CASE 5 いのちの音色

 ──真夜中、都内某所の路地裏は、梅雨明け間近ということもあって茹でるような湿気に満たされていた。街灯はなく、建物の隙間から差し込む月明りだけが狭い交差点を淡く照らしている。

 そして、そこにガラの悪い中年男性がひとり──「てめぇ、女だからって容赦しねぇぞ!」

 語気の強さに負けない目のギラつき。手には使い古されたナイフ。その台詞が“はったり”ではないという気配を醸している。

 対して、それを受けとめるのは──“暗がり”だった。

 なにかが立っている気配はある。しかし、灯りがないので姿は確認できない。ただ、男からは見えているようだった。

「なめやがってよ! てめぇのせいで俺のシノギはパアだ。なんだ、正義の味方のつもりか? あ?」

 “暗がり”からの返答はない。まるで、それが暗に『正義ではない』と言っているようだった。

「まあいい。どのみち、シャブの製造を知られたからには殺さなきゃならねえからな」

 男が、“暗がり”へにじり寄る。

 すると、そこから人影が──月明りが、その姿を映し出す──

 それはまるで、夜の闇と相反するかのような、色の白い女だった。

 歳は18、9あたりだろうか、顔は──猫に似ている。小柄で華奢な体にナイロン製のジャケットを羽織り、下は「見せてやる」と言わんばかりのミニスカート。そこからほっそりとした脚がストンと伸び、足元を飾る黒い厚底ブーツが老朽化した路面をコツンと鳴らす。

 その無造作な足運びが、あまりにもこの状況に似つかわしくなかった。

「ち、本当にてめぇが“噂”の正体なのかよ……こうやって目の前にしても信じられねえな。なんで東京の奴等は、お前みたいな女を恐れてんだ? 俺が預りで世話になってるとこの組員も、お前には手を出すなって言ってやがったが……」

 この問いを無視するように、女は空を見上げた。

「多分、もうすぐ雨っちゃね。はよ帰らんと」

「はっ、帰れると思ってんのか!」

 男が勢いよく地面を蹴る。ナイフは振りかぶらない。手の位置はそのまま──明らかに人を刺し慣れた動きだった。

 刃が、女の腹を目掛けて鋭く奔る。しかし、まるでそうくることが分かっていたみたいに女は体を斜に、最小の動きでナイフを躱した。しかも、同時に右拳で男の腹部を突いていた。

 双方の体格は、ひとまわり以上は違う。言ってしまえば大人と子供である。当然、子供に殴られたところで、どうということはない。ましてや男は、暴力を加えるのも、加えられるのも慣れていた。こんなパンチは、蚊に刺されるようなもの──のはずだった。

 男は、その場に崩れ落ち悶絶した。口の端からは泡を吹き、体を小刻みに左右へ揺らす。少しでもこの苦しみを外へ逃がしたいという本能だった。

 女の拳をくらった瞬間、そこに拳の感触はなかった。

 あったのは、冷たさと、まるで日本刀でぶった斬られたかのような感覚。

「ゆ……るさねぇ……田中れい……な……てめ……は……絶対に……俺が……殺す。ひとつ……あて……がある……ひとつ……」

 男が、息も絶え絶えでに顔だけを女へ向ける。

 すると、女──田中れいなは「待っとうよ」と言って倒れている男を跨いだ。

 コツン、コツン、と足音が遠ざかっていく──

 小気味のいいリズムを刻みながら──


 馬鹿みたいな男を殴り倒し、表通りに出たれいなは、ふと空を見上げた。

「あー、雨ふらんかも」

 彼女の視界には、生まれた時から普通の人には見えないモノが見えていた。れいな自身、幼い頃はそれがなんなのか分からなかった。ただ、自分以外に見えていないことだけはわかった。だから、彼女なりに、それがなんなのか確かめる必要があった。

 触れて、嗅いで、聴いて、舐めて、考えて、色々試した──結果、それは音……いや、振動なのだとわかった。

 そう、彼女は生まれつき振動を可視化することが出来たのだ。

 先ほど馬鹿な男を圧倒したのも、それに起因する。

 人間なんていうのは、言ってしまえば音の塊だ。

 そして、音は振動──れいなの目には男がどういう動きをしてくるのかが、手に取るようにわかった。

 いつだって大体わかる。相手の動きも、壊し方も。

 人間は整っていない。必ずどこかに不協和音──振動の歪が存在する。それは、その人自身も認識していない生理的弱点。

 そこに力を加えれば、人は倒れる。いつだってそうだった。

 だから、彼女は生まれてこのかた、暴力で負けたことがない。

 当然、最初はそんな彼女を疎ましく思った人間が、ちょっかいをかけてくることも多かった。でも、負けなかった。結果的に、誰かを助けることもあれば、誰かを支配することもあった。でも、別に助けるつもりもない、支配するつもりもない、だけど自然と彼女は闘争の渦中にいた。そして、あらゆる暴力を暴力でねじ伏せた結果──彼女の周りには人が寄りつかなくなっていた。

