第2話 アウトな配信

──放課後。教室には、もうほとんど誰もいない。


 俺と、しずくを除いて。


「ふぅ、やっと終わった……。ねえ、蓮くん、今日もコラボ配信いける?」


「いけるけど……声のトーン戻ってるぞ、“雪白みるく”さん」


「ん。だって、これから“影蓮くんとコラボ”でしょ?」


 しずくが、プリントを適当にカバンに突っ込むと、立ち上がって伸びをした。


 さっきまで眠そうだったくせに、顔つきが切り替わっている。

 これが“プロの顔”ってやつか──と、思わず感心してしまう。


 放課後のしずくは、いつもどこか覇気がない。

 でも配信の前だけは、スイッチが入る。


 


「帰り、マック寄ってこーっと。今日何も食べてない」


「お前さぁ……朝から何も?」


「アイスとエナドリは食べ物に入りますか?」


「入らねぇよ……。てか、ちゃんとした飯食え」


「じゃあ、作って?」


「なんでそうなる」


 


 こんなやり取りも、最近じゃ日常になってきた。


 最初は互いに探り探りだったけど、同期デビュー後に何度も通話で打ち合わせをして──

 今じゃもう、どんな空気で話せばいいのか、だいたい分かってきた。


 俺と雪白みるくは、“息が合う”とよく言われる。


 でも、それは当然だ。

 俺としずくは、放課後、ほぼ毎日連絡を取り合ってる。


 ……その事実を知っているのは、世界中で、俺たちだけ。


 


 ***


 


「──じゃ、配信開始。3、2、1……」


《こんちゃ〜!雪白みるくですっ♡》


《はいはい、影蓮です。今日も付き合ってやるよ》


 


 画面に映るのは、清楚系天使系の美少女Vと、影のある毒舌ツッコミ系の青年V。


 今夜のコラボは、ふたりでホラゲ実況。


 「雪白みるくの絶叫配信」なんてタイトルをつけたら、

 開始5分で同接はいつもの倍に跳ね上がった。


 


《ちょ、まって!? 来てる来てる来てるぅぅ!?》


《後ろ見ろって言ったのに。バカだなー》


《ひどぉい!? 影蓮くんってば、ちょっとは助けてよ!?》


《助けない方が面白いって知ってる》


《もぉぉ〜〜っ!! ……でも、ありがと♡》


 


 画面の外、つまり現実のしずくはというと──


「……ちょ、待って、今のSE心臓に悪っ。耳がキーンってした……」


「“絶叫助かる”ってコメントきてるぞ。今日の“キャー”はいい出来だって」


「うるさい。あたしだって真剣なんだから……っ」


 


 マイクのスイッチが切れてる時だけ、しずくの声は“素”になる。


 さっきマックで買ってきたポテトをつまみながら、

 ジャージ姿のしずくは、配信の裏でがっつりゲーミングモニターにかじりついていた。


 


 ……このギャップ、リスナーが知ったらどうなるだろうな。


 そのとき、チャット欄に気になるコメントが流れた。


> 「この2人、マジで付き合ってそうで草」

> 「この“あ・うん”感、リア友じゃないと無理じゃね?」

> 「まさか同級生とかないよなw」


「……おい、しずく。声、ちょっと落とせ。コメントが危ない」


「わ、まじ? ……やば、口調がちょっとリアルだったかも」


 さっきの「ありがとう♡」が、思ったより“地”だったらしい。


 焦る彼女は、口元をむにゅっと手で覆って──

 そのとき、ほんの一瞬だけ、こちらを見た。


 モニター越しじゃなくて、現実のこの部屋で。


 


「──蓮くんってさ、配信の時と学校の時、どっちが本当なの?」


「……どっちも本当で、どっちも仮面、かな」


「ふぅん……じゃあさ」


 マイクのミュートを再確認して、しずくが言った。


「私は、どっちの蓮くんを好きになるんだろうね?」


 


 ──心臓が、一拍だけ止まった気がした。


 


(To be continued...

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