【第3話】「新たな仲間と古の巻物」



「なあ、レイ。村って、他に誰もいないの?」


 朝食を終えた後、フィリアが俺に問いかけてきた。


「今のところはな。地図にも載ってないし、人の気配もない」


「だったら……この村を、私たちで生き返らせることって、できるかな?」


 その言葉に、俺は一瞬驚いた。だが、同時に胸の奥がじんわりと熱くなった。


「できるさ。俺たち二人じゃ足りないかもしれないけど、少しずつなら」


「じゃあ、手伝うね。私、薬草や木の実の見分けには自信があるの」


 彼女の目は真剣だった。


「よし、まずは村の周辺の探索だな。まだ使えそうな施設があるかもしれない」


 そう言って、俺たちは朝の光の中、村の外れへと歩き出した。


 村の東側には、かつて倉庫だったらしい木造の建物があった。扉は外れ、屋根も半分崩れていたが、内部には棚や古い工具がそのまま残されていた。


「ここ、使えそうだな……補修すれば倉庫兼作業場になるかもしれない」


「私、この辺りで薬草が育ちやすい場所も知ってるよ。畑じゃなくて、半野生のままでも十分育つ種類もあるの」


「それは助かる。じゃあ、まずはこの倉庫を拠点に改修してみよう」


 木の板を打ち直し、崩れた梁を支える。簡易的な補修だが、錬金術で作った粘着薬で接合すれば、数日は持ちこたえるだろう。


 作業の合間、フィリアは落ち葉の中から、古びた木箱を見つけて持ってきた。


「これ、中に何か入ってるよ」


 開けてみると、そこには封印された古い巻物が数本。見たことのない文字で記されているが、魔力を帯びた気配があった。


「これは……古代錬金術のレシピかもしれない」


「そんなに貴重なものなの?」


「正確にはわからない。でも、内容が解析できれば、今までにない道具が作れるかも」


 倉庫の中で一つ、また一つと発見が続き、俺たちの村に希望の光が差し込み始めていた。


 夕方、作業を終えた俺たちは、倉庫の前に腰を下ろして一息ついた。


「ねえレイ、この村が本当に人で賑わうようになると思う?」


「今は信じられなくても、やるしかないさ。ここは俺たちの“居場所”なんだから」


「うん……なんか、私もそんな気がしてきたよ」


 穏やかな時間だった。日が落ち、空が茜色に染まる中、どこか懐かしいぬくもりが胸を包んでいた。


 その時――遠くから、鈴のような音が聞こえてきた。


「……ん? 今、何か聞こえたか?」


「うん、チリンって……鐘の音?」


 二人で顔を見合わせる。音のする方角は、村の入り口だった。


 俺たちは急いでその場を離れ、村の門の方へ向かった。するとそこには、旅装束をまとった女性が一人、立っていた。


「こんにちは……ここは、アトリエ村で間違いありませんか?」


「そうですが……あなたは?」


「私はマリアンヌ。旅の学者です。この村に、かつて錬金術師の集落があったと聞き、調査に来ました」


「……錬金術師?」


「はい。私が探しているのは、“失われた方程式”と呼ばれる文献で、それがこの村に存在していた可能性が高いのです」


 突然の訪問者。だが、彼女の目は本物の探求者のものだった。


 フィリアがそっと俺の袖を引っ張った。


「ねえ、もしかして……この村に、人が戻ってくる兆しかもしれないね」


「ああ、そうかもしれない」


 俺たちは顔を見合わせ、少しだけ笑い合った。


 村の再建は、まだ始まったばかり。


 けれど、新しい出会いが、それを確かなものに変えてくれる――そう思えた。


 マリアンヌは落ち着いた口調で続けた。


「錬金術師たちは百年前、この地で“理想の村”を作ろうとしていたと記録されています。自然と調和し、魔力に頼りすぎず、人と人とが助け合う村を」


「……まさに、今の俺たちが目指してる場所だな」


「そう。もし本当に再建を目指しているなら、私にも手伝わせてください。文献を探しながらでも構いませんから」


 その申し出に、俺は即答できなかった。けれど――フィリアが俺の背を押すように言った。


「いい人だと思う。それに、ひとりでも仲間が増えるのは嬉しいことだよね?」


「……ああ。ありがとう、マリアンヌ。こちらこそ、力を貸してくれるなら歓迎するよ」


 そうして、村に新しい仲間が加わった。


 その夜、三人で焚き火を囲んでささやかな夕食をとった。フィリアは薬草のスープを用意し、俺は保存食の干し肉を炙った。


 マリアンヌは手帳を開いて、昔の文献の走り書きを見せてくれた。


「この“創生の方程式”という記述……おそらく、古代の錬金術理論だと思います。もしそれが復元できれば、村の復興にも役立つはず」


「なら、探してみよう。俺も読み解くのを手伝うよ」


「ありがとう、レイ」


 それぞれが、やるべきことを見つけ始めていた。


 廃村だったこの地に、光が戻りつつある。


 人と人とが支え合い、希望を繋ぎ、小さな奇跡を積み上げていく。


 アトリエ村の物語は、少しずつ、その輪郭を取り戻していくのだった。


 翌朝、村の空気はどこか新鮮に感じられた。


 フィリアは朝露を集め、薬草の手入れをしている。マリアンヌは地図を広げ、村の地形と古文書の記述を照らし合わせていた。


 そして俺は、倉庫の奥で錬金道具の整理をしていた。昨日見つけた古代レシピの巻物が、やはり気になっていたのだ。


「この“重力瓶”……もし本当に作れたら、荷物の運搬が格段に楽になるな」


 古代錬金術は夢のような発明ばかりだ。しかしその多くは危険と隣り合わせでもある。


「慎重にいこう」


 そう呟いたとき、フィリアの声が外から響いた。


「レイー! 新しい芽が出てるよ!」


「おお、やったな!」


 畑の端には、小さな緑の芽が顔を出していた。それは、俺たちが昨日植えた薬草の種だった。


「ちゃんと根付いたんだな」


「うん、この土地、思ってたよりずっと生命力があるみたい」


「なら、俺たちも負けてられないな」


 マリアンヌもそばに来て、微笑んだ。


「この村、きっと面白くなりますよ」


「だといいな」


 アトリエ村に新たな日々が始まった。


 かつて追放された錬金術師だった俺は、今、ここで誰かと共に生きている。


 それが、何よりの誇りだった。

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