ぼくの彼女がほしいもの

1

 「わたしのハートを、盗みだしてほしいんです!」


 なんて?






 Prologue




 「つぅ、わけで」

 と、いうわけで?

 朧月のしたり顔に、学食の外テーブルに並べられたパンフレットに目をおとす。


 『秋の伊豆を満喫しよう!』


 海水浴シーズンを終えた観光地のムリヤリ感が丸だしだ。

 「ユリちゃんを、お泊まりドライブデートに、連れていきたまえ!」


 なんて?


 見ると、朧月の組んだ腕にひしと抱えられたクッキーの包みが隠れている。またかっ。


 毎回、すごいすなおに買収されるな、なおまえは

 ほんとうに逗子一の殺し屋なのか


 しかもだ。

 朧月のとなりで、ユリちゃんが勢いよく頷いている。ポニーテールが合わせて揺れる、かわいい。耳まで真っ紅だ、かわいい。

 ユリちゃん、なんでじぶんでいわないんだ。そんなかわいいお願い、オレはユリちゃんから聞きたかった。

 「だって、は、恥ずかしい!」


 いまさら!


 「だから! くじらさんっ!」


 テーブルドン!?


 まさかの女子高生に、押し倒される。

 「お泊まりドライブデートで、わたしのハートを、盗みだしてほしいんです!」



 どこからどう繋がって『つぅ、わけで』なのかわからなかったが、ユリちゃんがデートというなら、頷くほかなかった。




 Preparation




 ユリちゃんとのデート完遂のため、さっそく下準備に取りかかる。


 エックスデイは九月二十日。

 文化祭の代休。


 デートに集中しなくてはならない。

 中途半端に入っていた依頼を片っ端から片付ける。港湾積荷奪取から県議会議事録窃取まで。

 「さすが、仕事がはやいな」


 はい、生まれてはじめてのお泊まりデートが控えているので



 ドライブ準備だって必要だ。

 ユリちゃんにとってオレは、イカした運転ができるオトナのオトコだ、たぶん。

 たしかに運転には自信がある。が、免許がない。マイカーもない。いつもは無免許を気にしないが今回は別だ。クラスメイトに免許を拝借し偽造屋にまわす。

 ちょっと遠出をして、いつもより見たくれのいい車を物色する。

 ユリちゃんに似合う車。かわいくて、おしゃれで、ちょっと小柄。ふわふわ、そうだな、こないだ盗みに入った美術館の庭に咲いてた、コスモスみたいなやつ。


 これか、


 空き地に停められた中古車からナンバーの切れたワーゲンバスに決める。ちょっとビンテージな淡い空色。いいね、秋のドライブにはぴったりだ。

 偽造ナンバーだってなんかいいかんじにしたい。


 木村、指定ナンバーにしたい


 〈できないよ、盗難車だよ?〉


 デートだからいい感じのナンバーで頼む


 〈できないよ、盗難車だよ? しかもデートってなんだよ、キミは彼女いない歴イコール年齢同志だと思ってたのに裏切りだ〉


 湘南ナンバー。73とか入ってるのがいい。4とか6とか、9はダメだ


 〈キミ、そんなとここだわるひとだったんだ〉


 なんだか気持ちがじんじんしたりそわそわしたりする。こんなのは、はじめてだった。






 DAY 0




 「『お泊まりドライブデート イン 伊豆』で、女子高生のハートを盗む」


 オレには、盗めない


 「おまえ! お泊まりデート、受けたじゃないか」

 朧月がチョコチップクッキーをつまみ上げる手をとめた。

 「木村に指定ナンバーまでつくらせといてそれはない」


 ユリちゃんがデートにいきたいならオレはどこにでもいくし、準備だって万全を尽くす


 「それなら、」


 オレはユリちゃんのものだ


 朧月が肩をすくめて首を揺する。

 三日に一度『彼女』を取っ替え引っ替えする朧月は、そんな芝居じみたしぐさもさまになる。

 「ユリちゃんが、かわいそうだ」


 そういうのじゃない


 オレのこころはたしかに、ユリちゃんのものだ。

 けれど、オレがユリちゃんのものになるのと、ユリちゃんがオレのものになるのはまったく違う。

 じぶんのこころにまで手をだしたオレでも、決して、奪ってはいけないものがあることを知っている。


 ユリちゃんはまだ若い


 いまはオレに気持ちが向いていても、大人になれば、地に足のついた男を見つけるだろう。


 オレなんかに縛られていいはずがない


 ユリちゃんのハートは、いまオレが盗んでいいものじゃない。

 朧月が小さく笑う。

 「そんなこと、おまえがいうんだ?」



 ひとから奪うことに躊躇いはなかった。


 世間はオレから家も家族も奪っていった。

 だからオレも世間から奪って生きてきた。それだけだ。

 ガキの頃は食い物を、ただ生きるために盗んでいた。

 十になる頃にはひとから請け負って、生活するために盗んできた。

 けれど、


 『一番ほしいもの』


 それだけはどうしても手に入らずにいた。どれだけ手をのばしても、

 「手に入らないんじゃない。手に入れようとしてこなかったんだ。逗子一の大泥棒に、」

 朧月はいつもそう、寂しそうに笑っていった。

 「盗めないものなんかない、だろ?」



 「はっ、まぁあれだ」

 痛そうな表情かおのまま、朧月が鼻を鳴らす。

 「そんなカッコつけたっておまえは敵わないよ、ユリちゃんに」

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