが怖くて…。」 

 

 声が震え、紫の瞳が潤む。ユナは黙って聞いている。私は拳を握り、続ける。

 

「昨日、校舎裏で…エリカさんが私に話しかけてきました。彼女、私の正体知ってるって…。リリィ・フロストが、ただの女子高生じゃなくて、ハンター計画の鍵だって。クロノスの使徒だって…自分で言いました。セレナさんが私の正体を知ったら、怖がるかもしれない、彼女の日常を壊すかもしれないって…。セレナさんがエリカさんに心を奪われてるって、わざと私を傷つけるみたいに…。」 

 

 涙がこぼれ、ワンピースの裾に落ちる。エリカの冷たい笑み、セレナの揺れる笑顔が頭をよぎる。ユナの瞳が鋭くなり、彼女はデスクに手を置いた。

 

「エリカが…クロノスの使徒だと? リリィ、よく話してくれた。セレナの心が揺れてるってのも、気になるな。エリカの目的は、お前を精神的に追い込むことだ。セレナを利用して、お前の心を揺さぶってるんだよ。」 

 

 ユナの声は冷静だが、怒りが滲む。私は目を上げ、震える声で尋ねた。

 

「ユナさん…エリカさん、ほんとにクロノスの使徒なんですか? セレナさんを…守りたい。彼女の笑顔、失いたくない…。」 

 

 ユナは立ち上がり、私の肩に手を置いた、彼女の灰色の瞳に、決意が宿る。

 

「リリィ、セレナは大事な存在だろ? 俺が守る。お前の心も、セレナも。エリカの正体、徹底的に調べる。クロノスの使徒なら、動きを封じる。リリィ、お前はセレナとちゃんと向き合え。自分の気持ち、ちゃんと伝えるんだ。」 

 

 ユナの言葉に、胸が少し軽くなる。でも、セレナの揺れる心、エリカの刃のような言葉が、頭から離れない。私は小さく頷き、涙を拭った。

 

「はい…ユナさん、ありがとう。セレナさんに…私の気持ち、ちゃんと話します。」 

 

 ――ー

 

 

 

 ユナはデスクに戻り、ノートパソコンを開いた。彼女の指がキーボードを素早く叩き、エリカ・ミズキの情報を検索し始めた。

 彼女は私に軽く微笑み、言った。

 

「エリカ・ミズキ、転入生のデータは学校から入手済みだ。表向きは完璧な経歴だけど、クロノスの使徒なら、必ず痕跡がある。リズの失敗以来、奴らは慎重になってる。エリカが単独で動いてるか、背後に誰かいるか、すぐ突き止める。」 

 

 ユナの声は力強い。私は彼女の動きを見つめ、戦場の記憶がよみがえる。ユナはいつも、私を守るために戦ってくれた。

 リズの捕縛、ハンター計画の阻止、彼女の部隊は、クロノスの使徒を追いつめてきた。

 なのに、エリカの影は、私の心を抉る、ユナは画面を見つめながら、続けた。

 

「リリィ、エリカがお前を追い込むためにセレナを利用してるなら、彼女の動きを監視する必要がある。学校での行動、誰と接触してるか、全部洗う。お前は、セレナと話すとき、正体のことには触れるな。まだ、エリカの目的がはっきりしない。セレナの心を揺さぶるのが、奴の狙いかもしれない。」 

 

 私は頷き、胸に手を当てた。セレナの笑顔を守りたい、エリカの言葉が、彼女の心を奪うかもしれないと思うと、息が苦しい。

 ユナは私の表情を見て、静かに言った。

 

「リリィ、セレナはお前の光だろ? その光、俺も守る。信じろ。」 

 

 ユナの言葉に、涙がこぼれそうになる。私は小さく微笑み、答えた。

 

「はい…ユナさん、信じます。セレナさん…守ってください。」 

 

 ――ー

 

 

 その夜、アパートの部屋に戻り、ベッドに横になった。

 カスミソウの鉢が月明かりに照らされ、虫の声が聞こえる。スケッチブックを開き、セレナの笑顔を描こうとしたけど、鉛筆が震える。エリカの言葉が頭をよぎる。

 

「セレナの心、私の方に傾いてる。」

「リリィの正体を知ったら、どう思うかな?」

 

 セレナの笑顔が、エリカに向けられているかもしれない。私の正体が、彼女を傷つけるかもしれない、胸が締め付けられ、涙がこぼれる。

 なのに、ユナの言葉が、胸に小さな希望を灯す。

 セレナと向き合う、私の気持ちを、ちゃんと伝える。

 エリカの影が、クロノスの使徒の罠だとしても、ユナが守ってくれる。

 セレナの笑顔は、私の光。私は彼女を守りたい。どんな恐怖にも、立ち向かう。

 

 ――ー

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