 敵も味方もいない。完全孤立無縁、無敵の単独機。残ったものといえば『全殺しのれいな』『暴力の擬人化』といった嬉しくもなんともない異名だけ。

 そういう意味では、今さら自分に殺意を向けてきたあの馬鹿な男には、少しくらい感謝をしてもいいのかもしれない。

 まだ自分に構ってくれる人間がいる。ひとりではないという証明になったのだから。

 

 数日後、表通りを歩いていたれいなが、ふと向かいの通りに目を向けた。

 自分と同年代、もしくはもっと若い少女達が立っている。

 所謂『立ちんぼ』というやつだ。最近は如実に増えている気がする。

 別にそれを否定するつもりはない。そうまでして金がほしいのなら、勝手にすればいい。ただ、それ相応のリスクは覚悟しなければならない。

 あそこに立っている少女達には、それがあるようには見えなかった。

 れいなは足を止め、つまらなそうに彼女達を眺める。すると、立ちんぼをしている少女のひとりと目が合った。彼女は一瞬こちらを訝しむよう見てから、ハッとしたように駆け寄ってきた。

「あの、田中れいなさんですよね?」

「なん? そうっちゃけど」

 れいなは再び歩き出した。

 その後を、少女は子猫のようについてくる。

 歳とは14、5歳といったところか。男ウケの良さそうな白いワンピースを着ていた。

「いつまでついてくると?」

「どこ行くのかなって」

「別に、あてはないっちゃけど。あんたは商売しなくていいと?」

「いいのいいの。好きでやってるわけじゃないし」

 れいなは肩越しに彼女を見た。どうやら言葉通りのようだ。人の言葉──その音を視覚で捉えれば、震えの差異からなんとなく本心かどうかがわかる。

「じゃあ、やめればいいっちゃない」

「無理だよ。バックに怖い人がついてる。助けてくれる?」

「いや、断るっちゃん」

「なんで? あなた『全殺しのれいな』なんでしょ?」

「その呼び方は好かん」

「でも、私このままだと殺されちゃうかも」

「警察へ行き」

「無理だよ警察なんかじゃ」

「バックは半グレかヤクザっちゃろ。そんなら警察はすぐ動いてくれると」

「……違う。そういう人達じゃない」

 少女はこれまでと違い躊躇うように声を絞り出した。

「なら、尚のこと逃げればいいっちゃん」

「無理だよ、奴等からは逃げられない」

「そうったい」

 れいなは突き放すように言った。

 抗う術、逃げる術を持ちながら行動にうつさない。“口だけ”の人間は嫌いだった。

 すると、少女は立ち止まり、

「あなたも、あたし達を助けてくれないんだね。ううん、きっと誰もあたし達を助けられないだ」

 そう言って、立ちんぼエリアに戻っていった。

 稀にだが、こういうお願いをされる。助けてくれ、という──。しかし、自分は正義の味方ではない。そんなものに興味もない。

 だから、れいなはいつものように少女をつっぱねた。

 でも、それが間違いだったということに彼女はまだ気付いていない。


 更に数日が過ぎた。

 夜、れいなはぶらついていた。

 前と同じように立ちんぼエリアの向かいの通りを歩き、ふとそちらへ目を向ける。

 そういえば、自分に助けを求めてきた少女は──見あたらない。

 まあ、どうでもいい──と、その場を通り過ぎようとしたとき、立ちんぼをしている少女のひとりがこちらに向かって走ってきた。

「あの、あなたこの前サキちゃんと話していた人ですよね」

「サキ……知らん(デジャブ?)」

「ほら、白いワンピースの、私より少し幼い感じの」

「だったらなん?」

「助けてください」

「断るっちゃん(やっぱデジャブったい)。警察に行き」

「無理です。警察じゃアイツ等に勝てない。サキちゃんはあいつらの生贄に……」

 少女は声を落した。まるで誰かに聴かれるのを恐れるみたく。

「警察を過小評価しとうやろ? 半グレにしろヤクザにしろ警察が本気ならすぐ潰されると」

「違うんです。奴等はそういうんじゃなくて……」

 そういえば、サキという子もそんな風に言っていた。だが、相手が素人ならなおのこと恐れる必要なんてない。

「そんな奴等は無視して家に帰ればいいと」

「ダメなんです。家族に危害が及ぶかも……アイツ等はイカれてます」

「ふーん。まあカタギのがタチ悪いってのはたまにあるっちゃけど、それでも所詮はカタギっちゃん。なんかあれば警察。まずはこれ」

「ダメ……絶対に警察じゃ敵わない……あいつら、変な力を使う……」

「はは、まさか超能力者とでもいう気っちゃん?」

「はい。信じられないかもしれないけど……いえ、絶対に信じてもらえないのは承知しています。でも、私は先日、見たんです。ある男が……手も触れずに人を殺すところを……」

 少女の膝が震えている。声も……嘘は言っていない。それに、超能力はある。自分には生まれつき──

「あんたらのバックの人間、もしくは組織名は?」

「助けてくれるんですか!?」

「人助けに興味はないと。ただ、“超能力者”はちょっと興味がわいたったい」

「ありがとうございます。……組織の名前は、暗黒教とだけ聞いてます」

 れいなは首を捻る。聞いたことがない。名前の響きてきに新興宗教かなにかか──? まあ、確かにその手の団体はタチが悪い。警察が敵わないは言い過ぎだが、立ち位置的に手をだせないならありえる。

「組織の場所とかわかると?」

「はい! 案内しますよ!」

 大きく目を見開く少女は、嬉しそうというよりも、ちょっと“普通の感じ”じゃなかった。

 とりあえず、れいなは彼女の案内についていくことにした。

 場所は意外と近かった。

 というより、覚えのある路地裏を進んでいる。

 これは、なんだったか……たしか、シャブの製造をしていた馬鹿な男を殴り倒した時の──

「こっちです」

 前をいく少女が古いテナントビルを指す。

 れいなはそれを見て鼻を鳴らした。

 やはりそうだ。あのヤクザ者がシャブを生成していた場所。ということは、やはりバックはヤクザ……いや、暗黒教のバックがヤクザということか? そういう団体の背後にヤクザがいるのはままあることだが。

