第4話

 ――今日は朝から、なんか視線を感じる。


 クラスに入った瞬間も、下駄箱でも、やけに女子の目線が来てる気がした。


(……俺、なんかしたっけ?)


 そわそわしながら席につくと、隣に座ったこはくが、こめかみをピクピクさせてた。


「お前……今日……」


「え、なに」


「メガネしてなくない?」


「……あっ」


 言われて初めて気づいた。

 寝坊して、急いで家出て、そのままだった。


「うわ、マジか!やっべ!」


「やっべ、じゃないし」


 こはくはガタン、と勢いよく席を立って俺の顔を覗き込んで、苦い顔をした。


「アンタさあ、そういう顔で登校してくんの、ほんっとやめな?」


「え? え? 俺、今日そんな変な顔してる?」


「うん、してる。いろんな意味でやばい顔してる」


 こはくはめちゃくちゃ冷静に、俺の顔にマスクを押し当ててくる。


「はい、これつけて。あとこれも貸す。キャップ。絶対に誰にも見せんな。封印」


「え、えぇ……なんでそこまで……」


「だってさ、アンタの顔、変に整ってるじゃん。遠目で見ると“あれ?”ってなるの。詐欺。誤解されるの迷惑」


「えぇ……」


「顔が悪いって意味じゃなくて、むしろ逆。整ってるせいで厄介なの。だから、目立たないようにメガネしててって言ってんの!」


 ビシッと怒鳴られて、思わず姿勢が良くなる俺。


(でも……整ってる、って言ったよな今……?)


「じゃあ俺、整ってるってことでいいの?」


「いや、うん……見慣れれば地味だよ? でも、瞬間的にはちょっと……事故る」


「事故る?」


「“え、イケメン?”って誤認される感じ。で、よく見ると“あ、ちがったわ”ってなるやつ。だから勘違いさせんな。害悪」


「なんか悲しくね!?」



◇篠原こはく・視点


 ……ほんとに、こいつバカかもしれない。


 メガネ忘れてくるとか、まじありえないんだけど。


(あの顔、別に超イケメンじゃないけど……)


(パーツが整ってるせいで、パッと見だけ“良さげ”に見えるんだよ)


 そう、それが厄介。


 真正面から見れば、ちょっと眠そうでぼーっとしてて、案外抜けてる。

 けど、不意に笑ったりすると、目の奥が光ったりして――


(……あの顔、見慣れてなかったら、たぶん落ちる)


 だから、封じ込める。

 私はこいつの“味”を知ってるからこそ、逆に怖い。


(他の女子に見られるとか、マジでめんどくさいし)


 私が何年かけて“地味で中の下”って刷り込みしてきたと思ってんの。

 それでようやく「自分はモテない」って思い込んでくれてたのに。


(ここで調子乗って彼女できました~とか言い出したら、ほんと終わり)


 私の平穏、マジで終了。


「……ほら、帽子深くかぶって。あとはずっと下向いて過ごせばバレない」


「いやそこまでは……」


「いいから。私はアンタの顔が嫌いなの。だから、見せないで」


「……え?」


「……言わせんな。ブスって意味じゃないよ。嫌なの。いろんな意味で」


 そう吐き捨てて、私は先に歩き出した。


 顔は見せない。誰にも。

 できれば、この先もずっと。


 この顔を知ってるのは、私だけでいいから。

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