第7話

昼休みの教室は、ざわざわと賑やかで、どこか温かい。


「なぁ影山、今日のプリント写させてくれー」


「はいはい、破らないように扱えよ」


「てか、蓮ってマジで字きれいだよな。女子力かよ」


 


 ──俺の名前は影山蓮。

 前髪で顔を隠し、クラスでは“無口で静かな男子”という立ち位置を貫いている。


 昼休みはいつも、教室の隅で静かに本を読むか、ノートを整理してる。

 基本は“目立たず空気”、それが俺のモットーだ。


 でも、たったひとつの例外がある。


 


「──ねぇ、蓮くん。今日、購買行く?」


「……ん。行くけど、お前また食べ過ぎじゃない?」


「ちがうもん! カロリーメイトとコロッケパンはセットなの!」


 


 そう。隣の席に座る、星野しずく。


 美少女、成績上位、性格も明るくて、クラスの中心にいてもおかしくない存在。

 ──でも実態は、“家ではジャージでだらしない生活系Vtuber”。


 俺としずくは、誰にも言えない“秘密の関係”を抱えている。

 けど、学校ではあくまで“クラスメイト”の顔で過ごしている。


 だから今は、ただ並んで歩いて、パンを選ぶだけだ。


 


「うわ、カレーパン売り切れてる……」


「いつも出遅れてるからだ。俺の分は確保済み」


「ズルいっ! 一口ちょうだい!」


「やらん」


「いいじゃーん、蓮くんのくれるパンって特別に美味しそうに見えるんだもん」


「……お前のほうが乙女力高いぞ、それ」


 


 ふと周囲を見ると、ちらちらと視線を送ってくるクラスメイトたちの姿。


 ──そういえば、最近ちょっとウワサになってるらしい。


 「影山って実は顔いいらしい」とか、

 「星野と仲良すぎじゃない?」とか。


 ……まあ、そりゃそうだ。

 前髪で隠してるけど、俺の顔を正面から見た人間が、しずく以外に増えてきたらしい。


 ──というか、しずくが俺と喋りすぎなんだよ。


 


 購買から戻ってきたあと、机を並べて一緒に弁当を広げる。


 「今日のプリン、ちょっと高かったけど、贅沢しちゃった♪」


 「お前、昨日の夜アイス2個食ったばっかだろ」


 「それとこれとは別腹!」


 「食費で破産しろ」


 


 そんな言葉を交わしていると、斜め後ろからクラスメイトの女子グループが声をかけてきた。


 


「ねぇねぇ、星野さん。影山くんと仲良いんだね〜? 意外〜!」


「い、意外かな?」


「うん、もっと静かなイメージだったからさ。影山くんってあんまり喋らないし、ちょっとミステリアスっていうか……」


 


 そのとき、俺の前髪が少しだけ揺れた。


 しずくが手を伸ばしそうな雰囲気を出してきたので、即座にガード。


 


「──触んな」


「なっ、なんで!? 今ちょっとだけでいいじゃん!」


「お前は何度めくろうとすんだ、俺の前髪を」


「いや、だって、めくったらめっちゃイケメンってこと証明できるし……!」


「そういうこと言うな」


 


 女子グループは「えっ!?」「え、イケメンなの?マジで!?」とざわついていた。


 ……やばい、これ以上広がると本格的に“顔バレ”と“中身バレ”に繋がる。


 


「星野。昼休み終わったら、屋上な。ちょっと話ある」


「え、なになに!? 告白とかじゃないよね!?」


「そんな感じの話じゃねーから。言動セーブしろ、マジで」


「……ご、ごめん」


 


 ──屋上での話は、単なる注意だった。


 前髪に触れるな、イケメン発言は控えろ、学校では“壁を保て”。


 でもしずくは、それを聞いてぽつりと呟いた。


 


「……そっか。私は蓮くんと、ふつうの高校生みたいに喋ってたつもりだったけど、

 “ふつう”って、そんなに簡単じゃないんだね」


「……」


「でも、いいよ。私は今の関係、好きだから。

 “バレないように、でも近くにいる”っていうの、ちょっとスリルあって楽しいし」


 


 しずくは、少しだけ寂しそうに、でも楽しそうに笑った。


 そして──


 


「でもいつか、堂々と隣に立てたらいいね。

 “ただのクラスメイト”じゃなくてさ」


 


 その言葉に、何も言い返せなかった。

 風が吹いて、俺の前髪が少しだけ揺れた。


 ……手で押さえて、心臓も一緒に隠した。


 


(To be continued...

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