第5話・命を抱いて、歩き出す
昨日、上空から見た立地的に、ここはとても恵まれていた。その記憶を元に川を探して、私はまた釣りをして約束の30分で心配性な同行者のもとへと戻っていた。
「ヴァリアス。戻りましたよ。……ヴァリアス?」
何か考え事をしているらしいヴァリアスを見て私は、手にしたタエナを見下ろす。釣りたてのタエナは、朝日をそのうろこで反射してその新鮮さを余すことなく私に伝えていて、その身の美味しさを思いだしてしまう。実際、昨日食べているのだから余計に唾をのむ。どうやら、己の自覚しているよりもよほど体は栄養を欲しているらしい。
「命を頂くからには、美味しいうちにが礼儀ですよね」
周囲にはレチスが群生していて、下手に火を熾すと延焼してしまう。せっかく拾った命をここで燃やしてしまうのは勘弁願いたい。ひとまず、一部のレチスを刈ることにした。いったん、平たい石の上に〆たタエナを置く。そして、都合のいいことにそういった作業に最適な鎌はここにある。
「ヴァリアス。ちょっと貴方を扱いますからね」
余程深く思い悩んでいるのだろうヴァリアスを、私は両手でしっかりと持つ。そしてそのまま、レチスの群生する一角へと歩みを進める。昨夜、身体強化なしでも持つことは出来たのだ。持って移動することに何の支障もなかった。私は、草刈り鎌を扱うときの様にヴァリアスを構える。そのまま、掛け声とともに一閃する。
「やぁ!!」
ヴァリアスをの切れ味は素晴らしく、私が一閃しただけでその範囲のレチスは刈り取られていく。扱いに慣れていない上に、少し調子に乗ってしまった私は、振った慣性を制御しきれず、くるりと1回転する。
「予定とはなんか違ったけど、火を熾しても大丈夫そうな範囲はできたかな」
綺麗に丸く刈られたレチスを見ながら、私は満足げにたたらを踏む。とっさにヴァリアスを杖にして耐える。ここまでの扱いをされてもなお、ヴァリアスからの反応はなかった。
「そんなに、何を悩んでいるんでしょうか??」
考えても分からないことは放置することにして、ヴァリアスについたレチスを払うとそのまま元の場所に立てかける。刈ったレチスを集めつつ、その活用方法を考える。
「あ、そうだ。意外と寝心地良かったし、レチスベッドにしよう」
思い立ったが吉日と集めたレチスをベッドのように形作る。たった一角を刈っただけとはいえ、群生していた一角だ。一人分のベッドを作るには十分だった。こんもりとした山は傍目にはベッドと認識できずとも、私には充分立派なベッドに映っていた。
ベッド作りが終わると、今度はレチスを刈った跡地に石を集めて丸く配置し、余ったレチスと集めておいた薪をその中に配置していく。
「かまどはこんなものかな。火を熾そう。
ボッと音を立てて、刈ったレチスに火が付く。そのまましばらく様子を見ていると、徐々に薪の方へと火が移っていく。火が大きくなりすぎないように注意しつつ、私は離れたところに置いていたタエナを回収し、用意しておいた包丁代わりの石を手にする。
「最終的には、穴を掘って埋めるとして。食べるならやっぱり内臓は取らないと。あと、うろこも」
ちゃんとした包丁ではないため、そこそこの悪戦苦闘をしつつ、ついにタエナの下処理を完了する。薪には使えなかった細い枝をタエナに刺し、作ったかまどの周囲に配置する。30分ほどかけて、タエナの両面を焼き上げた私は、ふと視線を感じて顔を上げる。
「あ、ヴァリアス。考え事は終わりました?何度か呼びかけたんですが、返事がなかったんで、先にご飯食べてますよ。今回は、タエナが2匹も釣れたんですよ!!大漁です!」
なんだか、とても微笑ましいものを見るような気配をかもしつつ、ヴァリアスは渋い声を出す。
「……その2匹じゃ足りないだろう。もっと食え」
食事量にモノ申すつもりなら、こちらにだって理由がある。移動時間だってあるのだ。
「30分で戻ってくるならこの数が限界だったんですよ」
「そいつはわりぃ」
案外、抜けている所があるのか。移動時間に思い当たったらしいヴァリアスは、素直に謝罪してくる。
