調書3 支配する声

 中学生になる頃には、もう心臓の声に逆らう事が出来なかった・・・・・・


(ねぇ、ゆかちゃん。今日はパンにして・・・・・・)


(ねぇ、ゆかちゃん。通学路、今日はこっちにして・・・・・・)


(ねぇ、ゆかちゃん。今日は気分が乗らないから、先生への挨拶は無視して・・・・・・)


 朝起きて、朝食はどうするか、通学路はどうするか、学校での先生や友人への態度の一つ一つに心臓の声は意見してくる。


 本当に些細な事にも意見をしてくるが、また心臓の声が消えてしまうのが怖い為、意見を聞くしかなかった。


 いや、意見なんかじゃない・・・・・それは命令に近い物だった。


「期末テストも近い、いい加減に勉強しないと。前回の成績も悪かった、今回はしっかりしないといけない・・・・・・」


(ねぇ、そんな勉強してどうするの?将来には何の役にも立たないよ、私、勉強なんかしたくない)


 心臓の声は、勉強しようとする私の邪魔をしてくる。その為、学校の成績は思うような結果にはならない。


 心臓の声に従うせいで、クラスメートや先生も離れていく上に、成績も上がらない・・・・・・学校生活は最悪だった。


「でも・・・・・・」


(そんな事言うんだ・・・・・・また居なくなっちゃうよ?ゆかちゃん、それでいいの?)


 まるで、脅迫だ、しかし小学校時代の記憶が蘇る。心臓の声が消えたあの寂しい日々は、とても耐えられる物ではない。


 あんな思いをするなら心臓の声に従っていたほうが楽だ。私はあの静けさを思い出す度に恐怖がフラッシュバックする。


 しかも小学校時代より、声の主張は大きくなり、私の生活を支配していた。今の状況でもし心臓の声が消えてしまったと考えると想像がつかなかった。


 またある日の事だ・・・・・・私は休み時間には本を読んでいると、同じく読書が好きなクラスメートが話しかけてきた。


「佐藤さん、いつも何を読んでいるの?」


 私は友達が少なく、人に話しかけられる機会も少ない。そのクラスメートから声を掛けてくれた事がとても嬉しかった。


 もしかして、新しい友達が出来るのかもしれない・・・・・・希望に胸が膨らむ。


 そんな時も、心臓の声が聞こえてくる・・・・・・


(ゆかちゃん。返事しちゃ駄目だよ。なんだかこの子、気に入らない・・・・・・こんな友達なんかいらない)


「この本はね・・・・・・痛い」


 私は心臓の声を無視して、クラスメートへ返事をしようとした時だ。激しい頭痛が私を襲った。


 それは今まで感じたことのないような激しい痛みだった。私は心配してくれるクラスメートの手を振り切りトイレと駆け込んだ。


 個室で頭を押さえうずくまる・・・・・・耐えられないような痛みだ。


(ほら、私の言う事を聞かないからだよ、もうゆかちゃんの体は私の物なんだから・・・・・・もっと痛くする?)


「もう、分かった、返事はしない・・・・・・約束する。とっても、痛いの・・・・・・だからもう辞めて!」


 思わず声を出して叫び声を上げる。すると頭痛は嘘のように消えていった。


 心臓の声は、この日から完全に恐怖の対象へと変わる。私の痛みまでコントロールしてくるとは思っていなかった。


 まさに私は心臓の声に、支配されているのだ・・・・・・


 このような事もあり、私は孤独な学校生活送る事となる。もちろん勉強も上手く行かない。心臓の声に支配されたまま、高校へと進学する。


 高校生活を送っていく中、もっとも大きな問題は、心臓の声による母への罵倒が日に日に強くなっていく事だ・・・・・・


「ゆか、学校の調子はどう?なんだか、成績も良くないって先生から言われたけどちゃんと勉強しているの?」


(うるさいなぁ・・・・・・あの人、本当はゆかちゃんに、 興味なんてない癖に・・・・・・)


「・・・・・・」


 私は心臓の声を聞き流すので精一杯で、母へ返答が出来ない。心臓の声の大きさは年齢を重ねる度に大きくなり、頭の中で大音量で鳴り響く。


 母は無視をされているように感じたのだろう。本当は無視なんてしたくない・・・・・・それでも心臓の声に逆らう事は出来ない。


「ねぇ、ゆか、友達は居るの?ゆかからクラスメートの話しなんて聞いた事ないわよ?聞こえてるの?」


(あれ?ゆかちゃんの事、友達が居ないって馬鹿にしてるよ。あの人は本当に性格が悪い・・・・・・もう、消えちゃえばいいのに)


〝消えちゃえばいいのに〟


 私はこの言葉にはショックを受けた。今まで母に対して、煩わしいと感じさせる言葉があっても〝消えちゃえばいい〟など聞いた事が無かったからだ。


(消えちゃえばいいのに・・・・・・)


(消えちゃえばいいのに・・・・・・)


(消えちゃえばいいのに・・・・・・)


(消えちゃえばいいのに・・・・・・)


 心臓の声は何度も繰り返す・・・・・・


「ねぇ、ゆか聞いてる?」


「うるさい!」


 私は大声を上げてしまった。それは母に対してではなく、心臓の声に向けてだ。繰り返される言葉に私は限界だった。もちろん母はそんな事を知る由もない。


 母は悲しそうな顔で私を見つめていた・・・・・・こんな表情は見た事が無かった。


 母にこんな表情を、させたく無かった・・・・・・


 その日からだ、心臓の声は母に対する。罵倒が激しくなっていく。


(うるさいなぁ・・・・・・)


(本当に嫌い・・・・・・)


(自分の事しか考えてない癖に・・・・・・)


 心臓の声の罵倒は強くなっていく・・・・・・


 日々の私に対する行動への命令より、母に対しての罵倒ばかりが増えていった。もう私にはコントロールは出来なかった。


 その頃からだ、耳を押さえる癖がついたのは・・・・・・


 そして、私がもっとも聞きたくなかった言葉を聞く事になる・・・・・・ 


(死ね・・・・・・)


 〝死ね〟この言葉を聞いた時、私の頭は真っ白になった。この言葉だけは聞きたくなかったのだ・・・・・・



 ――支配する声 考察――


 心臓の声は、すでに彼女を支配している状態だ。深層心理に潜む母親への感情が〝心臓の声〟となって彼女の頭で鳴り響いているのだろう・・・・・・


 ここ最近になると声も大きくなり、彼女の愛情の裏返しにより母親への言葉も強くなっていく。


 〝死ね〟


 この言葉からもう彼女はぎりぎりの状態かもしれない・・・・・・私は彼女を危険な状態だと判断した。


 早く、必要な対応を取らなくてはいけない・・・・・・私は準備に取りかかった。




 


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