其の四 『汗も滴るってね!』
昼休み、胡桃子は生徒達と交流を深めようと教室でお弁当を食べることにしました。
ですが、教室で食べているのにも関わらず生徒達は胡桃子を見向きもせずに各々がランチを楽しんでいました。最初こそは静かに食べていた胡桃子ではありましたが、次第に相手にされないことへ腹立たしさを感じていきました。
「なぜ先生と一緒に食べたいと言ってくれないの」
胡桃子は大きな声をあげると同時に背後の黒板を叩き、教室にいる生徒達の視線を自らに集めました。
「先生と一緒に食べたいなんて思わないし」
一人の男子生徒が胡桃子に言いました。
大人でもあり教師でもある胡桃子は、その心無い発言に即拗ねました。
「私は一人で食べるから黙って食べなさい」
生徒達と一緒に楽しくランチがしたいと思いながらも生徒達に背を向け一人黙々と黒板を見つめながら胡桃子はお弁当を食べました。
そんな時、「犬、飼い始める」という言葉が胡桃子の耳に入ってきました。
グループの輪に入る切っ掛けとなる言葉を耳にした胡桃子は口元を緩めました。即座に席を立ち上がると盛り上がっている男子達が集まる席へ移動。
「そこの生徒諸君、犬を飼う心得を知ってる?」
「せ、先生……心得ですか?」
「ええ、犬の命は尊いの」
「なんで犬の話?」
「犬を飼うんでしょ?」
「違うよ、犬飼が早朝ゴミ拾い始めるって言うんで、俺らも一緒にやるかって話し合っていたんです」
どういう話題で盛り上がってんだよとツッコみたい気持ちを胡桃子は抑えました。なぜなら大人であると同時に生徒達のお手本となる教師なのだから。
勘違いしたまま戻るなんて恥ずかしすぎる胡桃子は山田、鈴木、佐藤の男子三人の傍でもじもじしていました。
「先生も良かったら俺らと学校周りの早朝ゴミ拾いする?」
あまりにも良くできた生徒達に胡桃子は思わず涙しました。急に割り込んだにも関わらず嫌がることなく迎え入れてくれた三人の男子達。それどころか一緒に早朝ゴミ拾いをしようなんて誘ってくれる優しさ。
ですが、胡桃子は嬉しさとは別の感情に気付きました。
この時、胡桃子本人は気付いていませんでしたが、頭部の毛穴という毛穴から溢れでる汗の滝。
男子三人が頭や顔を指差してなにかを言っていますが、胡桃子は生徒達の言葉に耳を傾けることなく教室から出て行きました。
胡桃子は三人の男子達から早朝ゴミ拾いに誘われ嬉しかったと同時にゴミ拾いに参加したくない……その感情に心が押し潰されそうになり、知恵乃に相談しようと急いで保健室へ向かいました。
「智原先生、今日も相談に……」
「圍先生、顔、顔。汗だくじゃないですか」
知恵乃に言われて胡桃子は手鏡で顔を見ると頭部から汗が滴り落ちて顔中汗まみれでした。言葉が詰まり、喉が詰まり、呼吸ができなくなる胡桃子。
「タオルで拭いてくださいね」
知恵乃はタオルを渡そうとしましたが、胡桃子の掻く汗が尋常じゃない量であることに気付きました。
「大丈夫ですか?」
「うぐぅ~息が」
胡桃子は大量の汗の中、今にも溺れそうでした。このままでは溺死してしまうと思った胡桃子は知恵乃へ必死に酸素を求めました。
「智原先生、溺れる~酸素をください」
「し、深呼吸をしてください圍先生」
見る見る青ざめていく胡桃子に知恵乃は焦りました。
まさか自らが掻いた汗で溺れる人間がいるなんて知らなかったからです。
滅多に遭遇することのない希少なケースなだけに知恵乃は冷静さを保ちつつ、胡桃子の顔を拭きながら対処法を考えました。そして対処法を思いつきました。
「圍先生、今から鼻にストローを挿入します」
汗に溺れる胡桃子に酸素を供給するために、知恵乃はタピオカドリンク用ストローを鼻に挿入しました。
するとどうでしょうか、胡桃子は苦しんでいた表情から一転して生き生きした表情へと変化していき、目を大きく見開き知恵乃を見つめてきました。
しばらく時間が経過して汗が引いた胡桃子と意識が戻った知恵乃の二人はいつも通りティータイムの準備を始めました。
「智原先生、相談なのですが――」
準備をしながら胡桃子は知恵乃に不安で仕方なかったお昼休みの出来事を全て話しました。
「早朝ゴミ拾い……圍先生は断りたいんですね?」
話を聞いた瞬間、自主的にゴミ拾いを行う優秀な生徒に感動した知恵乃。
それに比べて大人でもあり教師である胡桃子は早朝ゴミ拾いが嫌で断りたいと言っている。
子供ってなんだろう? 大人ってなんだろう? と頭の中でぐるぐると言葉が巡りなんとも言えない複雑な気持ちに知恵乃はなりましたが、子供でも大人でも嫌なものは嫌。
生徒達だけにやらせるのではなく、教師も参加するのは見守るだけという意味だけでなく、生徒達の成長する姿を見る良い機会でもあると知恵乃は思いました。
頑なに断る方法を聞いてくる胡桃子の顔がどんどん知恵乃の顔に近づいてきました。鼻にストローが入ったままであり、ストローの先から鼻水やタピオカのような黒い塊が溢れるように出ている……胡桃子の鼻から視線を逸らし、生徒のことを第一に考えて知恵乃は即断しました。
「生徒達には私の方から伝えておきますので、圍先生は早朝ゴミ拾いに参加しなくていいですよ」
「でも」
「私が代わりに参加しますよ。あと、生徒達も動揺しますので圍先生は積極的交流は控えた方がいいかもしれませんね」
胡桃子は生徒達と交流を深めようとした結果、今回の一連の流れになってしまったのでした。それに自らの汗で溺れたり、鼻からタピオカのような黒い塊を出すような子供のような胡桃子を相手にしなければいけない生徒達が可哀想と考えた知恵乃なのでした。
胡桃子は自らが早朝のゴミ拾いに参加しなければいけないのかという不安が一掃されとても清々しい気持ちになりました。
残されたお昼休みの時間を知恵乃とゆっくりお茶を飲みながら過ごしました……。
よって、今回は大量の汗を掻いて溺れた胡桃子を知恵乃がストローで救い、胡桃子の相談にも乗るなど知恵乃の神対応にて終わりました。
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