揺れる心の影
七月の初旬、桜ヶ丘女子高校は夏の陽光に輝いていた。
校庭の桜の木々が緑濃く揺れ、セーラー服の生徒たちがそよ風に涼む。
私は、セレナ・フローレンスと告白し合った日から、心は温かな光で満たされていた。
温室でのスズランの世話、教室でのささやかな会話、彼女の金色の笑顔。
それらが、私の戦場の冷たい記憶を溶かしてくれた。
でも、転入生のエリカ・ミズキが現れてから、心に暗い影が忍び寄っている。
彼女の微笑みは柔らかく、親しみやすいのに、なぜか胸がざわつく。
まるで、クロノスの使徒の匂いがするような…。
――ー
昼休み、教室は女子生徒たちの笑い声で賑わっていた。
私は窓際の席で、園芸部のスケッチブックにスズランの絵を描いていた。
銀色の髪が陽光に反射し、紫の瞳はスケッチブックに集中しているふりをしていた。
でも、本当はセレナのことばかり考えていた。
彼女の金色の髪、温室での笑顔、告白の夜に握った手の温もり。
あの夜、セレナが「大好き」と言ってくれた瞬間、胸が熱くなって、涙が止まらなかった。
恋なんて、戦場では知らなかった感情。
セレナが教えてくれた光なのに、今、なぜかその光が揺れている。
セレナは教室の中央で、ミオやリナ、ユイと楽しげに話していた。彼女の笑顔は、教室を明るく照らす。
いつもなら、その笑顔に心が落ち着くのに、今日はエリカがそばにいる。
エリカの黒髪は肩まで伸び、清楚なセーラー服が彼女の知的な雰囲気を引き立てる。
彼女がセレナに話しかける瞬間、心臓がドキリと高鳴った。
「セレナさん、ねえ、ちょっと相談したいんだけど、いいかな?」
エリカの声は甘く、まるで蜂蜜のよう。
彼女の黒い瞳がセレナを見つめる。
セレナは驚いたように振り返り、すぐに笑顔で答えた。
「うん、もちろん! エリカさん、なんか用?」
その笑顔は、私に向けられるものと同じ。なのに、エリカに見せるセレナの笑顔に、胸が締め付けられる。
エリカがセレナの隣に座り、肩を寄せる。
彼女の動きは自然で、女子高の親密な空気に溶け込んでいる。
でも、私の心はざわついた。
戦場で鍛えた勘が、彼女の微笑みに何か隠れていると囁く。
リズの冷たい笑みが頭をよぎり、指先が震えた。スケッチブックに描いたスズランの線が、ぐちゃぐちゃになる。
「実は、音楽に興味があって…セレナさんのピアノ、めっちゃ上手だって聞いたよ。コンテストで賞取ったんだよね? どんな曲弾くの?」
エリカの声は興味深そうで、彼女の瞳がセレナをじっと見つめる。
セレナは照れくさそうに笑い、髪を耳にかけ、彼女の金色の瞳が輝く。
「え、うそ、誰から聞いたの? コンテストは、まあ、特別賞だっただけだけど…。ショパンのノクターンとか、クラシックが好きかな。」
その笑顔は、私が大好きなセレナの笑顔。なのに、エリカに向けられていると思うと、胸の奥が熱く、冷たく疼く。
エリカがさらに身を乗り出し、微笑む。
「ショパン! めっちゃロマンチックだね。セレナさんの演奏、聞いてみたいな。ねえ、いつか弾いてくれる?」
エリカの言葉は軽やかだけど、どこか甘すぎる。セレナは少し顔を赤らめ、笑顔で答えた。
「う、うん、機会があったらね! 温室で弾くこともあるから、エリカさんも来る?」
温室
私とセレナの特別な場所。そこにエリカが来るなんて、想像しただけで胸が苦しくなる。
鉛筆を握る手が震え、スケッチブックを閉じた。セレナがエリカに笑顔を向けるたび、心に暗い影が落ちる。
戦場では、敵の動きを察知するために心を閉ざした。なのに、今、セレナへの思いが心を乱す。
嫉妬。恋愛小説で読んだ言葉が、初めて実感として胸を刺した。
ミオが私の様子に気づき、隣に座って囁いた。
「リリィ、なんか顔暗いよ? エリカとセレナが話してるの、気になる?」
ミオのからかう声に、慌てて首を振った。
紫の瞳が揺れ、声が小さくなる。
「ち、違います…ただ、絵が…。」
言葉が途切れる。ミオはニヤリと笑い、肩を軽く叩いた。
「ふーん、でもさ、リリィ、セレナのこと大好きでしょ? エリカ、なんか積極的だから、ちょっと気をつけた方がいいかもね~。」
ミオの言葉に、心がさらにざわつく。セレナをちらりと見ると、彼女はエリカと楽しげに話している。
エリカの親しげな笑顔に、胸が締め付けられる。
