心を抉る刃

 

 セレナとアヤメが話をしているのと同じ頃

 

 その日、放課後の校舎裏、桜の木の下で、私は一人、夕陽を見つめていた。温室での園芸部の時間が終わった後、セレナがアヤメ先輩と話していると聞いて、胸のざわめきを落ち着けたかった。

 セレナの金色の瞳が、最近どこか曇っている。

 エリカの甘い言葉が、彼女の心を揺らしていると思うと、息が苦しい。

 スズランの香りが手に残り、セレナの笑顔が頭をよぎる。なのに、エリカの声が背後から聞こえた。

 

「リリィさん、一人? セレナさんと一緒じゃないなんて、珍しいね。」 

 

 背筋が冷える。振り返ると、エリカが立っていた。

 黒髪が夕陽に輝き、水色のワンピースがそよ風に揺れる。彼女の微笑みは柔らかく、女子高の親密な空気に溶け込んでいる。なのに、黒い瞳に冷たい光が宿る。私は小さく答えた。

 

「セレナさんは…アヤメ先輩と、話してます。」 

 

 声が震える。エリカは一歩近づき、桜の木に寄りかかった。彼女の微笑みが、鋭い刃のようになる。

 

「ふーん、セレナさん、最近ちょっと元気ないよね。リリィさんも、気づいてるでしょ? 彼女の心、私の方にだいぶ傾いてるよ。」 

 

 その言葉に、胸が締め付けられる。エリカの声は甘く、しかし冷たく響く。戦場の記憶がよみがえる。リズの冷たい笑み、クロノスの使徒の罠。私は拳を握り、震える声で答えた。

 

「セレナさんは…私の、大切な人です。あなたに…奪わせません。」 

 

 エリカはくすっと笑い、髪をかき上げた。彼女の瞳が、私をじっと見つめる。その瞬間、心臓が止まりそうになる。

 

「奪う? 私はただ、セレナの心に寄り添ってるだけだよ。彼女、音楽室で私のためにピアノ弾いてくれるんだ。『エリカさんと話してると、ドキドキする』って、彼女、言ってたよ。リリィさんのこと、愛してるって言ってるけど…私のそばにいると、もっと自由に輝けるって感じてるみたい。」 

 

 エリカの言葉が、刃のように心を切り裂く。セレナの心が、エリカに揺れている。

 

「ドキドキする」

 

 その言葉が、胸を抉る。

 セレナの笑顔が、私のものじゃなくなるかもしれない。涙がこぼれそうになり、拳を握りしめた。

 

「セレナさんは…私の光です。あなたに…渡しません。」 

 

 声が震え、紫の瞳が潤む。エリカは冷たく笑い、さらに近づいた。

 

「光、ね。リリィさん、ほんと可愛いね。でも、セレナの心、私の言葉にどんどん惹かれてるよ。彼女、私と一緒にいると、笑顔がもっと輝くんだ。リリィさんの不器用な愛も可愛いけど、セレナにはもっと大きな世界が似合うと思わない?」 

 

 エリカの言葉が、心を抉る、セレナの笑顔が、エリカのものになる。

 想像しただけで、息ができない、戦場では、敵の攻撃を予測し、冷静に対処した。

 なのに、今、セレナを失う恐怖に、心が乱れる。エリカはさらに続ける。

 

「ねえ、リリィさん、セレナに隠してることもあるよね? リリィ・フロスト、ただの女子高生じゃない。クロノスの使徒、ハンター計画の鍵。ユナ・クロフォードに守られてる、特別な存在。もし、セレナがリリィの正体を知ったら、どう思うかな? 戦場で育ったハンター、クロノスの使徒に狙われる存在。彼女の穏やかな日常、壊しちゃうよね。」 

 

 心が凍りつく。エリカは私の正体を知っている。

 クロノスの使徒。彼女の黒い瞳が、リズの冷たい笑みと重なる。セレナが私の正体を知ったら。

 彼女の笑顔が、恐怖に変わるかもしれない。

 戦場の記憶、血と硝煙の匂い、リズの冷酷な声。それらが、セレナの温もりを奪うかもしれない。

 涙がこぼれ、地面に落ちる。私は震える声で答えた。

 

「セレナさんに…そんなこと、させません。彼女を…守ります。」 

 

 エリカはくすっと笑い、桜の木から離れた。

 

「ふーん、頑張ってね、リリィさん。でも、セレナの心、どっちに傾くかな? 私の言葉、彼女の心にしっかり響いてるよ。リリィさんの正体、いつかバレちゃうかもね。楽しみだな。」 

 

 エリカはそう言い残し、夕陽の中に去っていった。彼女の背中が、クロノスの使徒の影と重なる、

 私は桜の木に寄りかかり、膝を抱えた。セレナの笑顔、エリカの甘い言葉、彼女の揺れる心。

 私の正体を知ったら、セレナはどう思うだろう、彼女を失う恐怖が、胸を締め付ける。戦場では、敵を倒せば良かった。

 なのに、今、敵は見えない。

 セレナを守りたい、なのに、心が揺れて、涙が止まらない。

 

 ――ー

 

 

 その夜、アパートの部屋に戻り、ベッドに横になった。カスミソウの鉢が月明かりに照らされ、虫の声が聞こえる。スケッチブックを開き、セレナの笑顔を描こうとしたけど、鉛筆が動かない、エリカの言葉が頭をよぎる。

 

「セレナの心、私の方に傾いてる。」「リリィの正体を知ったら、どう思うかな?」

 

 セレナの笑顔が、エリカに向けられているかもしれない。

 私の正体が、彼女を傷つけるかもしれない。胸が締め付けられ、涙がこぼれる。

 セレナは私の光。彼女を失うなんて、考えられない。

 恋愛小説のユキは、ハルカに気持ちを伝えて幸せになった…なのに、私の心は、セレナへの愛とエリカへの恐怖で揺れている。

 クロノスの使徒の影が、桜ヶ丘の平穏を侵す。

 私はセレナを守りたい、なのに、どうすればいいのか、わからない。

 

 ――ー

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