心の狭間で

 

 七月末、桜ヶ丘女子高校は夏の暑さに包まれていた。校庭の桜の木々は緑濃く揺れ、衣替えの時期を迎え、一年生たちのブレザーの制服が淡い水色のワンピースに変わった。涼やかなワンピースがそよ風に揺れる中、私は、セレナ・フローレンス、一年A組の教室で少し落ち着かない気持ちだった。

 リリィ・フロストとの告白から数週間、心は彼女の紫の瞳と不器用な笑顔で温かく満たされていた。

 温室でのスズランの世話、教室でのささやかな会話…それらが、私の心に穏やかな幸せをくれた。でも、転入生のエリカ・ミズキが現れてから、胸に微かなざわめきが生まれている。

 彼女の甘い言葉と親しげな笑顔が、私の心を揺らし始めていた、リリィを愛しているのに、なぜかエリカの存在が頭から離れない。

 

 ――ー

 

 エリカは、転入してから一ヶ月で一年A組に完全に溶け込んでいた。黒髪を肩まで伸ばし、水色のワンピースが彼女の知的な雰囲気を引き立てる。

 柔らかな笑顔と穏やかな物腰は、クラスメイトたちの信頼をすぐに勝ち取っていた。

 ミオやリナ、ユイとも気軽に話す彼女だけど、私には特別な親しみを示してくる。彼女の黒い瞳が私を見つめるたび、胸がドキリとする。

 リリィへの愛は本物なのに、エリカの言葉が、友情を超えた何かを感じさせる。まるで、私の心に新しい扉を開こうとしているみたい。

 

 ある日の昼休み、教室は女子生徒たちの笑い声で賑わっていた。

 私はミオ、リナ、ユイと教室の中央で話していたけど、心は少し上の空だった。リリィは窓際の席で、スケッチブックにスズランの絵を描いている。

 彼女の銀色の髪が陽光に輝き、紫の瞳が静かに揺れている。リリィの不器用な笑顔を思い出すと、胸が温かくなる。なのに、最近、彼女の視線がどこか寂しそうで、胸が締め付けられる。そんなとき、エリカが近づいてきた。

 

「セレナさん、ねえ、ちょっと時間いい? この前、音楽室で弾いてくれたピアノ、めっちゃ心に残ってるんだ。また一緒に弾かない?」 

 

 エリカの声は甘く、黒い瞳に温かな光が宿っている。私は驚いて振り返り、笑顔で答えた。

 

「え、ほんと? ありがとう! エリカさん、ピアノ好きなの? また弾くの、楽しそう!」 

 

 エリカは私の隣に座り、ワンピースの裾を整えながら微笑んだ。彼女の動きは自然で、女子高の親密な空気に溶け込んでいる。私はリリィをちらりと見た。彼女の紫の瞳がこちらを一瞬見つめ、すぐにスケッチブックに戻る。

 その視線に、胸がちくりと痛む、エリカがさらに身を寄せ、囁くように言った。

 

「セレナさんのピアノ、ほんと特別だよ。弾いてるときのセレナさん、なんかキラキラしてる。リリィさんとの時間も素敵だけど、セレナさん自身の魅力、もっと見たいな。私、セレナさんのこと、もっと知りたい。」 

 

 エリカの言葉は甘く、誘惑の色が滲む。彼女の黒い瞳が私をじっと見つめる。私は顔が熱くなり、髪を耳にかけた。

 

「え、うそ、エリカさん、めっちゃ褒めてくれるね。なんか、照れるよ。」 

 

 心がドキドキする、リリィの不器用な笑顔が、温室での告白の夜が、胸を温かくする。

 なのに、エリカの言葉は、別のドキドキを呼び起こす。

 友情? それとも、もっと別の何か? 頭がぐちゃぐちゃになる。

 リリィを愛しているのに、エリカの微笑みが、胸に新しい感情を芽生えさせる。私は笑顔でごまかしたけど、心は揺れていた。

 

 ――ー

 

 

 数日後、エリカに誘われて、放課後の音楽室に行った。静かな部屋で、ピアノの黒い鍵盤が夕陽に輝く。私はショパンのノクターンを弾き始めた。柔らかな音色が部屋に響き、エリカは私の隣でじっと聴いている。

 演奏を終えると、彼女がそっと拍手した。

 

「セレナさん、ほんとすごいよ。この音色、なんか心の奥まで届く。セレナさんの音楽には、特別な魔法があるね。」 

 