女子高の親密な空気は、友情の延長だ。
でも、エリカの微笑みには、どこか計算されたような甘さが漂っている気がした。
戦場の記憶がよみがえる。
リズの冷たい笑み、クロノスの使徒の罠。
エリカは違う、ただの転入生だ。そう自分に言い聞かせるけど、不安が消えない。
――ー
放課後、園芸部の温室に私、セレナ、エリカの三人が集まった。
スズランとミントの香りが漂い、夕陽がガラス越しに柔らかな光を投げかける。いつもなら、セレナと二人で過ごす温室は心の安らぎの場所。でも、今日はエリカの存在が空気を重くする。
私はジョウロを手に、スズランに水をやりながら、セレナをちらりと見る。
彼女の金色の髪が夕陽に輝き、笑顔が温かい。なのに、エリカがそばにいると思うと、胸が苦しい。
エリカがセレナに話しかけた。
彼女の声は柔らかく、計算された親しみが込められている。
「セレナさん、温室ってほんと落ち着くね。こんな素敵な場所で、いつもリリィさんと一緒にいるんだ? なんか、めっちゃ特別な時間って感じ。」
セレナは笑顔で頷き、ミントの葉を指でなぞった。
「うん、リリィさんと一緒に花を育てると、なんか心がほっとするんだ。リリィさん、めっちゃ真剣に世話するから、かわいいんだよね。」
その言葉に、心がドキリと高鳴る。セレナの笑顔が、私を温かく包む。
告白の夜、彼女が「大好き」と言ってくれた瞬間がよみがえる。
でも、エリカが身を寄せ、セレナの肩に軽く触れた。
「へえ、セレナさんって、ほんと優しいね。リリィさんのこと、めっちゃ大事にしてる感じ。なんか、セレナさんの笑顔見てると、こっちまで幸せな気分になるよ。」
エリカの声は甘く、彼女の微笑みが誘惑の色を帯びる。
彼女がセレナの金色の髪にそっと触れ、軽くからかうように笑った。
「セレナさんの髪、めっちゃきれいだね。ピアノ弾くとき、こんな髪が揺れてたら、めっちゃ絵になるだろうな。」
セレナは照れくさそうに笑い、髪を耳にかけた。
「え、うそ、ありがとう! エリカさん、なんか褒め上手だね。」
セレナの無垢な笑顔に、心が締め付けられる。ジョウロを持つ手が震え、水がスズランの鉢から溢れた。
セレナの笑顔は、私のものだった。
なのに、エリカに向けられるその笑顔に、胸が熱く、苦しくなる。戦場では、敵の攻撃を予測し、冷静に対処した。
なのに、今、セレナの笑顔が他の誰かに向けられるのを見ると、心が乱れる。嫉妬。恋愛小説で読んだ言葉が、胸を刺す。
「リリィさん、大丈夫? なんか、静かだね。」
セレナの声に、ハッと顔を上げる。彼女の金色の瞳が心配そうに私を見つめ、心が少し落ち着く。でも、エリカがすかさず口を挟んだ。
「リリィさん、めっちゃ真剣にスズラン見てたね。セレナさんと一緒に育ててるの、ほんと素敵だよ。ねえ、二人って、ほんと仲良いよね。なんか、特別な絆って感じ?」
エリカの言葉は軽やかだけど、黒い瞳に冷たい光が宿る気がした。
心がざわつき、セレナへの思いが熱くなる。
私は小さく答えた。
「セレナさんは…大切、です。」
声が震え、紫の瞳が揺れる。
セレナは私の言葉に顔を赤らめ、微笑んだ、その笑顔に、心が温かくなる。
でも、エリカの存在が、温室の空気を重くする。彼女の微笑みは、クロノスの使徒の罠を思い出す。
セレナを守りたい。彼女の笑顔を、誰にも渡したくない…なのに、エリカの親しげな態度に、心が揺れる。
戦場では、敵を倒せば良かった。
だけど、今、敵は見えない。エリカはただの転入生なのか、それとも…。
――ー
その夜、アパートの部屋に戻り、ベッドに横になった。カスミソウの鉢が月明かりに照らされ、虫の声が聞こえる。
スケッチブックを開き、セレナの笑顔を描こうとしたけど、鉛筆が動かない。
エリカの甘い声、セレナの無垢な笑顔が頭をよぎる。胸が締め付けられ、涙がこぼれた。
セレナは私の光。彼女を失うなんて、考えられない。
恋愛小説のユキは、ハルカに気持ちを伝えて幸せになった。
だけど、私の心は、セレナへの愛とエリカへの不安で揺れている。
エリカは、クロノスの使徒かもしれない。そんな考えが、頭を離れない。
セレナを守りたい。なのに、どうすればいいのか、わからない。
――ー
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