 ビルの中に入ると中はガランとしていた。前に来た時もそうだった。

「ちょっと、待っててください」

 少女はそう言って、奥の部屋へ走っていった。自分が力になると言ったときから、彼女の対応はきな臭い。けど、まあどうでもいい。

 しばらく待つ。少女が戻ってこない。

 れいなは溜息を一つ吐き、彼女が向かった部屋に入った。

「遅いっちゃん」

 言ってから、部屋の様子に彼女は眉を顰めた。

 室内はオフィスに丁度いい広さだった。物はなに一つない。ただし、部屋の真ん中に血まみれの少女が転がっている。

 案内をしてくれた少女ではない。赤く染まってはいるけど服のつくりと顔立ちに見覚えがある。あれは、サキと呼ばれていた少女。自分に最初に助けを求めた立ちんぼの──

 その口元に、弱々しいが呼吸の振動が見える。まだ辛うじて息はある、か。

 れいなは、彼女の傍まで行き声をかけた。

「嘘はつけんから、率直に言うと。あんたはもう助からん。だから、言い残すことがあるなら聞く」

 少女は、パクパクと口を動かした。もう体は動いていない。目も視線が定まっていない。声も出ていなかった。

 しかし、れいなは黙って頷く。それから視線を落とした。いや、背けた、に近いのかもしれない。

 人は音の塊──人の体は、常に微細に震えている。誰しもが等しく音を奏でている。

 そのはずなのに、少女からは“なければならない音”が消えていくのが視えた。それが心臓の鼓動なのか、別の何かなのかは分からなかった。

 れいなは、そっと少女の目を閉じてやり、部屋の奥にあるドアを見据えた。

 向こう側からなにか嫌な感じが近づいてくる。案内をしてくれたあの娘ではない。

 そうして、突如、破裂するみたいに枠ごとドアが吹き飛んだ。奥の暗がりから、こちらに向かって人影が歩いてくるのが見えた。

「よう、田中れいな。言ったろ、お前は俺が殺すって」

 あの男だった。シャブを製造していたヤクザ者。路地裏でのした、あの馬鹿な男。

「やっぱあんたか。ここまで案内してくれた子、どうしたと」

「ああ? 殺した。お前を連れてきた時点で用済みだ」

「じゃあ、この子は?」

「当然、そいつもだ」

「理由は?」

「お前を殺す力を得るためだよ」

「そうったい。くだらん」

 れいなは男に向かって一直線に駆けた。目のおかげでカウンターを恐れる必要はない。相手に向かって最短を走り、歪みを突く。彼女の必勝パターン――

 しかし、突きの間合いに入った瞬間、視界の隅に嫌な音が視えた。

 れいなはとっさに両腕で胴体を庇う。

 すると、そこへ何か物凄い衝撃がぶつかった。小柄で華奢な身体が数メートルは宙を舞った。

「はっはっは、どうだ! これが、お前を殺すために得たスタンド<純LOVER>の力だ! 一撃じゃ死なせねえぞ」

 男の煩わしい声にイラっとしながら、れいなはなんとか上体を起こした。両腕と左の脇腹に大きな歪──折れたか。

 彼女は自身の調子を確かめながら男へ目を向けた。

