ギルドにて

ギルドの扉を開けた瞬間、空気が止まった。

ざわついていた冒険者たちの声がぴたりと止まり、視線が一斉に僕に向けられる。

あの視線を、僕はよく知っている。見下す目、嘲笑、憐れみ……あのとき、僕がパーティーを追い出されたとき、誰も止めようとしなかったくせに、今さら何を驚いてるんだろう。


「……リク……?」


その声に振り返ると、受付嬢のミナが目を丸くして立っていた。

整った金髪に、見慣れた制服。彼女も、僕の“無能ぶり”にはあきれていた側の人間だ。けれど今、その表情には戸惑いと、少しの安堵が混ざっている。


「生きてたの……? あなた、あんな深層で……」


僕は一歩だけ前に出て、静かに言った。


「……生きてるよ。ちゃんと、自分の足でね」


ミナは僕の姿をまじまじと見た。

そうだろう。前はボロボロだった装備も、今はゼルヴィアの手によって再構成された、異質で美しい黒銀の軽装に変わっている。目の下の隈もなくなり、魔力の奔流が全身に漲っているのが、誰の目にも明らかだった。


「あなた……本当にリク……?」


「うん。俺が、リクだよ」


そう言ったとき、僕の声色には自然と力が宿っていた。

ゼルヴィアの魔力を帯びたこの体は、もう以前の僕じゃない。

ギルド内がざわつき始めた。「生きてたのか……」「いや、まさか……」と。

やがて、奥のテーブル席に座っていたエリオットがゆっくりと立ち上がった。

あの日、僕を「無能」と決めつけ、仲間ごと切り捨てたリーダー。


「……どうやって、生きて帰った?」


短く、低く、敵意の滲む声。

僕は視線を合わせる。


「歩いて帰ってきただけだよ」


「無理だ。あそこは深層だ。お前に生き延びられるはずが――」


「“無能”にはな」


僕は一歩踏み出した。

ギルドの空気が変わる。

僕の内側で、ほんの少し魔力が脈打つ。

それだけで、周囲の者たちが小さく息を呑んだのが分かる。


「お前……何があった……?」


僕は口元だけで笑った。

まだ話すつもりはない。ゼルヴィアの存在も、契約のことも。

そんなものを軽く語ってしまえるほど、僕の人生は安くない。


「俺はただ、見つけただけだ。“俺だけの力”を」


視線を外したエリオットの横を通りすぎて、カウンターに向かう。

ミナがまだ困惑気味に僕を見ていたけれど、僕は口を開いた。


「……深層で遭遇した魔獣を討伐した。報告はそれだけ」


「……討伐証拠は……?」


「焼け焦げて消し飛んだよ。魔力反応なら、そこの結界石で確認できるはずだ」


しばらくして、ギルドの魔術士がやってきて、僕の身体に触れた。

その瞬間、彼は微かに目を見開いてから、小さく頷く。


「……高濃度の残留魔素。通常のB級魔獣のものより上だ。これは……確かに、深層級に相当する存在と交戦した痕跡だ」


どよめきが、ギルド内を包んだ。

ざわつく声の中で、僕は目を閉じた。

鼓動が静かに鳴っている。

俺は――この場所に戻ってきた。


けれど、まだ始まったばかりだ。


「……ミナ。クエスト用の新しい登録をお願い。ランクも、再審査してほしい」


僕の言葉に、彼女は一瞬目を丸くしてから、静かに頷いた。


「わかった。……リク、変わったのね」


僕は答えないまま、カウンターから一歩離れた。

その背に、ゼルヴィアの気配を感じる。

彼女は姿を見せていない。けれど、僕の中で確かに脈打つ。


「……行こう。俺の物語は、これからだ」

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