【第2話】忘れられた村と、はじまりの夜
「……ん、くぅ……」
軋むベッドの上で、少女がうっすらと目を開けた。
「目を覚ましたか。よかった……!」
俺はすぐに駆け寄る。彼女は細く儚い身体に、淡い光をまとう羽を背に宿していた。間違いない。妖精族――森に住むとされる、希少な種族だ。
「ここは……」
「森の奥にあるアトリエ村という場所だよ。君は井戸のそばで倒れていた。ひどい怪我だった」
「……助けてくれたの?」
頷くと、少女は小さく「ありがとう」と言ってから、再び瞼を閉じた。
──それが、俺とフィリアの最初の会話だった。
翌朝、俺は村の掃除をしていた。土に埋もれていた井戸を掘り出し、木の根に絡まった畑を整地し、倒れた柵を直す。
昔の俺なら手もつけなかった作業だが、不思議と苦ではなかった。自分の手で、少しずつ“住める場所”を創っているという実感があった。
そんな作業の合間に、少女が目を覚ました。
「名前……聞いてなかったな」
「フィリア。私はフィリアって言うの」
「俺はレイ。レイ・フォルティア。よろしくな、フィリア」
ぎこちない挨拶に、彼女は笑みを浮かべた。
「……レイって、不思議な人だね。こんな廃村で一人で暮らしてるなんて」
「お前も、そうだろ? なんで森から出てきた?」
フィリアは少しうつむいた。
「……“森の掟”に逆らったの。私は外の世界に興味があって、森の外に出たいって言ったら、追放されたの」
「追放、か……」
その言葉に、胸がちくりと痛んだ。
「俺も、冒険者パーティから追放されたばかりだ」
「えっ?」
「戦えないからってな。俺、錬金術師なんだよ」
するとフィリアは少しだけ驚いた顔をして、それから頷いた。
「……似てるね、私たち」
「そうかもな」
フィリアの表情が、少しだけ柔らかくなった気がした。
それから、彼女は俺の生活を手伝うようになった。体力はないが、植物の知識や、風の流れを読む力に長けていた。やはり妖精族は自然と共に生きる種族だ。
ある日、彼女は土に埋もれていた古い水晶を見つけた。それを俺の工房に持ってきて言う。
「これ、レイの道具になるかも」
「……これは精霊石の欠片だな。うまく加工すれば、魔力を蓄える触媒になるかもしれない」
「使えるの?」
「ああ、使える」
俺は久しぶりに“錬金術師”としての自分を思い出していた。
その夜、焚き火の前でフィリアがぽつりと言った。
「レイってさ、強いね」
「は?」
「自分の力で、何かを創れる人って……本当はすごく強いと思う」
「……ありがとな」
その言葉は、パーティから追放され、自信をなくしていた俺の心に深く染み込んだ。
その時、風がざわめき、森の奥から不穏な気配がした。
「誰か……来るかもしれない」
「私を追ってる人たちかも」
俺はすぐに立ち上がり、工具箱を開いた。
「家の奥に隠れてろ。大丈夫。迎え撃つ準備は、もうできてる」
錬金術師は戦士じゃない。
だが、俺には“作る力”がある。
この村で、初めてその力を使う時が来たのだ。
フィリアを家の奥に避難させると、俺は道具袋を肩にかけて村の入り口へ向かった。
夜の森は静かで、虫の鳴き声すら止んでいる。そんな中で、確かに足音が響いた。二人、いや三人。装備の音、足取りから見て、腕に覚えのある連中だ。
「いたぞ、この先に光が見える!」
「マジかよ、誰がこんな場所に住んでるんだ……。まさか妖精の女がまだ生きてるとはな」
聞こえてくる会話。やはり、フィリアを追ってきた連中だ。
「警告する。これ以上近づいたら、容赦しない」
俺の声に彼らは一瞬止まるも、次には笑い声が返ってきた。
「なんだ、坊主ひとりか。ビビらせやがって。殺しはしねえよ。ただ、商品を回収させてもらうだけさ」
「だったら、これはどうだ」
俺は懐から閃光瓶を取り出し、足元へと投げた。直後、眩い閃光が夜を裂き、悲鳴が上がる。
「ぐわっ、目が、目がぁ!」
その隙に、俺はあらかじめ仕掛けていた煙幕の薬草を燃やし、視界を奪う。混乱した連中は罠にかかり、足元を取られて倒れた。
「くそっ……こいつ、ただの村人じゃねぇ!」
「俺は、錬金術師だ」
視界が戻った頃には、俺はすでに火打石を手に、もう一つの瓶――火薬入りの爆瓶を構えていた。
「これ以上、踏み込むつもりなら、本当に燃えるぞ。村も、お前らもな」
男たちはしばらく睨みつけてきたが、やがて舌打ちし、退いていった。
「覚えてろよ……!」
「二度と来るな」
森の奥にその姿が消えたのを確認して、俺は深く息を吐いた。
◆ ◆ ◆
「行ったようだ」
「……ほんとに、追い払ったんだね」
フィリアが不安げに顔を覗かせた。
「ああ、これも全部、錬金術のおかげだ」
「ありがとう、レイ。怖かったけど……安心できた」
彼女が俺の袖を握る。
この手を、もう二度と離させない。そう思った。
「もう大丈夫だよ。ここは、君の居場所にもなる。俺が、そうする」
焚き火がぱちぱちと音を立て、夜の静寂の中で小さく燃えていた。
それは、ふたりの再出発の灯火のように見えた。
翌朝、村に朝日が差し込むと、フィリアは小さな声で言った。
「昨日のこと、本当にありがとう」
「礼には及ばない。俺は、自分の村を守っただけだ」
「それでも、私を守ってくれた。私……、誰にも必要とされない存在だと思ってた」
「それは違う」
俺は畑に向かいながら言う。
「この村には、人も資源も何もない。でも、お前がいるだけで、俺は昨日よりもずっと前向きになれたんだ」
フィリアは目を丸くしていたが、すぐに少しだけ涙を浮かべて笑った。
「じゃあ、私もこの村で、何かできることを探してみるよ」
「それがいい」
俺は笑いながら、スコップを手に畑を耕し始めた。隣ではフィリアが枯れ草を集め、畝を整えていく。
ささやかな始まりだ。だけど、確かに今、村が少しずつ“生きて”きているのが分かる。
この村で生きていく。錬金術師として、もう一度自分の価値を証明する。
そして、フィリアと共に、ここを誰にも奪われない場所にする。
それが、俺の決意だった。
──村の再建と、新たな絆の物語は、まだ始まったばかりだ。
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