「身体強化なしでも、ヴァリアスを持ち運べるんですから、今度からは着いてきてくださいね」
「それだと、何かあったときに機動力下がるだろうが」
「その時は、身体強化魔法を使えばいいんですよ」
そうしたら安心でしょう?と笑いかける私に、ヴァリアスは何とも言えない沈黙を返してくる。ややあって、口を開いた。
「とりあえず、食え。話はそれからだ」
だいたい口を開くと、ご飯なのはもしかしたらヴァリアスはお母さん気質なのかもしれない。ただ、それを口に出すとなんだかとってもめんどくさい事になりそうな予感もする。そんな失礼なことを考えながら、本日の朝食となったタエナを感謝しながら食べきる。
無事に朝食が済んだあと、ヴァリアスに向き直る。
「それで、ウルオール図書館へ行きたいとヴァリアスは言っていましたね。ここからエルフ領を目指して船で行くのだと」
昨日のことだから、もちろん忘れてなんかいない。ヴァリアスのこの大鎌状態を直すには、知識がいるから。それも、恐らく禁じられた類いのものが。
「ああ。だが、それには路銀がいるし、お前さんの服も何とかしないとな」
「……流石にこの格好は不味すぎますからね」
自分の服の状態を改めて指摘されると、やはり何となく心に来るものがある。少なくとも、名を奪われるまでは、まともと言える服を身にまとっていた。そういった記憶があるだけに、正直今のこの格好は耐え難い。食も住も、なんだかんだと満たされた今だからこそのモノだけど。
私は路銀を得る手段を思いつかなかったが、ヴァリアスは元々考えていたプランがあるようだった。
「だな。差し当たっては、組合か」
「組合?」
私が知る限り、組合というと奴隷商組合しか思いつかない。他にもあるらしいにはあるらしいけれども、ご主人様はそういったことを『無駄な知識よ』と教えてはくれなかった。その割に、野営の知識なんかは自分が楽をするためだからか、豊富に与えられていたけれど。
私が良く分からないという表情をしていたからだろう。ヴァリアスはバカにすることなく教えてくれる。
「職がないやつに、その日一日過ごせるくらいの金が貰える日雇い仕事を紹介してくれる所だ。戦闘系になってくると、色々ややこしいらしいが、街中専門の組合がある。例えば、荷物の配達だったり、居なくなったペット探し。定番は酒場で皿洗いだな。後は何といっても、こっちの事情は聞かれないのがいいな」
世の中は何ともうまくできているものらしい。定職に付けない様々な事情があっても、なんだかんだ生きていけるようになっているのだなと思う。私に出来るのは、ヴァリアスが例に上げた中だとペット探しとお皿洗いくらいだ。お皿洗いは、ご主人様の所で扱われる最高級品すら洗っていた。取り扱いには自信がある。
ただし、私には戦闘技術はない。さっきだって、必要性とほんの少しの好奇心からヴァリアスを草刈り鎌扱いしたけれど、下手をしたら普通に怪我をしていた。ヴァリアスが気付いてなくてよかった。気付かれていたら、多分お説教で終わらない。
「うーん、戦闘系は困りますね。私は戦えませんし」
「この1週間で身を守れるくらいにはしてやるから安心しろ」
「それ、絶対スパルタじゃないですか……」
「命がかかってんだ。当たり前だろ」
こともなげに、スパルタ訓練が決定してしまう。なんてことだ。
「ううぅ、私はただ平穏無事に生きたいだけなのにー!!」
私の嘆きを、ヴァリアスは華麗にスルーする。酷い。ただ、それが必要なことだとは分かっている。世界は、優しいように見えて優しくないから。努力をしないものには相応が待っているから。だから、みんな必死になって生きている。
「ともかく、ここであと6日過ごしたら村か町へ行かないと、ウルオール図書館へ行くなんざ夢のまた夢だからな」
「はぁ~い……」
昨日を入れて1週間は休ませるとヴァリアスが言っていたが、それは実質的なリミットでもある。肉体強化魔法を、あのご主人様たちの兵士が使えないなんてことはあり得ない。そうすると、きっと捜索の手は広がっていくだろう。私が軽く攪乱をしてあるから、この猶予があるだけで。