 その側に鎧を着た人型の“なにか”が立っている。2メートル以上はあろうかという大柄──人間じゃないのは視ればわかる。震え方が人のそれじゃない。空気に近く、光のようでいて、雲のような揺れ方をしている。強いて言えば──幽霊に近いのかもしれない。

「超能力者なのは本当やったったい」 れいなは鼻で笑った。

「そうだぜ。これで俺はもう煩わしい組の命令をきかなくていい。全部を、俺が支配する」

「できると? それ、自分で身につけたもんじゃないっちゃろ? たぶん、暗黒教──やったかな」

「ほう、女に聞いたか? 口の軽いガキだ。殺して正解だったな。まあ、たしかに暗黒教の奴等に貰った力だが、すぐに俺が奴等を支配する」

「無理っちゃろ」

 れいなはそう言って立ち上がった。

「出来るに決まっている。この力はそう思い込むのも大事なことだと奴等は言ってた」

「違う、そうじゃないと。あんたは、今日ここでれいなに倒される。だから無理ってはなし」

「ほざけ!」

 今度は男が駆けた。“幽霊”は、その傍に張り付くように憑いている。

 れいなは目を細めた。この状況でも分かることがある。

 あの“幽霊”は男から殆ど離れられない。それが出来るなら本人がこちらに向かってくる必要がない。力は凄いが速度はそうでもない。少なくとも“視て”事前にどう動くかわかれば避けられないことはない。それから──

 幽霊の拳が下から上へ、彼女の顔に向かって奔った。

 ガチンッとぶつかり、顔が砕けた──かに思われた。

 しかし、拳はれいなに届いていなかった。

 彼女の背後から伸びた手が、それを受け止めていた。

 分かったことがあった。

 それは、男から幽霊が出る瞬間の振動。殴られる時、彼女はそれを見た。まるで、男の中で二つの違う揺れが共鳴するかのような……それは完璧な相性を持つふたつの音、例えばドとソが重なり合って新しい旋律を生むかのような現象。それが男の中で起こっていた。つまり、自分も同じようにすれば“幽霊”を出せる──

「予想通りったい」

 れいなは小さく笑った。

「馬鹿な!? これは──スタンド!?」

 男が一歩後退ると、男の幽霊が拳を引く。

 れいなは折れた片腕を持ち上げて、斜めに振り下ろした。

「こい──<リゾナントブルー>」

 自然と浮かんだ“力”の名。

 それは、彼女の背後から空間を裂くように現れた。

 無機質で彫刻のように精巧──もしくは無骨な人型サイボーグとでも言えばいいのだろうか。青黒い金属外装に覆われた肉体は、滑らかな筋肉の凹凸を描き、光の加減で油膜のように青、赤、緑、紫の鈍光が揺らめいている。 腰には“R”と刻まれたバックルベルトを締め、頭部には外装と同質の猫耳型アンテナ。顔は無表情な仮面そのもので、スリット状の双眸から冷たい水色の光が静かに漏れ出ている。口元は外部装着されたマスク状の装甲で覆われ、下顎から側頭部へと連なるパーツに複数のコードやチューブが繋がっている。音は無く、ガランとした室内であっても、ひときわ“静かなマシン”のようだった。