 エリカの声は甘く、彼女の黒い瞳が私を捉える。私は照れくさそうに笑い、鍵盤を見つめた。

 

「え、ありがとう。エリカさんにそう言われると、なんか自信出てくるよ。」 

 

 エリカは私の手をそっと握り、微笑んだ。彼女の指の温もりが、胸をドキリとさせる。

 

「セレナさん、ほんと魅力的だよ。ピアノも、笑顔も、全部。リリィさんとの時間も素敵だけど、セレナさん自身の輝き、もっとみんなに知ってほしい。私、セレナさんと一緒にいると、なんか心がドキドキするよ。」 

 

 エリカの言葉は、女子高の親密な空気に溶け込みながら、誘惑の色を帯びる。私は顔を赤らめ、戸惑いながら笑った。

 

「え、エリカさん、詩人みたい! ありがとう、なんか…嬉しいな。」 

 

 心が揺れる、リリィの紫の瞳、温室での告白、彼女の震える声。それらが、私の心を満たしている。

 なのに、エリカの甘い言葉は、友情を超えた何かを感じさせる。リリィを愛しているのに、エリカの微笑みが、胸に新しいドキドキを生む。

 頭がぐちゃぐちゃで、ピアノの鍵盤を見つめた。リリィを傷つけたくない。なのに、エリカの言葉が、胸をざわつかせていた。

 

 ――ー

 

 

 その夜、部屋で一人、ベッドに横になった。月明かりが金色の髪を照らし、窓から虫の声が聞こえる。

 リリィの不器用な笑顔を思い出すと、胸が温かくなる。

 温室での告白、彼女の震える声、「大好き」と言ってくれた瞬間。それらが、私の心を支えている。なのに、エリカの言葉が頭をよぎる。

 

「セレナさんの笑顔、ピアノの音色、全部が物語みたい。」「一緒にいると、心がドキドキする。」

 

 エリカの微笑みは、友情なのか、別の何かか、わからない。

 リリィを愛しているのに、エリカの存在が、胸に微かな動揺をもたらす、私は枕を抱きしめ、目を閉じた。リリィを傷つけたくない。

 

 なのに、心がぐちゃぐちゃで、涙がこぼれそうになる。

 

 ――ー

 

 翌日、園芸部の温室で、私の様子がおかしいことに、三年生のアヤメ先輩が気づいた。スズランに水をやる私の手はぎこちなく、いつもより動きが鈍い。リリィはジョウロを手に、黙々とミントに水をやっている。

 彼女の紫の瞳が、どこか寂しそうで、胸が締め付けられる。アヤメ先輩が静かな声で話しかけてきた。

 

「セレナ、なんか元気ないね。リリィも、最近静かだし…何かあった?」 

 

 アヤメ先輩の声は穏やかだけど、鋭い観察力が込められている、私はハッと顔を上げ、慌てて笑顔を作った。

 

「え、ううん、大丈夫だよ! ただ、ちょっと…考え事してて。」 

 

 声が震える。リリィをちらりと見ると、彼女はジョウロを握りしめ、目を伏せている。

 胸がちくりと痛む。アヤメ先輩はリリィをちらりと見て、私に続けた。

 

「セレナ、一人で抱え込むタイプじゃないでしょ。リリィも心配してるよ。話したいことがあれば、いつでも聞いてあげるから。」 

 

 アヤメ先輩の言葉に、瞳が潤む。スズランの鉢を見つめ、小さく呟いた。

 

「ありがとう、アヤメ先輩…。私、リリィさんのこと、ほんと大好きなんだけど…最近、なんか心がぐちゃぐちゃで…。エリカさんが、めっちゃ優しくて、ピアノのこととか褒めてくれるんだけど…リリィさんのこと、傷つけたくなくて…。」 

 

 言葉が震え、涙がこぼれそうになる、アヤメ先輩は私の肩を軽く叩き、穏やかに言った。

 

「セレナ、自分の心とちゃんと向き合いな。リリィは、セレナのこと、ほんと大事にしてるよ。エリカのことが気になるなら、それが友情か、別の何かか、ちゃんと見極めて。リリィを傷つけたくないなら、ちゃんと話すことだよ。」 

 

 アヤメ先輩の言葉に、小さく頷いた。リリィの紫の瞳が、遠くで揺れている。

 彼女を愛している、なのに、エリカの甘い言葉が、胸をざわつかせている。どうすればいいのか、わからない。

 

 ――ー

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