そこから私とヴァリアスは、とても密度の高い5日を過ごした。3日目に、無茶をして使った肉体強化魔法の後遺症が抜けて、ヴァリアスによるスパルタ大鎌戦術を叩き込まれる。大鎌状態のくせに、背後になんだか黒髪の男性を幻視するくらいには怖かった。こう、求められた動作が出来ないと、延々とどこが悪いのかという指導が飛んでくる。しかも、そこに怒りとかがないから、色んな意味で余計に怖かった。
それに、ずっと走らされていた。いや、分かるよ!?いざって時に頼れるのは魔法でもなんでもなくて、純粋な体力と筋力だってことは。それでも、オーバーワークぎりぎりまでやるのはしんどかった。何度、この鬼って叫んでやろうかと思った。というか、多分実際に言ってたかもしれない。
そして、6日目。明日の朝がここを離れる日。
「ユーエル、立て」
「……はぁっ、はぁっ、ゲホッ」
「立て、でないといざって時に死ぬぞ」
「……!」
そういって、本人曰く手加減はしているらしい殺気をぶつけられる。本能と本音が弱音を叩き潰して体を立ち上がらせる。
相変わらず、痩せに痩せてはいるけれど、鍛えたことでうっすらと筋肉がついてきていた。たったの5日間で見てわかるくらいに筋肉が身につくとか、人体って不思議に満ち溢れている。その分、山の中にいる大人しい草食動物たちが犠牲になっていて、生存競争ここに極まれりだった。
「こぉの……おにぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
「憎まれ口を叩く体力がついて何よりだ。さあ、もう一度やるんだ」
憎まれ口を叩いたおかげで、変な力の入り方をしていた体が通常のモードになる。荒れている呼吸を無理やりにでも深くして、しっかりと柔軟性を保ってヴァリアスを構える。
尖った先端が、仮想敵を左肩から右わき腹へと切り裂く。そのまま、素早く手の中で反転させて斬った右わき腹から左わき腹を一文字に裂く。傷を広げ、なおかつ自分の間合いを確保するためにヴァリアスを引き戻しつつ、バックステップで下がる。なおも斬りかかろうとしてくる仮想敵を躱し、ジャンプで上空を取りつつ落下の慣性で間合いを詰めて、止めに大鎌の先端を頭の上に落とす。刺さった先端を抉る様にして、大鎌を手元に引き戻して残心。
「……最後、抉らなくてもよくないか?」
「ヒトの体って、硬直すると武器が抜けないんですよ?」
「お前、意外とそういうところあるよな」
「生き残るのに必死だっていうだけですよ」
私に振るわれながら、ずっと動きを見ていたヴァリアスが苦言を呈してくる。が、私だってやるからには必死なのだ。文句を言われる筋合いはない。
訓練を終えて、私はヴァリアスを持ってあちこちを駆け回る。いよいよ、明日が出発。少しでも旅の食料を得るべく、草食動物や果物を集めていた。集め終わると、一夜干しや軽い燻製にしていく。忙しく過ごしているとあっという間に時間が過ぎていった。
そして、翌朝。
「んー、良く寝たー!」
「うるせぇぞ、ユーエル……」
「ヴァリアスは相変わらず、朝に弱いですねぇ」
「お前さんにゃ関係ねぇだろ」
そんなたわいもない話をしながら、7日間お世話になった野営地を片付けていく。荷物を持ち、歩き出そうとした瞬間。
「ようやく見つけたぞ、反逆者め!!」
「!?」
「
咄嗟に、ヴァリアスで魔法をはじく。まだまだ、兵士と距離はあるが、急いでこの場を離れるに越したことはなかった。
「ヴァリアス、仕方ないよね!?」
「チッ、使え!!」
「
慌ただしく、私とヴァリアスはそれぞれの目的を叶えるため、一路ウルオール図書館目指して旅立ったのだった。
次の更新予定
隔週 土曜日 20:00 予定は変更される可能性があります
Azail Oleith Sillver @sillver7sea
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