「くっ、まさかスタンドを自力で出すなんて……はっ、本当に殺しがいがあるぜ」

 男は口の端を吊り上げる。

 その瞬間、<リゾナントブルー>の右手が奔り、指先から伸びる鋭く長い黒爪が男のスタンドの胸を引っ掻いた。

 しかし──浅い、と彼女は内心で呟く。

 どうやらこの力はこちらの肉体とリンクしているのか、怪我の影響でキレが悪い。痛みを我慢して無理矢理うごかしてはみたものの、肉弾戦では本来の性能は出せなそうである。

「はは、なんだ驚かせやがって! スピードは大したものだがパワーが足りねえな! 結局、喧嘩は」

「力って言うと? この前、れいなに殴り倒されておいて」

 男は首を横にふった。

「ちげえよ。喧嘩は最後まで倒れねえ奴が一番強えんだよ。冥土の土産に俺のスタンド能力を教えてやる。<純LOVER>は俺の欲求を吸い取り、鎧の硬さに変える」

「欲求?」

「ああ、殺人欲求だよ。食欲も性欲もくだらねえ……俺は、人を殺すのがたまらなく快感なんだ」

「変態ってことっちゃね」

「否定はしねえよ。壊れてるからヤクザになるしかなかった。別に後悔もしてない」

「そうったい。じゃあ、殺されてみたらもっと感じるっちゃない」

 双方が“次で決まる”と直感した。

 おそらく射程は互角。速度は<リゾナントブルー>が上。打たれ強さは向こうが上回る。しかも負傷のせいで、こちらはパワーレスかつ連打も利かない……──か。

 男が飛び掛かった。正確にはスタンドが、だ。

 れいなも同時に出た。

 <リゾナントブルー>が<純LOVER>の右ストレートを、体を斜に、最小の動きで躱す。

 そして──緩やかに繰り出される<リゾナントブルー>の右の突き。だが、拳は握っていない。それは、手首を上向き気味に放つ掌打。それが男のスタンドの胸を打つ。力感はない。速度も感じない。とてもじゃないが<純LOVER>の装甲を破れるような一撃ではなかった。

「は、あの時とは違うな! 効かねえぜ!」

 男が咆え、<純LOVER>が拳を振り上げる。

 絶体絶命と思われたその瞬間──男のスタンドが動きを止めた。

 同時に、男も動きを止め、れいなを睨んでいた視線が唐突に焦点を失う。さらに口からは蛇口を捻ったみたいに大量の血が流れ出ていた。

「たしかに、あの時とは違うっちゃん」

 今回は、“歪”を狙っていない。それに──

 <リゾナントブルー>が右手を引く。

 すると、<純LOVER>の胸部が掌打を食らったところを境にズレた。男の胴体も、それに合わせて斜にズレる──

 男とスタンドの上半身が、同時にゆっくりと地面へ落ちた。

 当然、“視る”までもなく男は絶命していた。

 <リゾナントブルー>の掌に備えた“共鳴口”が水色に淡く光っている。れいなの目にはそれに加え、迸るような稲妻状の振動が視えていた。

「あんたの敗因は、相手の情報をよく知らずに喧嘩を売るとこったい」

 れいなは地面に横たわる男の上半身を向いて言った。

 スタンドを出せた時点で、その能力の詳細はだいたいわかっていた。それがそういうものなのか、自分だけがそうなのかはわからない。でも、男はスタンドが使えるようになって、それなりに時間があったはずだ。ならば、スタンドに目覚めてから自身の能力を理解するまでのプロセスのことも分かっていたはず。こちらが能力の全貌を見せていない時点で、もっと慎重に立ち回るべきだったのだ。本当に馬鹿な男だ。

