第3話


「なあ、こはく。最近、俺のこと見てくる子いる気がするんだけど」


 教室の窓際で、ポツリと呟く。


「知らん。気のせいじゃない?」


 こはくは、いつものぶっきらぼうな返事をした。

 でもそれだけじゃ終わらない。


「お前、今日の昼休みにも誰かに睨んでなかった?」


「してねぇし。私がいつも睨んでるように見えるだけ」


「怖ッ」


「ほらまたそうやって。アンタが変に勘違いするとこ、ほんと直した方がいいよ」


 ……いや、でも確かに感じたんだよな。

 視線。教室の出入りのたび、廊下側からチラチラと。


(俺ってそんなに目立つ顔か?)


 メガネしてるし、髪も重めだし、顔の半分は隠れてる。

 なのに。


 ちょっと前、昼休みにメガネ拭いてたら、女子が「あれ?」みたいな反応してたし。

 で、その後にこはくが、やたら冷たい視線で睨んでて。


「……なあ、ほんとに俺って“フツメン”?」


「何百回聞くつもりなの、それ」


「いや、なんか気になってきて……もしかして、俺ってワンチャン、イケメン枠なのかなって」


 そう言った瞬間、こはくが筆箱で俺の頭を小突いた。


「ねえ、調子乗ってない? そういうのが一番ダサいよ」


「痛っ……」


「アンタは“普通”なの。変に期待すんな。いいね?」


 笑ってたけど、こはくの言い方は、いつもより少し強かった。


(なんか……怒ってた?)




(うっざ……なにそれ、どういう顔?)


 教室の隅で、ちょっと得意げに「イケメン枠かも」なんて言い出したバカの横顔を、私は横目で見ていた。


(調子乗んな。地味にしてなさいって、いつも言ってるでしょ)


 別に、本気で怒ってるわけじゃない。

 けど。


(メガネ外してるとこ見られて、ちょっと反応されたからって、気にするなよ)


 あんたのその顔は、こっちが毎日ずっと見てる。


 気を抜くと、ほんとに整ってる。

 それが嫌だった。


 誰かがそれに気づくのが、ほんとに面倒で、やっかいで、ムカつく。


(あの時……メガネずれたとき、私の心臓もずれてたから)


 あの2秒間で、女子の視線が全部そっちに向いた。

 それが、たまらなく嫌だった。


(誰にも見られたくないの。あの顔だけは)


 なんて、自分でも意味がわかんないけど。


 でも、そういうことなんだと思う。


「……“普通”でいなよ。ほんとに」


 晴翔がまたため息ついた。


「彼女、ほしいなあ……」


 ……知らない。

 勝手に言ってなよ。


(ほんと、バカ)




「でさ、もし俺がさ……」


「うん?」


「……もし、他の子に“かっこいい”とか言われたら、どう思う?」


 その瞬間、私は立ち止まって、彼の顔を見た。

 無意識に前髪を手で直して、メガネのフレームを押し上げる。


「何それ、フラグ立てる気?」


「ち、ちげーし!」


「……言っとくけど、私はあんたが誰にどう見られようがどうでもいいよ」


「だよなー」


(嘘だけどね)

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