第5話


「ねぇ先輩、その……髪、セットしてます?」


 昼休み、購買前の廊下で声をかけられた。


 見れば、1年生っぽい女子。

 ちょっと目立つ感じの子。見たことあるような……?


「え? いや、してない。朝ボサボサだったけど……なんで?」


「……やっぱ、雰囲気ありますよね。前髪とか、流したら絶対似合うと思うな~って」


 そう言って、にこっと笑う彼女の視線が、明らかに俺の“メガネ越しの目”に向いていた。


(え、なにこれ、褒められてない?)


「じゃ、失礼します」


 ぺこっと頭を下げて去っていくその背中を、俺はぽかーんと見送った。


(……今の、なんだったんだ?)


 まさか……いや、まさか。


(これ……モテ期、来た?)


 


 その直後。


「なにニヤついてんの」


 背後からドスの効いた声。

 案の定、こはくだった。


「えっ!? いや、ちが……っ」


「ちがうって何が? はい、事情説明」


「えっと、さっき女子に髪型褒められたような気が……いや、たぶん気のせいだと思うけど……」


「ふーん。で?」


「で……?」


「で、その子にメガネ外して見せるつもり?」


「……は??」


 


 なんで急に怒ってんのこの人。



◇篠原こはく・視点


(なんなのあれ。どこの誰よ)


 あの1年生。

 前にもちょっと見かけたことある。晴翔のことジーッと見てたやつ。


(……まさか、マジで狙ってんの?)


 は?

 あんな地味で空気みたいな男、なんでわざわざ見つけて褒めるの。意味わかんない。

 だって、あいつは――


(あいつは“普通”でいなきゃいけないんだよ)


 “普通”って言い聞かせて、ようやく平和に生きてるのに。


(メガネ外して、誰かに期待されたりしたら……)


 私の刷り込みが全部パーじゃん。


「ねえ、晴翔」


「……ん?」


「私があんたにメガネかけさせてるのって、なんでか分かってる?」


「え、……目が悪いから?」


「違うよ!!」


 つい、声がデカくなった。


「……あんたは、顔面で誤解されるタイプなの。だから、メガネでちゃんと“平均値”に抑えてあげてんの。感謝して」


「え……あ、うん……」


 ほんとはね、そうじゃない。

 ほんとは――


(誰にも見せたくないだけだよ)


 あんたのその、油断したときに出る目とか、気抜いた時の微笑みとか。

 そういうの、他の女子が知ったら、絶対うるさくなる。

 面倒で、うざくて、私の居場所、なくなるかもしれない。


(……あんたが気づく前に、全部閉じ込めとく)



◇一ノ瀬晴翔・視点


 放課後、教室を出たところで、またあの子――1年生の子とすれ違った。


「あ……今日も髪、いい感じですね」


「え、ありがとう」


「ふふ。じゃあ、また」


 にこっと笑って歩き去っていったその子を見送ってたら、


「おーい、帰るぞ」


 こはくが手を振りながら、少し不機嫌そうに言ってきた。


「……なんか、今日お前、ずっと機嫌悪くない?」


「は? いつも通りだし」


「いや、なんかこう、空気が……」


「空気読みすぎて酸欠になれば?」


「いやなんだその返し」


「はい、黙って歩く。あと、メガネ明日は忘れんな」


 


 ――たぶん俺、何かを怒らせてる。

 でも、何が悪いのかはさっぱりわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る