魔力の奔流

僕は今、自分の足音を聞いている。確かに歩いているはずなのに、どこか現実感が薄い。それでも、ゼルヴィアとともに封印の間を出てから、ずっと歩いてきた。自分が何者かも、どこへ向かうのかも、まだ曖昧なまま。


「この先、魔獣の巣だ。準備を怠るな」


ゼルヴィアの声が背後から届く。彼女はまるで、ここに二千年も封印されていたとは思えないほど、迷いなく歩く。僕はただ、その背中を追っているに過ぎなかった。


だけど、心は確かに変わりつつある。以前なら恐怖で足がすくんだであろう通路の奥、漂う魔素の濃ささえも、今はどこか懐かしい。僕の中に流れ込んだ力が、空気の色すら変えたような気がしていた。


「……来る」


ゼルヴィアが呟くと同時に、右手の壁を破って現れたのは、獣と虫が混ざり合ったような魔獣だった。四つの眼、黒い体毛、口元には無数の牙。明らかに以前の僕では太刀打ちできなかった存在。


でも。


「……ああ、見えてる」


俺は、そう思った。世界が歪む。空気の流れ、魔獣の気配、その動きの意図すら、まるで自分の一部のように読み取れる。


魔獣が飛びかかってくる瞬間、俺は反射的に右に跳んだ。足元に魔力を込めて蹴る。ただの回避ではない。魔力を推進に変えた動作。それが自然にできていた。


「……この感覚……すげぇな」


右腕を振る。指先に浮かぶ紫の光が、まるで刃となって迸った。魔力の斬撃――魔法じゃない、俺の“身体”そのものが武器になる。斬撃は魔獣の前脚を薙ぎ払い、黒い体毛が煙を上げる。


魔獣が吠える。だが、もう怖くはなかった。


俺は左手を広げ、頭に浮かぶ言葉をそのまま口にする。


「〈雷禍穿つ、断罪の槍〉――!」


詠唱なし。魔力が一瞬で集中し、空間が裂けた。そこから放たれた紫電の槍が、魔獣の腹を貫いた。咆哮を上げる暇もなく、魔獣は焼け焦げた肉片を残して地面に崩れ落ちた。


しばらくの静寂。


俺は、ゆっくりと息を吐いた。興奮と疲労の混じった呼吸。けれど、心の中には確かな満足があった。


「……やった、んだな……俺」


その呟きを、ゼルヴィアは黙って聞いていた。


「悪くない動きだった。だが、まだほんの一部だ。お前は私の魔力の、たった一滴を舐めただけにすぎん」


そう、まだほんの始まりにすぎない。けれど、それでも――


「これが、俺の力……!」


僕は叫びたくなる気持ちを飲み込んだ。手が震えている。でもそれは恐怖じゃない。自分が変わったことを、心の底から実感していた。


「どうする、リク」


ゼルヴィアが言う。その声音には、今までになく、ほんの少しだけ温度があった。


「……まだ、分からない」


僕は正直に答えた。強くなった。無能と呼ばれた自分じゃなくなった。けれど、力を得たからといって、目的がすぐに生まれるわけじゃない。


「けど……もう、無力じゃない。もう一度、自分の価値を探したい。それが、今の僕の“目的”だ」


ゼルヴィアはわずかに目を細め、口元に笑みを浮かべた。


「ふん、欲深い人間だ。だが、それでこそ私の契約者にふさわしい」


彼女の言葉が、心に火を灯す。


僕は歩き出す。かつての仲間に追いつくためでも、見返すためでもない。僕自身のために――“僕”を証明するために、進む。


それが、リクという存在の、新たな物語の始まりだった。

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