第3話 リスキーなことはやめよう

放課後の教室は静かだ。


 カーテンが夕日を淡く受けて揺れている。

 生徒たちは部活や帰宅で姿を消し、残っているのは俺と──


「──しずく、さすがに今日はやめとこうぜ?」


「え、なんで?」


 机に肘をついたジャージ姿の星野しずくが、ポテト片手に俺を見た。


 相変わらず見た目は完璧で、“美少女”という言葉がぴったりハマる。

 でもその実態は、ポテトまみれの机に配信準備のケーブルをぶちまける、ダメ生活者で──


「いやいや、冷静になれよ。お前、今日も教室で配信しようとしてるよな?」


「だって、うちのWi-Fi、今朝から死んでるし……。モバイルルーターも容量制限かかったし……」


「それにしても、ここは学校だぞ!? 万が一、音が入ったら──」


「平気。ミュートとノイズカット完璧。……それに、影蓮くんとなら、どこでもバズれるでしょ?」


 そんな軽口を叩いて、しずくはマイクテストを始めようとする。


 


 ──が、その直後。


「おーい、教室にまだ誰かいるかー?」


「っ……!」


 ガラッと開いたドアの向こうから、男子の声が聞こえた。


 慌ててマイクを切る。モニターを伏せ、ヘッドセットを外す。


 その間に、教室に入ってきたのは──


「……なんだ、影山と星野か。なんか残ってるの珍しくね?」


 クラスメイトの加瀬(かせ)だった。


 陽キャと陰キャの中間くらいのノリの男子。

 悪いやつじゃないけど、“ちょっと空気読めない時がある”というやつだ。


「先生がプリント忘れたって。ちょっと取りに来ただけー。……ん?」


 加瀬の視線が、机の上のガジェット類に向けられる。


「なあ、それマイクか? つーかヘッドセット? ……って、ノートPC開いてた?」


 やべえ、普通に気づかれるやつだ。


 


「な、なんでもないよ、ちょっと動画見るだけで」


「……へぇ〜〜〜?」


 加瀬がニヤニヤしてこちらを見てくる。

 その顔が「ちょっといたずらしてやろう」と言ってるようで、嫌な予感がした。


「お前ら……もしかして、二人きりで実況とかしてるんじゃね?」


「ぶっ!? ち、ちがっ……!」


 慌てて声をあげる俺の横で──


「……あー、してます」


「はぁ!?」


 なんと、しずくが堂々と認めやがった。


「……動画見るだけって言ったら、バレそうだったから、逆に開き直った方が安全かなって」


「いや、開き直るにしても限度があるだろ!」


 その会話に、加瀬はポカンとしていたが──


「へぇ、なんだ、そーいうこと? ゲーム実況的なやつ? それなら全然アリっしょ!」


 ……ノってきやがった。


 


「俺も最近Vとか見るんだよな〜。“雪白みるく”とか、あの清楚なやつ。やばいよな。リアルにいたらマジ惚れる」


 「そ、そうなんだ」と曖昧に笑うしずく。


 その隣で、俺は変な汗が止まらなかった。


 何が怖いって──今、この教室に、“雪白みるく”がいるんだ。


 ジャージ姿で、ポテトの袋に指突っ込んでるけど。

 それでも本人なんだよ。こいつ、バレたら終わりなんだよ。


 


「よし、じゃー俺もう帰るわ。お前ら、ほどほどにラブラブしとけよ〜」


 手を振って出ていく加瀬を見送り、ドアが閉まると──


「……はあ、心臓止まるかと思った……」


 しずくがぺたんと座り込んだ。


 


「マジで危なかったぞ、しずく。教室でやるの、もう禁止。即刻禁止。というかもう二度とやるな」


「うぅ……分かった。怒らないでよぉ」


 しゅんと項垂れるしずく。


 そして、ふと──


「……でも、蓮くんが隣にいてくれると、変に安心しちゃうんだよね」


「何だよそれ」


「だって……正体、知ってるの、あなただけだし」


 


 その言葉に、俺は少しだけ視線をそらした。


 どうしてだろう。

 あの加瀬の「雪白みるくリアルにいたら惚れる」発言に、

 内心ムカついてた自分がいたことが、ずっと気になっていた。


 


 ──その夜。しずくからLINEが届いた。


> 「やっぱ、明日うちで配信しよ。冷蔵庫に食料ないから、なんか買ってきて」

> 「カップ麺以外でよろしく♡」


 


 お世話するのが、もはや日常になりつつある自分が、ちょっとだけ悔しかった。


 


(To be continued...)


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