 れいなは踵を返す。すると、部屋の出入口のところに小じゃれたスーツを着た茶髪の男性が立っていた。

「あいつの仲間ったい?」

 訊ねると、男は首を横に振った。

「どっちかというと敵やろか。まあそいつは暗黒教ではないみたいやけど」

「じゃあ、いいや。疲れたから帰ると」

「そうか。怪我は大丈夫か?」

「骨がいっただけっちゃん。治る怪我やから治るっちゃろ」

 これに男は小さく笑った。

「さすがは、田中れいな」

「れいなのこと知っとうと?」

「裏の世界で君のこと知らんとかもぐりやろ」

「ふーん。全然嬉しくないっちゃけどね」

「せやろな。本当は可愛いものが好き。甘いデザート、お菓子。猫は好きやけど犬は嫌い」

「ストーカーったい?」

「まあ、正直いうとずっと監視しとったから、間違ってはないな」

「そうったい。どうでもいいっちゃん」

「本当か?」

「どういう意味ったい」

「君、なんで少女の話に乗ったんや?」

「超能力者っていうから面白そうって思っただけっちゃけど」

「面白そう、か。自分と同類に会えるかもって思ったか?」

 れいなの目が据わった。

「おっと、喧嘩売っとるわけやないで」

「なら、さっさと帰らせてほしいっちゃけど」

「まあまあ。もういっこ聞きたいねんけど、なんであの男を殺したんや?」

「当たり前っちゃろ。超能力で襲われたんやから正当防衛ったい」

「せやろか? 君の能力なら殺さずに制圧もできたんちゃうか? でも殺した。それも相手の一番強い部分を正面から貫き、確実に死ぬ方法で」

「何がいいたいと?」

「知りたいだけや。君がどう考え、行動にうつしたのかをな。少女を助けられんかった自分への怒り、または、彼女の無念をはらしたかったんか?」

 この問いに、れいなは男の死体に目を向け、それから殺された少女に視線をうつす。

「あの子、死ぬ間際にこう言い残したと。『お母さんに会いたい』って。だから男を殺した。あの男が生きとう限り、また同じような被害者がでよう。生かしておけんって思った」

「そうか……。まあ男がスタンド使いじゃ警察でも裁けんやろうしな」

「うん」

 最初に、路地裏で男をのしたときに殺しておけばよかったのだろうか。そうすれば彼女は愛する者のところへ帰ることができたのだろうか。

 答えはでなかった。どうすれば彼女を助けられたのか──わからない。これは、彼女を助けられなかった自分の負け──

「初めての負けっちゃん」

「負け、か。ほんならリベンジチャンスやるっていうたらどうする?」

「リベンジ?」

「実は暗黒教と戦わなあかんねんけど、戦力が足らん。君が最後のピースやねん」

「最後ってことは、他にも?」

「ああ、君意外に四人のスタンド使いが仲間におる」

「ふーん。慣れ合うの苦手っちゃけど」

「別に仲良くしろとは言わんよ」

「そうったい。でも、それがなんでリベンジになると」

「そら、暗黒教と戦うってなったら沢山の人を救えるからな。暗黒教の邪魔をするのはリベンジになるんちゃう? なにより、少女を殺したんは」

「あの男じゃないっちゃろ」

「気づいてたん?」

「うん。確信したのはリベンジって言われた時っちゃけど」

 そう、少女の死因である腹部のキズと男の能力とが、いまいち一致しなかった。あの力は確かに強力ではあったが裂傷を与えるのには不向きなはずだ。それに男の性格なら獲物は確実に殺しているはず。現に道案内をしてくれた少女はすぐに殺している。“サキ”だけ虫の息で生かしておく理由はない。つまり殺せない理由があったと考えるのが自然。きっと男には欲求を抑えてでもそうする理由、“本能”を抑え込むほどの理由があった。人間がなにかを我慢するのは、別のなにかを欲しているとき。男がそうまでして欲しいものは──自分を殺すための力……つまり超能力。死にかけている人間が目の前にいるのに手を下せないのは、男にとって最上級のストレスだったはずだ。普通ではない過度なストレス、極限の精神状態。自分が土壇場で能力を“視つけた”ように、それこそ奴が能力を得るための条件だったのでは──? だとすれば“サキ”をやったのは男に力を与えた人物──暗黒教。だから、このスーツの男はリベンジと言った。そう考えれば辻褄が合う。

「思った以上にするどいのう。まあ、リベンジもやけど、それより暗黒教から人々を救ってたら、君がいま出せないでいる答えが見つかるかもしれへんで」

「なん……心が読めると?」

「いや、読めんけど予測はできる」

「そうったい」 

 れいなは少女を向いた。

 助けてやりたかったわけじゃない。でも、助けられなかったことに胸の真ん中がざわついた。これがどういう感情なのかわからない。

「名乗ってなかったけど、つんく♂や。よろしくな」

 そう言って踵を返す男の背中は、まるでこちらがついてくることを分かっているようだった。

 少ししゃくだが、今回はそれに乗ることにする。

 もう二度と、こんな胸のざわつきを感じたくないから──

「歩くの速いと! こっちは怪我人っちゃよ!」


[つんく♂レポート]

・スタンド名:純LOVER

・タイプ:近距離パワー型

・波紋共鳴:欲求変換

・スタンド詳細:鎧を着た大柄な人型。能力者本人の欲求を吸収し、スタンドが着用する鎧を強化する。シンプルながらパラメーターにはあらわれない強さをもつ。

破壊力:A スピード:C 射程:D 持続:B 精密動作性:C 成長性:A

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