その名を告げる時

ギルドの奥の小部屋に通されて、僕は椅子に座っていた。

目の前にはギルド支部長。威圧的な風格を持つ男だが、今の僕にはただの役人に見える。深層の魔獣を討伐し、生還したことが確認されたことで、僕の冒険者ランクは“仮昇格”として再審査の対象となった。


「名は?」


「……リクです」


「なるほど。では、戦闘報告と能力変化の申告を」


「……すべては話せません。けれど、以前の僕とはまるで違う存在になったことだけは、証明できます」


支部長は細めた目で僕を見つめ、やがて深く頷いた。


「ならば、実技試験で示してもらう。三日後、上級冒険者との模擬戦を行う」


「わかりました」


そのまま部屋を出る。廊下に出た途端、静かな声が耳に届いた。


「ずいぶんと、言葉を選ぶようになったな」


ゼルヴィアだ。彼女は僕の背後に、まるで影のように佇んでいた。

姿は周囲には見えない。けれど、僕には感じる。僕の中に宿る魔力が、彼女と繋がっている。


「……あいつらに、余計なことは言いたくないんだ」


「当然だ。力を手にした者の秘密は、己で護れ。言葉は刃より脆いが、毒より鋭く効く」


「……なあ、ゼルヴィア。お前って……いったい何者なんだ?」


ふいに、ずっと喉元に引っかかっていた疑問が、形になって漏れた。

僕はただの冒険者だった。魔王なんて、歴史書の中の幻想だと思ってた。


ゼルヴィアは数秒、沈黙した。

そして、少しだけ目を伏せて言った。


「かつて、私は“終焉を告げる魔王”と呼ばれていた。神を滅ぼし、人を断ち、世界の構造そのものに牙を剥いた者だ」


「……そんな……」


「だが私は、滅ぼすことに飽きた。だから封印されたのだ。二千年の間、静かな眠りの中でな。けれど……貴様がその封印を破った。いや、正確には、私が“お前を選んだ”のだ」


僕は唾を飲み込んだ。全身に粟立つような恐怖と、同時に奇妙な安心感。


「リク、お前は気づいていないかもしれないが……お前には、“器”がある。私の力を受け止め、変化し、成長する可能性がな」


「器……?」


「人の心と体は、力を拒む。だが、お前は違う。無能と呼ばれながらも諦めず、腐らず、死に瀕してもなお前を向いた。だから私は、お前を選んだ。契約したのだ」


僕の中で、なにかが静かに震えていた。

誰にも期待されず、価値を与えられなかった僕が、まさか選ばれていたなんて。

無価値じゃなかった。あの日の涙も、歯を食いしばった夜も、全部――意味があった。


「ゼルヴィア。俺……お前の力を、ちゃんと使いこなすよ。お前が後悔しないように」


「ふん。ならば証明してみせろ。三日後の試験、その一撃でな」


魔力が静かに渦巻いた。

僕の中で、確かに“物語”が動き始めていた。

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