契約者と魔王、その在処
ギルドの大広間に、沈黙が流れていた。
その中心に立つのは、黒髪の女。
世界を揺るがす名前――“魔王ゼルヴィア”を、自ら名乗った女。
「……は、はは、魔王って……冗談だろ?」
「まさか、本物なわけ……」
「いやでも、空間歪んだぞ……」
「見たか? あの魔力。あれ、人間のもんじゃない……!」
観客たちはざわめき、怯え、しかし目を逸らせなかった。
本物の魔王。それがこのギルドの中央にいる。
その事実を、脳が追いついていないのだ。
支部長は、そんな空気を断ち切るように一歩踏み出す。
「……ゼルヴィア、であるならば……本来は、存在してはならぬはずだ。封印されていたはずの……古の災厄。その存在が……なぜ、今この地に?」
ゼルヴィアは静かに目を閉じる。
そして、開いた瞳は、どこまでも深い紅だった。
「その封印は、解かれた。――この男によって」
僕を、見た。
周囲の視線が一斉に突き刺さる。
まるで、処刑台の上にいるみたいだった。
「待ってくれ、誤解がある。僕は、封印を解くつもりなんてなかった。ただ……ダンジョンの奥で、力を求めて、必死だっただけで……」
「それで十分だ。選ばれたのはお前だ。契約は、意志と意志の交差によって成立した」
ゼルヴィアの言葉に、僕は口を閉ざした。
否定することなんてできなかった。
あのとき、確かに、僕は彼女の手を取った。
支部長は、しばらく黙っていた。
やがて、深く息をつき、冷静な声で言った。
「――仮に貴様が、“あのゼルヴィア”であるとしてもだ。このギルドは、お前を即時排除する権限を持たない。だが……国家へ報告すべき義務はある」
「当然だな。私は隠れるつもりなどない」
「だがリク。お前はどうなるか分かっているか?」
支部長の言葉に、僕はわずかに肩をすくめた。
「想像くらいは、つくさ。王都に引き渡され、尋問されるかもしれない。最悪、利用されて、殺される」
「自分が“魔王の契約者”だと、世に知られる意味を理解しているなら……退くという選択もできるぞ。君にはまだ、未来がある」
退く――
僕は、わずかに目を閉じた。
そして思い出す。あのダンジョンで、仲間たちに見捨てられた瞬間。
“無能”と吐き捨てられ、石のように転がされた日々。
「もう、戻るつもりはないよ。過去にも、誰にも。僕はこの力で、生きるって決めた。――ゼルヴィアと共に」
ゼルヴィアの目がわずかに揺れた。
その表情は、誇らしくもあり、どこか寂しげでもあった。
「ならば、特例として報告を上げる。君たち二人は、この地において“観察対象”として登録され、国家監視の下で活動を継続することになる」
「……監視、か」
「安心しろ。拘束ではない。君の力が、災厄か英雄か。それを見極めるだけだ」
支部長の声は、あくまで現実的だった。
まるで、感情を置き去りにしているようだった。
だが、それがこの世界の“判断”なのだ。
「リク。これから、お前の周りには多くの“目”が集まる。国家も、教会も、時には他国の諜報機関すら。だが、肝心なのは――」
「自分を、見失わないこと……でしょ?」
支部長は、静かに目を細めた。
「……分かっているなら、何も言うまい」
ギルドの認定手続きはすぐに始まった。
“魔王ゼルヴィア”は正体不明の高位存在として、ギルドの最上級危険対象に仮登録。
“契約者リク”は、Aランク特例昇格となった。
本来ならばありえない、異例中の異例。
けれど、あの模擬戦の記録と、魔王の存在があれば、逆にそれ以外に処理しようがなかったのだろう。
そしてその夜――僕たちは、ギルドが用意した個室に通された。
「……あの空気、すごかったな」
僕がベッドに倒れ込むと、ゼルヴィアは窓辺に立っていた。
「恐れというのは、馴染まぬものを排除するための本能だ。だが、お前はよく立った。私の過去を背負う覚悟を、本当に持ったのだな」
「……そりゃ、怖くないわけないよ。でもさ、お前の目を見たら、引けなかった」
ゼルヴィアは振り向かないまま、ポツリと言った。
「……私は、かつて誰にも選ばれなかった。力を振るえば崇拝され、止まれば失望された。誰も“私自身”を見ようとしなかった」
「なら、俺が見るよ。お前の全部を」
ゼルヴィアが、わずかに振り向く。
その横顔に、淡いものが差し込んでいた。
窓から射す月明かりが、彼女の紅い瞳を照らしていた。
「……私は、生きていいのだな」
「当たり前だろ。“契約”したんだからさ。俺がお前の居場所になるって、勝手に決めたんだ」
その言葉に、彼女はゆっくりと目を閉じた。
そして初めて、“微笑んだ”。
それは、人としてのゼルヴィアが、ほんの少しだけ蘇った瞬間だった。
だが――その微笑みの裏で、空の彼方に、黒い影がうごめいていた。
世界は、確かに動き始めている。
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無能冒険者、封印の女魔王と契約して最強になる 記憶稼働域 @kiokukadouiki
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