第十五話:筋肉は厄災を押し返す【後編】
「「マッスル・リターンッッ!!!!」」
二人の、魂の咆哮が、神殿に響き渡った。
それは、混沌を、それが生まれた場所へと「送り返す」という、あまりにも純粋で、あまりにも傲慢な、筋肉の宣戦布告。
金色のオーラをまとった二つの肉体が、世界の終わりに向かって、その身を投じた。
純粋な『存在』である彼らが、絶対的な『無』である厄災へと、正面から激突する。
音は、なかった。
ただ、世界から、あらゆる音が、消え失せた。
光と闇が、秩序と混沌が、存在と非存在が、互いを喰らい合う、神話の領域。
闇は、彼らの肉体を飲み込み、その存在を消し去ろうとする。
しかし、彼らの筋肉は、その闇を、確かに、受け止めた。そして、押し返した。
「ぐ……おおおおおおおおっっ!!」
二人の足元の大地が砕け、その全身から、生命そのものである金色の光が、血のように噴き出す。
だが、彼らは、決して、退かなかった。
一ミリ、また一ミリと、確かに、世界の終わりを、それが来た場所へと、押し返していく。
「いけ……! いけえええええっ!」
セレンは、涙を流しながら、祈ることしかできなかった。
二人の、あまりにも気高い、あまりにも馬鹿げた、最後の戦い。その全てを、この目に焼き付けるために。
やがて、闇の奔流のほとんどが、異次元の扉の向こう側へと、押し戻された。
勝利は、目前だった。
しかし、厄災も、ただでは終わらない。最後の抵抗とばかりに、無数の闇の触手が、二人へと絡みつき、その体を、扉の奥へと引きずり込もうとした。
「……っ!」
二人の体が、ついに、異次元の扉の引力に、捕らえられた。
「セレンッ!」
ライガが、叫んだ。
それが、合図だった。
セレンは、涙を振り払い、全てを悟った。
これが、彼らの覚悟。これが、彼らの選択。そして、これが、自分に託された、最後の役目。
彼女は、異次元の扉へと、両手を突き出した。
「閉じてッッ!!!!」
血を吐くような叫びと共に、セレンの『楔』の力が、解放される。
緑色の光が、空間の裂け目を、急速に、塞いでいく。
扉が閉じる、その瞬間。
セレンは、確かに、見た。
闇に引きずり込まれながらも、こちらに向かって、満足げに、親指を立てる、ライガの姿を。
そして、静かに、穏やかに、頷いてみせる、レギウスの姿を。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!
雷鳴のような轟音と共に、異次元の扉は、完全に閉ざされ、その存在を消した。
後に残されたのは、崩壊を続ける神殿と、あまりにも広すぎる静寂、そして、たった一人、そこに立ち尽くす、セレンだけだった。
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