第十五話:筋肉は厄災を押し返す【中編】

「ダメです! そんなことしたら、二人とも、ただじゃ済みません! あの闇に、飲み込まれてしまいます!」


セレンの悲痛な叫びが、崩壊を続ける神殿に響き渡る。

しかし、レギウスとライガの表情は、変わらなかった。


「嬢ちゃん」

ライガが、振り返った。その顔には、もう、恐怖の色はなかった。いつもの、不敵で、獰猛な笑みが、そこにあった。

「お前は俺たちに、仲間と一緒に戦うってことを、教えてくれた。お前がいたから、俺たちは、ただの筋肉馬鹿じゃなくて、『パーティー』になれたんだ」


彼は、ガシガシと、自分の頭を掻いた。

「だから、今度は、俺たちが、お前に、仲間を守るってことの、本当の意味を、教えてやる番だ」


「そんな……!」

セレンは、涙で、目の前が滲む。

「そんな意味なんて、知りたくない……! 私は、ただ、三人で、一緒に……!」


「セレン殿」

今度は、レギウスが、セレンの前に、静かに膝をついた。その大きな体が、彼女の視線を、優しく受け止める。

「我々は、君と出会って、多くのことを学んだ。君の優しさが、君の勇気が、我々の筋肉に、ただの力ではない、『意志』を与えてくれた。君は、我々の、誇りだ」


彼の言葉は、どこまでも、穏やかだった。

「そして、君の『楔』の力は、本来、世界を律する『秩序』の力。我々が、あの混沌を押し込んだ後、君のその力で、異次元の扉を、完全に閉ざしてくれ。それが、君にしかできない、君の最後の役目だ」


「嫌です……! 嫌です……!」

セレンは、子供のように、首を振った。

「二人を置いてなんて、私一人だけなんて、絶対に……!」


「我々の筋肉は、君と、この世界を守るためにある」

レギウスは、静かに、しかし、揺るぎない声で言った。

「君が、それを誇りに思ってくれることが、我々の筋肉にとって、最高の栄誉なのだ」


もう、言葉は、必要なかった。

セレンは、二人の覚悟が、決して、揺らぐものではないことを、痛いほど、理解してしまったから。


レギウスは、立ち上がると、ライガと並び立った。

これから、世界の終わりそのものを、相手にするというのに。

その背中は、まるで、いつものトレーニングに臨むかのように、自信に満ち溢れていた。


二人は、互いの顔を見て、一度だけ、力強く頷き合った。

そして、最後の準備運動とばかりに、全身の筋肉を、一度、大きく、しならせた。


「いくぞ、ライガ!」

「おうよ、レギウス!」


二人の体から、金色のオーラが、生命そのものの輝きが、立ち上る。

それは、彼らが、その肉体に宿した、全ての生命エネルギーを、燃焼させている証だった。


彼らは、世界の終わりに向かって、その身を投じた。

それは、無謀な特攻ではなかった。

仲間を、世界を、未来を、守るための、あまりにも気高い、決戦への一歩だった。

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